65.悪役令嬢とヒロインの取引き。
建物の修繕費を私のポケットマネーで支払うことと今日見たライラちゃんの能力を口外しない条件で、ライラちゃんに質問に答えてもらう契約を結んだ。
私は私を見返す翡翠の瞳をじっと見る。
ポーションに頼らない完全回復。
邪気が宿る石の浄化。
一瞬で任意の場所に移動できるテレポーテーション。
これはもう疑う余地がなく。
「ライラ、あなた一体いつの間に聖女になったの」
聞いてませんけどと仁王立ちの私を前に自主的に正座しているライラちゃんは、
「別に聖女にはなってないですよ? あくまで聖女見習いです。能力1個解放しただけなので」
と言って視線を逸らす。
「じゃあその格好はなんですか」
「普段着です」
「嘘おっしゃい。どう見ても聖職者の格好でしょう」
「嘘じゃないですよ? 確かに浄化魔法の取得を申告したことで聖女見習いとして神殿で修行する時に着なさいって支給されたものですが、私服これしか持ってないので」
服買うお金なくて、とハキハキと答えるライラちゃんに、
「ロア様に贈られたドレスがいくつかあったでしょう?」
と尋ねるも、
「動きにくいので売りました! あとコルセット辛い」
堂々とした答えが返ってきた。
そうかぁ、売っちゃったかぁ。
まぁロア様なら笑って許してくれるだろうけど全くこの子は、とため息しか出てこない。
とりあえずライラちゃんにはあとでアイリス商会で扱っている私好みの服を送りつける事にする。
「いつからその魔法が使えるのよ? 私が把握している限り野外討伐イベントなんてなかったはずなんだけど」
エタラブ本編でヒロインが最初の聖女の力を覚醒する野外討伐イベント。
特別クラスの野外実習があったのはセドのカリキュラムを見て確認済みだけど、討伐イベントは起きなかった。
何故なら宮廷魔術師の師匠が研究資材調達がてら定期的に魔物の討伐に行ってしまうから。
ヒロインが聖女覚醒するイベントが発生するために必要な"暴走する魔物"がいないのよね。
「んー野外討伐イベント? とやらは知りませんが、この魔法は昔から使えますよ? あと他にも結界張ったりとか!」
ドヤっと胸を張るライラちゃんめっちゃ可愛い。
思わず映像記録水晶で反射的に写真を撮ったところで。
「聖女じゃん! それもう、疑う余地なく完全に聖女じゃん!!」
誤魔化す気ないでしょ!? とヒロインに向かって盛大にツッコミを入れる。
「……普通に能力の申告をすれば国で保護されていい暮らしだってできるのに」
こんなにガツガツ身体張らなくてもとため息混じりに伝えるも。
「え、だって正直面倒臭いなって。ただでさえ聖乙女に対するみんなの期待と教会の圧力が鬱陶しいのに、こんな能力持ってるなんて知れたら国に囲われて社畜確かなって」
神殿の勧誘鬱陶しいし、私は崇められるよりお金を稼ぎたいとなんともヒロインらしからぬ回答が返ってきた。
「で、その能力をひた隠しにしてアルバイトで稼いでる、と。雇い主の名は?」
「それは言えません」
ライラちゃんは目を逸らす事なくキッパリとそう言った。
「そう、じゃあ次の質問」
「え? いいんですか、答えなくて」
驚いたように目を瞬かせるライラちゃんを見ながら、
「別に答えたくない質問は飛ばしていいわ。私がしているのは"ダウト"だから」
クスッと私は悪役令嬢らしい笑みを浮かべる。
「私が知りたいのはあなた自身についてよ」
嘘と本当を織り交ぜる。
「じゃあ、簡潔に答えてね。アルバイトは順調?」
「そうですね、概ね」
「福利厚生は充実してる?」
「ありがたい事に」
「その契約中に副業はできるかしら?」
「内容によっては。許可がいるかもしれませんが」
「私が指定した日に"テレポート"をもう一度見せてもらうことはアルバイトの規約違反かしら? 給金は今の倍額払うわ」
「それは大丈夫だと思いますけど、光魔法の完全回復や浄化ではなく?」
「ええ、光魔法は別にいいの。魔術師として気になるのはむしろ"テレポート"の術式のほうね。私のスイもできるのだけど解析エラーになっちゃうの」
瞬間移動が実用化できたら素敵じゃない? と夢を語ったところで。
「じゃあ最後、何でその能力を使おうと思ったの?」
ただお金を稼ぐだけなら他にも方法はあったでしょう、と私は彼女の本心を尋ねる。
このセリフは、王子ルートで攻略対象が力を使う事を躊躇っていたヒロインが、その能力で攻略対象を助けた時に尋ねるセリフだ。
「憧れている人の役に立ちたいと思ったからです」
一切の迷いなく、ゲームと同じ表情で同じセリフを答えたライラちゃんを見た私は、ゲームとは少し展開が違うけれどもう2人は両想いになっているんだと確信する。
「そう、よかった」
さっきほど自分の恋心を自覚して、失恋したことに気づき、この想いに1ミリの可能性もない事を思い知って、私はようやく今未練も迷いも断ち切れた。
「良かった?」
「ほら、前に言っていたじゃない? "嫌になる"って。でも、もう"期待"はライラの肩に乗っても重くないという事でしょう?」
私は笑顔で嘘をつく。誰かが作った嘘の世界で、悪役令嬢を演じるうちに随分と私も嘘が上手くなった。
そんな私の本心に気づかない可憐なヒロインは私を見て、可愛く笑う。
「ねぇ、ライラ。あなた神殿に出入りをしているのでしょう? 一つ依頼を受けてくれないかしら?」
私はそう言ってこの物語のヒロインに微笑む。
私はこの物語の悪役令嬢だ。
だから、最後までそれを演じるのだと決めて。
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