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69.とある聖職者の独白【前編】(カノン・テレシー視点)

 この世界は間違っている。

 僕がその真理に辿り着いたのは、わずか4つの時だった。

 クレティア王国は長子制。つまり、それがどれほど凡庸な劣等種だろうが"ただ1番目に生まれて"来さえすれば、次期国王になれるわけだ。

 そんな馬鹿な話があってたまるか。

 一を聞き十を知り、人心掌握に長け、王族に名を連ねた中で群を抜いて魔法の才に恵まれている。

 自分ほどあの王冠を戴くのにふさわしい人間など他にいないというのに。

 1番目に生まれて来なかった。たったそれだけの理由があの愚鈍な兄より劣るという烙印を押す。


「僕が一番になりたいな」


 心から信じていた母にだけ、その胸の内を打ち明けた。

 子どもらしく、無邪気に。

 誰よりも早くから僕の才に気づき、いつも褒めてくれていた母ならば、喜んで同意してくれると思っていた。

 だが。


「"精霊様"が導いてくださるわ。だから、あなたはどうか心安らかに幸せになりなさい」


 そう言って愚図な母親は、何を思ったのか僕から早々に継承権を取り上げて、神殿に僕の存在を隠した。

 酷い裏切りだった。


 僕は慈悲深く微笑む女神像を見上げながら、口角を上げる。


「こんな事で、僕を止められるとでも?」


 物言わぬ女神は綺麗に微笑んだまま答えない。

 だとすれば、それが答えだ。

 名を奪われ、権利を奪われ、聖職者というカードを押し付けられた。

 こんな世界は間違っている。

 なら、世界を正しくあるべき方向に導くのも、支配者たるもの務めだろう。

 僕を止められるモノなどいないのだから、僕は世界を正しくするために、正しい行動をとることにした。


 物語には人々に好まれるストーリーというものが存在する。

 民衆を味方につけたくばそれを作り上げればいいだけの話。

 絶望を前に縋るものが欲しい人間にとって"精霊信仰"はちょうど良いエサだった。そう考えれば、聖職者という肩書きも悪くはない。

 必ずここからのし上がる。

 誰もが僕に傅き、正しいと賞賛し、大多数が僕を支持をする。

 そうすれば、最大幸福を享受する世界の出来上がり。


「ああ、完璧だ」


 僕はこの国を支配するストーリーを実現させるための設計図を描いた。

 いずれ血筋の正当性を主張するときに、母親が側妃であることが、僕の足を引っ張ると思ったから王妃を殺して正妃に押し上げてやったし。

 父である陛下が凡庸であるために、国が停滞していたから、父の耳元で囁いて国を混沌に落とし込んでやった。

 愚鈍な兄に玉座が渡るより早く、味方のフリをして家臣の裏切りと不安を囁き、次期国王の座を巡る勢力争いを引き起こした。

 王家に連なる一代限りの大公家も。

 功績を残し、臣下に降って現存している公爵も。

 みんな、みんな、僕の手の平の上。

 ああ、人間とはなんて醜く強欲な生き物なのだろう?

