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68.悪役令嬢としての選択。

 自分のクラスの催しに尽力していたら、あっという間に演劇の時間になってしまった。

 セドがクラスに戻ってからも予想以上のお客様でなかなか抜け出せず、開演時間を気にする私にクロエが接客を引き受けるから行ってきてくださいと送り出してくれた。

 しかも学内広報員という生徒会役員特権で手に入れた座席のチケットまで譲ってくれるという神対応。

 持つべきモノは仕事のできる心友である。

 どうせ暗い会場では私とクロエが入れ替わっていても分からないだろうし、クロエのためにも最高のスチルを回収して、広報誌作成に尽力しよう。

 そう心に決め、慌ただしく芸術ホールまで来た私は改良型の映像記録水晶(カメラ)を起動する。

 フラッシュなしで、暗がりでもはっきりくっきり綺麗に撮れる仕様。

 お兄様ありがとうと心の底から感謝しつつ、私は演劇の鑑賞をはじめた。

 エタラブでも確かにこんなシーンはあったけれど、ゲームで鑑賞した内容は抜粋でラストのスチルだけなので、通しで全て見るのは初めてだ。

 魔法を駆使しキラキラした舞台はとても素敵で引き込まれた。

 男主人公である騎士を演じるロア様も過酷な運命を前に愛する人と引き裂かれた貴族令嬢役を演じるライラちゃんも役にバッチリハマっていて、瞬きする間すら惜しくなる。

 内容はロミジュリに近いけれど、真実の愛を前に様々な重圧と困難を乗り越えた2人は無事ハッピーエンドを迎えた。

 諸悪の根源である悪役令嬢を当て馬にして。

 舞台の真ん中で幸せそうに見つめ合い抱き合う2人のキスシーンで幕が下りれば、会場には割れんばかりの拍手が起き、カーテンコールが鳴り響く。

 その時ポタリ、と何かが落ちて来て、私の手の甲を濡らした。

 ああ、私は泣いているのか。と、どこか他人事のように認識する。

 恋心と失恋を自覚してからどうにも感情が揺れやすくていけない。


『リティカは泣き虫だなぁ』


 泣いている私を見つける度にそう言って、いつもハンカチを差し出してくれていた私の可愛い王子様。

 そんな瞬間はこれから先もうないのだ。そう言い聞かせて、私は乱暴に涙を拭う。

 

「……分かってたはず、なのに」


 あれは、数年後の2人の未来だ。

 ロア様の隣にいるのは私じゃない。ライラちゃんはヒロインらしくロア様に望まれ、国民に祝福されて、これから先を生きていく。

 それがきっと最適解で。

 悪役令嬢として、ロア様とライラちゃんを幸せにしたいと思った、その気持ちに嘘はない。

 だけど。


「実際に見るのは……きっついなぁ」


 あれだけ見たかったはずのイベントスチルよりも、甘いお菓子とロア様特製のブレンドティーを乗せたテーブルの向こう側に座るロア様の笑顔の方が見たかったなんて。

 そんなこと、絶対に言えない。

 

