閑話5.推しが悪役令嬢だと言うのなら【後編】(クロエ視点)
第一王子の婚約者になれなかった私ができるのは、ニコニコ笑って婿養子に来てくれそうな高位貴族の次男三男に取り入ることだった。
私の代でヴァレンティ侯爵家を絶させるわけにはいかない。
それは分かっているけれど。
「こんなの……まるで」
意思を持たず、考える事を放棄して。
ただにこにこと微笑む私は、ショーウィンドウのお人形と何も変わらない。
ガシャーン。
あの子がロア様の婚約者に選ばれたのだと知り、静かな邸にお皿が割れる音が鳴り響く。
「どうして! あんな娘がっ」
普段はまるで変わらず、相変わらず絵に描いたようの良妻賢母。
お父様さえうまく騙す、お母様の狂気。
ガシャーンと陶器が割れる音が響く度、私はあのパーティーであの子がぶちまけた料理の皿を思い出す。
「クロエ、ああ私の大事なクロエ! 大丈夫、お母様に任せなさい」
あなたは王太子妃に、そして行く行くは王妃になるのと、私の肩にお母様の狂気が絡む。
ああ、いっそのこと。
私も、すべて、ぶちまけられたら。
……なんて、できるわけがない。だって私は、お母様のためのお人形なのだから。
そんな生活が唐突に終わりを迎えたのは、私が9つになった夏が終わりかけた頃だった。
「…………え?」
お父様の口から聞かされたその話が冗談でない事は、抱きしめられた腕の力強さで理解した。
「クロエ、気づかなくてすまなかった」
この国の立役者の娘に手をかけるなんて、一族諸共断罪されたっておかしくはなかった。
だけど、そうはならなかった。
多額の賠償金と引き換えに。
「クロエ、セレスティーナとともに領地に行って欲しい」
私には最初から選択肢なんてないのでしょう?
なんて、悲痛な表情を浮かべるお父様には言えなかった。
王都から離れる。
きっと有力な貴族と縁組を望む事はもうできない。
大好きな家族が壊れる音を聞きながら、私は頷くことしかできなかった。
領地での暮らしは楽ではなかった。
売れるものは全て売った、使用人も最低限お母様のお世話をする人しかいない極貧生活。
リティカ様への恨み言を漏らしながら暴れるお母様。
地獄とはきっと、生きている世界に存在するのね。
そんな風に思っていたけれど、お父様の手配したお医者様とカウンセラーのケアを受け、誰からも非難されない田舎の領地で静かに過ごすうち、お母様は憑き物でも落ちたかのように冷静になっていった。
「…………私は……なんて、事を……」
そうお母様が口した時にはすでに2年の歳月が流れていた。
罪は、償わなければならない。
それが、どんな立場の人間であったとしても。
私はお母様を止められなかった。
知っていたのに、見て見ぬフリをした。
だとしたら、私も同罪なのだろう。
だから、王都に呼び戻されリティカ様に引き合わされる事になった時、彼女からどんな扱いを受けたとしても全て受け入れようと思っていた。
「メルティー公爵令嬢の仰せのままに」
そう言った私に、
「不合格。私に足手まといは必要ない。私が欲しいのは、自分で考えることができ、私の提示する条件が飲める子よ」
彼女は吸い込まれそうな程真っ直ぐな空色の瞳を向けてそう言った。
彼女に必要とされないのなら、私の罪はどうやって償えばいい?
黙り込んだ私を前にして少し考えこんだあと、
「ヴァレンティ侯爵、クロエを私に預けてくださる? 私も投資してみようと思います」
リティカ様はそう言って私の手を取った。
リティカ様が私に求めたのは大きく2つ。
"詮索しない"
"漏らさない"
大きな空色の瞳は私に執着する事はなく、決して裏切るなと脅すようなこともしなかった。
「ねぇ、クロエ。この物語のヒロインは1人なの。そして、悪役もね」
あなたはヒロインでも悪役でもない。
そう言ったリティカ様の構想する物語が、何を指すのかわからないけれど。
「悲劇のヒロイン面はもう終わりにしたら? 私、夫人を許す気は無いけれど、あなたにそれを背負わせて罰してやるほど暇じゃないの」
私に対して恨み言1つ言わず、
「ねぇ、クロエ、世界は広い。私の代わりに見てきてちょうだい」
そう言って、私は隣国アルカラントに放り込まれた。
私の事を誰も知らないその国は、とても居心地が良かった。
リティカ様のお祖父様に辿り着き、彼女が隣国の王家の血を引いている事と、母君であるアリシア様がクレティア王国に亡命した理由を知った時、この情報は使い方によってはかなり強力なカードになる。
そんな邪な思いが、頭をよぎったけれど。
「クロエ、あなたすごいわね! その交渉術、私にくださらない?」
商会立ち上げるわよ!
リティカ様のキラキラと輝く楽しげな表情と純粋に私自身の能力を評価された高揚感で、すぐに立ち消えた。
私が一から立ち上げに携わった商会の仕事はどれも面白くて、やりがいがあって、誰も私のことを"男であれば良かったのに"なんて言わなかったし、お金はわかりやすく私の価値を示してくれた。
「わぁ、まさかここまで当たるとは。クロエ、あなたやっぱり最高だわっ!」
それに、普段どの令嬢にもきつい物言いをするリティカ様が満面の笑みで褒めてくれるから。
「当然です。私に売れないモノなどありません。そ、れ、よ、り、も!!」
私は今話題の小説とそれになぞらえた概念グッズ、それから売り出し予定の冷めないカップを取り出して。
「リティカ様! この物語、今すっごい来てるから、イベントやりましょ!! 仮面舞踏会的なノリで」
私はリティカ様に集客見込みと収益の予想図を添えてプレゼンする。
「さすがね、クロエ。オフ会兼コスプレイベ。限定コラボカフェぶち込んで、一気に商会の知名度あげるわよ!!」
リティカ様はいつだって私の提案を面白そうに聞いてくれるから。
「勿論です。ついでに会場で聖乙女の好感度が上がるような噂について情報操作しときますね」
「さっすがクロエ、分かってる!!」
「当たり前じゃないですか。私はあなたの右腕でしょう?」
自分で考えて、動く楽しさを知った私は、
「……ねぇ、リティカ様。私が侯爵家継ぎたいって言ったら笑います?」
なりたいと願う自分を口にする。
リティカ様が王妃になるというのなら、私が侯爵家の名であなたを支えたい。
私を見つめる空色の瞳は大きく見開いて、何度か瞬くと、
「ヤダ、クロエ天才か! アリに決まっているじゃない」
すぐさま全肯定してくれる。
「現行法では女児が爵位を継ぐ事はできませんけど」
「何を言っているの、クロエ? ヒトが作った決まり事なんて、ヒトに壊せないわけがないでしょう」
当たり前のようにそういったリティカ様は。
「私を誰だと思っているの? 私が願って叶わないことなど、この世に1つもありはしないのよ」
この国の社交界を裏側から支配する悪役令嬢は、とても傲慢に、そして優雅な微笑みを浮かべると、
「さあ、クロエ。欲しいモノ全部掴みに行くわよ」
そう言って、私に手を差し伸べる。
そんな彼女にどうしようもなく魅入られてしまっている私に、抗う術は存在しない。
「ええ、勿論。リティカ様の仰せのままに」
誰も知らない、秘密の関係。
リティカ様が悪役令嬢演じると言うのなら。
私はリティカ様が目的を達するその日まで、遺憾なく自分の才を発揮しようと思う。
もうお人形であった私はどこにもいない。
私は、私の意思で、自分とこの国の未来を作るのだ。
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