 自分にもあの緋色の椅子に座るチャンスがあるのかもしれない。

 そんな夢物語をちらつかせただけで、こうも容易く本性を表す。

 そんな浅慮な人間が、あの王冠を戴くなんてありえない。

 もっと。

 もっとだ。

 もっと混乱して一度全て壊れてしまえばいい。

 悲劇が大きければ大きいほど、それを終息させた人間の功績は民衆の目に正義として映る。

 そうして僕は、この国の国民に望まれて、華麗に支配者として復帰する。

 ……はず、だった。

 なのに、あの場所に座ったのは、継承順位が一番遠く、辺境にいたはずの王弟殿下。

 王弟殿下はその黒い魔力を帯びた大剣で凡庸な陛下を断罪し、その混乱に乗じて国民を虐げた公爵家や大公家を切り捨てた。

 その傍らにいたのは、黒い髪に紫暗の瞳をした悪魔。

 この混乱する継承権争いの中、唯一静観の姿勢を貫いたメルティー公爵家。

 当時まだ公爵位を継いでいなかったカーティス・メルティーは、一際魔法の才のない、出来損ないの人間であったはずなのに。

 僕の用意した僕のための舞台はこうして邪悪な人間たちによって奪われた。

 でも、その断罪の手は結局"精霊信仰"や"創造主"という大義名分の下自治権を持つ神殿にいる僕までは届かなかった。

 だから、僕は誓った。

 この代償は、必ずその身で払ってもらう、と。


 あの悪魔達に隙が出来たのは、仮初の平和を享受し、それぞれに大事なモノができた時だった。

 そんなモノを持つから足元を掬わられるのだ。

 奪った以上、奪われる覚悟を持ち続けなければいつか狩られる側に落ちるのだ。

 策略の糸が紡がれ続けているとも知らず、平和ボケした害獣など敵ではない。

 まず、僕がターゲットとして目をつけたのは、悪魔の伴侶になった毒婦"アリシア・メルティー"。

 アレは本当に邪魔な存在だった。

 この国の人間ですらなかったくせに、"精霊"の存在を否定するような魔法でこの国の秩序を乱し、ヒトがせっかく築いた"精霊信仰"という人々の救いと地位を脅かそうとする。

 大義名分を失えば、神殿の自治権を取り上げられかねない。なんとかしてあの魔女を消さねば。

 だが、毒婦を排除するチャンスはあっさりとやって来た。

 かつて悪魔と言われたあの男はこともあろうに妻を守るために神殿を頼ったのだ。

 国を混乱に陥れた際、手を尽くし万全を期していたのは勿論だが、幼少期に母親によって神殿に隠され存在を消された(王族)が息を潜めて今だに生き残っていることを彼らは知らなかった。

 そうしてじっくりと死に至る呪いを"神託"と称して堂々とあの魔女にかけることに成功した。

 時間をかけた呪いは、僕が知る限り最高の"暗殺"方法だ。

 誰に疑われることもバレる事もなく、毒のように確実にその生を刈り取れる。

 恐怖に怯え、自分を殺すマヌケな夫を恨みながら死ねばいい。

 そう、思っていた。

 だが、アリシア・メルティーはこの地を離れる前に突然僕の目の前に現れた。


「かわいそうなヒト」


 まるでそう思っていないような口調で、口元に笑みを携えた空色の瞳がそう言った。


「私、むしろあなたに感謝しているの。おかげで確実にこの子を産めるから」


 余命1年の保証。それは呪いの代償だった。


「ねぇ、知ってる? 悪役って、頭が良くないとなれないのよ」


 風で靡いたコスモスピンクの髪を耳にかけたその女は、まるで歌でも歌うかのように言葉を紡ぐ。


「ほら、正義の味方なんてワンパターンに一撃必殺で終わりの役回りじゃない? それに対して悪役は正義の味方を陥れるためにどれほど策を練らなきゃならないことか!」


 それで対価(ギャラ)が同額なんて割に合わないと思わない? と楽しげに笑う。

 一体何の世迷言を言いに来たのか、理解に苦しむ。

 真実を知った(僕に辿り着いた)ところで、呪われ言葉を封じられた身では何一つ残せやしないくせに。


「あなた、"悪役"にはなれないわ。絶対にね」


 当たり前だ。

 物語とは、勝者が紡ぐものだ。

 すなわち支配者は正義であり、悪であるはずがない。


「断言するわ。あなたは私から何一つ奪えやしない。私が全て自分で選んでいるのだから」


 ふふっと毒婦らしい笑みを浮かべ、僕を指さす無礼な女。

 だが、結局彼女は2度とこの地を踏む事なく呪いの効果で死んで逝った。

 あれだけ大口を叩いたくせに、あっさりと僕に命を奪われたのだ。

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