「私の婚約者役もこれにて幕引き、ね」


 ハッピーエンドのその先を私が実際に目にする事はないだろうけれど。

 幸せな嘘でできた世界を望むなら。


「悪役のターンはもう終わらせないとね」


 そうつぶやいた私は、悪役令嬢の仮面をつけて立ち上がる。

 鳴り止まないカーテンコールに応えて、舞台の幕が再び上がる。


「さようなら、私の愛しい婚約者様」


 それを目の端に追いやって、私はそっと会場を後にした。


 私は一人静かな礼拝堂のドアの前に立つ。

 精霊祭とは違い、校舎から離れたコチラには人の気配はない。

 わざわざこんなお祭り騒ぎをしている日に精霊に祈りに来るほど信仰心の強い生徒はいないらしい。

 私は呼吸を落ち着けて、ゆっくりその戸を開ける。


「おや、迷える仔羊がいらしたようですね」


 まるで私が来るのが分かっていたかのように大神官がにこやかに微笑む。


「……こんなところに、何故大神官様が?」


 私を捉えるオパールの色をした蠱惑的な瞳に、私は思わず息を呑む。


「ふふ、あなたのようにお祈りに来られる方もいますからねぇ。布教活動の一環ですよ」


 さぁどうぞと大神官であるカノン・テレシーは私に精霊達の母である女神像の前に来るよう促す。


「なるほど」


 私は一人頷いて、大神官の方に歩みを進め、女神様を見上げる。

 慈悲深い笑みを浮かべ精霊を統べる女神様。


「……どうして、ヒトの形をしているのでしょうね?」


 私は女神像を眺めたまま、大神官にそう尋ねる。


「どうして、とは?」


「いえ、ただふと思っただけなのです。どうしてこの姿なのかしら、と。だってほら人間なんて強欲な生き物でしょう?」


 私は大神官に空色の瞳を向ける。


「神様がヒトと似ているというのなら、きっとさぞや冷酷で傲慢で自分本位な存在なのだろうな、と」


「……不敬ですよ、令嬢」


「あら、ごめんなさい? 何せ私は"精霊様"にも"神様"にもお会いした事がありませんので」


 大神官を挑発するようにふふっと微笑む私は、


「本当にいるのか、存在そのものを疑ってしまいますわぁ」


 なお、悪役らしく他人の"大事"を踏み躙る。


「勿論、存在していますよ。信じるモノは救われる。あなたのように罪深い存在でも」


「罪深い? あなたは一体私の何を知っているというのです?」


 悪役令嬢らしく、傲慢な笑顔を浮かべた私に、


「誰かにとっての"正義"とは、誰かにとっての"悪"なのですよ、メルティー公爵令嬢」


 オパールの瞳が笑いかける。


「どんな気分です? 母親を殺して生きている、だなんて」

 

 酷い言葉を投げかけられたのに、それは甘い痺れを伴って私の耳朶に響き、一瞬意識を持って行かれそうになる。

 ぞくりと背筋に悪寒が走り、私が立ちすくんでいる間に距離を詰めた大神官が、


「恥じる事はありません。大神官である私は平等に全ての人間の味方です」


 大神官は私の顎に指をかけて顔を上げさせる。


「あなたの婚約者は、聖乙女に夢中なようだ」


 オパールの瞳と強制的に目が合って、全てを暴かれ自分の中をかき乱されるような感覚を覚える。


「彼女はもうすぐ聖女になるでしょう。そうなれば、あなたの立場はどうなることか」


 お可哀想に。

 まるでそう思っていなさそうにクスクスと笑う。


「何が、言いたいのですか!?」


 盛大に振り払ったつもりなのに軽く音がしただけだったが、なんとか大神官の手を弾いた私は、


「無礼者。私が、この国の公爵令嬢と知っての行いですか」


 精一杯大神官を睨みつける。


「いえ、ただね。お伝えしたかっただけです。私はあなたの味方だ、と」


 と楽しそうな声音で悪魔が笑った。


「…………っ」


 私が私でなくなってしまいそうな、とても嫌な感じがするのに、彼の言葉に屈して縋りつきたくなってしまう。


「助けてあげましょうか?」


 その顔が夢で見たそれと重なる。

 嫌だ、と言いたいのに私の口はカラカラに乾きなんの音も生み出さない。


「憎いでしょう、全てが」


 悪魔が耳元でそう囁く。

 真っ黒で、救いのない夢。


「ヒトは脆く誘惑に弱い。楽になって良いのですよ」


「……そ、れ……は?」


 大神官が取り出したのは、紫色に妖しく光る石の欠片。


「ふふ、綺麗でしょう」


 耳に心地よい音で大神官に囁かれ、私は自ら手を伸ばす。


「さぁ、欲望のままに良い夢を」


 そうして意識を手放して、私は大神官の手に落ちた。

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