63.悪役令嬢と乙女ゲーム的イベント。
ロア様はすぐに見つかった。
声をかけようとして、私は足を止める。
「……セド?」
学園内でもなく、私もいないのに2人が一緒にいるなんて珍しい。
別にやましいことはないのだから堂々と割って入ったって問題ないのに、咄嗟に物陰に隠れてしまった私は、反射的に気配遮断の魔道具を起動する。
そのまま気づかれないようにこっそり2人を盗み見る。
「あの2人をいつまで放置するおつもりで?」
「そうは言ってもな。解呪の方法が分からない事にはお手上げなんだよ」
こうもあっさり返り討ちに遭うとはなとため息を漏らすロア様。
解呪? 一体、2人は何の話をしているの?
いけないとは思いつつ、私はそのまま聞き耳を立て続ける。
「鍛え方が足んねぇんじゃないですか? つーか、奴らはどうでもいいけど、うちのお嬢の評判これ以上落とすのやめてもらえます?」
うちのお嬢が今どんな状況に置かれているか知らないとは言わせませんよとセドは金色の目で涼やかにロア様を睨む。
「あの人はああ見えて繊細で傷つきやすいんだよ。何見せつけるように他の女を侍らしてくれてるんですか?」
「侍らすだなんて、人聞きの悪い事を言ってくれるな、セドリック」
セドの追求を軽く流したロア様は、
「彼女とはただ有意義な時間を過ごしているだけだ」
ふっ、と口角を上げてロア様は笑う。それはそれは楽しそうな声でそう言うものだから、私は咄嗟に物陰の後ろに身を隠すように座り込む。
お母様の魔法道具をつかっているのだから、私の存在を認識できるわけないと分かっているのに、だ。
"有意義な時間"
ロア様の指す彼女がライラちゃんの事だと理解した途端、胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。
私は膝を抱えて顔を伏せる。どうしても今の私を見つけられたくなくて。
仄暗い感情が浮かびかけたけれど。
「殿下、お嬢にフォローの一つもしないで愛想尽かされるとは思わないんですか? うちのお嬢は守備範囲バリ広な上に浮気性なんですよ!?」
おい、コラ、セドリック! 誰が浮気性だ。
もう! ロア様になんて事を言ってくれてるのかしら!?
まぁその器の広さがお嬢の良いところではあるんですが、とかもはや何のフォローにもなってないわ!!
私に対して失礼にも程がある。
などと盛大なツッコミを無音で入れているうちに吹き飛んだ。
うちの執事はいつもこう。上げて落とすスタンスに、お嬢様はもう涙目よ。
「リティカは確かに婚約者だけど」
もう、これ以上の盗み聞きはやめようとこっそりこの場を離れようとした時、ロア様の声を耳が拾い動きを止める。
「俺はこのままリティカと結婚する気はないよ」
ロア様の口から出たその言葉が棘のように胸に刺さる。
俺って言ったって事は、公人としてではなく個人的にそう思っているって事かしら?
私はそっと気配を消したまま今度こそその場を後にする。
気づかれないようにと一歩、二歩と歩みを進めていた私の足は、もう大丈夫と思った瞬間に少しでも早く立ち去りたいと勝手に走り出す。
『リティカ・メルティー公爵令嬢。今この時を以ってお前との婚約を破棄する』
ゲームでの断罪劇の光景が私の脳裏に浮かび、
「……知ってたわ、そんなの」
ずっと前から分かってた。
だけど、ロア様の口から直接聞きたくなかったなんて。
勝手に盗み聞きしたくせに、そんな文句言えるわけもなく。
工芸茶の入った袋をぎゅっと握りしめて、
「何が男心よ。コミュ障妻推し同担拒否の師匠の話は本当に当てにならないわね!」
代わりに師匠に悪態を吐いた。
「はぁぁぁ」
あのまま魔法省に戻る気にはなれず、城内から抜け出して、城下町の中央区で私は大きなため息を吐く。
『俺はこのままリティカと結婚する気はないよ』
ライラちゃんはヒロインらしく順調にロア様を攻略しているようで、めでたい限りだわ。
ふっ、私の思惑通り。
順調過ぎて高笑いが止まらないわね!
「あと私の遂行すべきタスクは、婚約解消のための手続きと裏ラスボス的な大神官を罠に嵌めて捉えることの2つかしら」
正直、婚約解消はメアリー様に泣きつけばどうとでもなると思う。
お父様は勿論、お兄様もまぁ味方についてくれるだろうし。
傷物令嬢の私は家の体裁を守るために晴れて追放。
ロア様の嫁は性格が良くて希少な光魔法が使えて、人から慕われて、ロア様に愛される可愛いヒロイン。
うん、何の文句もないわ。
やったー私が自由を謳歌できるようになるまであとわずか!
だと言うのに。
「はぁぁ、何このモヤモヤした感じ」
公式カップルの成立にモヤモヤするなんて、まるでガチ恋……。
「いや、そんなわけ」
ない。
ないはずよ。
だってずっと自分に言い聞かせてきたんだもの。
「私、ヒトのモノには興味がないの」
私はそんなお呪いを呟いて、
「しっかりなさい、リティカ・メルティー。あなたは悪役令嬢でしょ」
自分で自分を叱責する。
「悪役令嬢たるもの、ヒロインの恋路を邪魔して、2人の距離を縮めるサポーターなんだから」
だから、私は恋なんて。
しない。
したくない。
だって、そんな事をしたって、絶対に叶わないのに。
そんな事を思った時だった。
「何? この嫌な気配」
ぞわっと全身に鳥肌が立つような嫌な気配に私は思わず立ち上がる。
街中はいつも通りの風景なのに、一つ入った路地の奥からとても嫌な気が流れてくる。
「……街中での魔物出現イベント」
攻略対象もヒロインもいないのに、何でそんなものが発生するのよ!
誰かを呼ばなくてはと思ったけれど、気配遮断の魔道具を起動していたせいで、私には今、護衛はおろか王家の影すらついていないという事に気がついた。
とはいえ気づいた以上このまま放置するわけにはいかない。
「上手くいけば、幻惑石や神殿につながるヒントが拾えるかもしれないし」
エタラブのイベント報酬を思い出した私は、すっと立ち上がると、
「仕方ないわね。やるだけやりますか」
路地に向かって歩き出した。
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