70.とある聖職者の独白【後編】(カノン・テレシー視点)
そして、時を経た今。
僕の目の前にはあの女と同じ髪色と似た容姿を持つ、この国の嫌われ令嬢リティカ・メルティーが横たわっている。
この傲慢な娘は、王太子の婚約者だ。この駒を使わない手はない。
「気分はいかがかな」
目覚めを促せば緩慢な動作でこちらを見る空色の瞳と視線が絡む。
「……なんだか、生まれ変わったような気分ですわ」
心ここに在らず、といった感じで目を瞬かせる。
当然だ。魅了の力を秘め、精神を崩壊させる"幻惑石"の魔力に抗えるモノなどいるはずもない。
特に、心に隙があるモノは。
「そうでしょう。さぁ、反撃の時間です」
彼女に"幻惑石"の欠片と魔術式の組まれたナイフを渡す。
「あなたの意に沿わないモノ達を殺してしまえばいい。精霊様は常にあなたの味方だ」
あとはただ背を押してやりさえすればいい。
「ころ……し、て? そう、簡単なことだったのね!」
彼女は空色の目を大きく見開き、驚いたように瞬かせたあと、子どものように無邪気に手を叩いて笑う。
「ふふ、そうね! 私、何もかも気に入らないわ」
私の邪魔をする人間は排除しないと、と恍惚な目で受け取ったナイフを見て笑う彼女。
「王子様なんてどうでもいいわ。ああ、こんな晴れ晴れとした気分は久しぶり」
ふふっと笑う彼女は、あの日僕の元を訪れた毒婦によく似ていて、僕は思わず口角を上げる。
奪えやしない? あの悪魔達の娘はこんなにも簡単に堕ちた。
やはりあの女の言葉はただの世迷言でしかなかった。
「私に叶えられない事など何もないのよ」
傲慢な娘はそんな願望を口にする。
「大神官様、私何からはじめたら良いかしら? お力、貸してくださるでしょう?」
僕に手を伸ばし、しな垂れかかった彼女の肩に触れ、
「ええ、勿論。そして私の願いも聞いてくださるでしょう?」
耳元でそう囁く。
「大神官様の御心のままに」
僕の方をうっとりと覗き込みながらそう返事をした彼女は、もう立派な僕の手駒。
さぁ、ゲームを再開しよう。
今度こそ、僕の望むシナリオ通りに物語を終わらせるために。
まずは、この国に残った公爵家の駆除から。
幻惑石で操ったリティカ嬢には様々な悪事に手を染めさせた。
勿論、犯人が彼女であるという痕跡を残しながら。
そして、仕上げは街中に"凶悪な魔物を召喚"させることによってもたらされる"甚大な被害"。
そして、それを神託によって予言した僕が"神聖力"によって止めるのだ。
勿論、この見せ物の証人として"聖女見習い"と彼女の婚約者である"王太子殿下"も呼んでいる。
いずれこの2人も手駒になってもらう。が、今は一緒に"悪"を打ち取ることで、彼らに恩を売り、信頼を植え付けることにする。
「リティカ!」
王位継承一位であるロア殿下が、婚約者の名前を呼べば、彼女は嬉しそうにふわりと笑う。
愛した人間に追い詰められてこれから散っていくというのに、それさえ分からず肩に乗せた奇怪な生き物を撫でる少女。
「やっと見つけてくれたのですね。待ちくたびれてしまいましたわ」
ああ、なんて哀れな生き物なんだろうか。これから訪れる悲劇も理解できないなんて。
「リティカ様、それ以上罪を重ねないでっ」
聖女見習いは武器を構えながら、悲痛な声を上げる。
確か彼女達には交流があったはずだ。
友人と呼んだ相手の婚約者の視線を奪っておきながら、この場にどんな心持ちで彼女が立っているのかと想像するだけで滑稽で笑える。
勿論、表情には出さないが。
「私達はあなたを止めに来たのです! リティカ嬢、何故このような事を」
悲痛な面持ちで、僕は追い詰めた彼女と対面する。
「……何故?」
対峙した空色の瞳は不思議そうに目を瞬かせ、首を傾げると、
「気に入らない、からですわ」
子どもらしい残酷で無邪気な笑みを浮かべ、ナイフを弄ぶ。
「ああ、本当。何もかも気に入らない。だって私はこの国唯一の公爵令嬢よ? 私はもっと丁重に扱われるべきだと思わない?」
子どものような理屈を並べ、傲慢な微笑みを浮かべた悪役は、
「さぁ、仕上げと行きましょうか?」
召喚魔法を発動させるために、自らの手をそのナイフで傷つけ、魔法陣に血を垂らす。
「"この国に混沌を!"」
彼女を中心に淡く魔法陣が光出す。
悲劇、とはいつ見ても面白くて仕方ない。自分で演出した舞台なら尚更。
さぁ、舞台は綺麗に整った。第一章の終焉。
悪を打ち取り僕は今度こそ正義を行使する側になる。
僕はその瞬間を待った。
だが、口角を上げた彼女は微笑み、肩に乗せた奇怪な生物から何かを取り出させコチラに構える。
「なぁーんてね」
ふふっと楽しげな口調でそう言った彼女は、
「私を三流格下の悪役扱いした事を後悔なさい、大神官! この物語を支配する悪役令嬢は私よ!!」
そんなセリフを吐くと、
「"#拡散希望"ってね!」
その悪役令嬢はその四角い箱から魔法を紡ぎ出す。
不敵に笑うその顔は、
『あなた、"悪役"にはなれないわ。絶対にね』
かつて僕の前にそう言った魔女と同じ顔をしていた。
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