閑話5.推しが悪役令嬢だと言うのなら【前編】(クロエ視点)
子どもながらにお母様のカーテシーが一番美しいと思っていた。
凛とした立ち振舞いがあまりに美しくて、思わず口説いてしまったんだと照れながらお父様が話してくれた2人の恋物語が大好きだった。
いつか、私もそんな風に誰かに見初められたら。
なんて、思っていた私は随分と夢見がちでめでたい頭をしていたのだと今なら思う。
私はヴァレンティ侯爵家に生まれた自分の立場というものをまるで分かっていなかったのだ。
お母様とお父様が出会った時はすでにお母様は20代半ばで、高位貴族の妻としては随分高齢での出産だったらしい。
高位貴族を相手にストレスを貯めながら仕事を続けたお母様は何度も流産を繰り返し、ようやく生まれたのが私だった。
遅くに生まれたたった1人の娘である私はたいそう2人に可愛がられたし、お母様は丁寧にそして面白く私に淑女としての嗜みを教えてくれた。
『クロエは私の誇りよ。あなたが私の一番自慢の生徒』
そう言ってお母様に褒められるのが一番嬉しかった。
そして、私達家族は確かに幸せだったのに。
侯爵家に跡取りがいない。その事実はこの国では許容してもらえなかった。
『男なら良かったのに』
お祖母様から何度そのセリフを聞いたか分からない。
そして、私がそう言われた以上の責苦をお母様が浴びせられていたのだと知ったのはお母様が精神を病まれた後だった。
傍目にはいつもと変わらないように見えたお母様は貴族を相手に教師を続ける傍で、少しずつ、誰にも分からないほどに少しずつ、狂っていった。
それが露見したのは、王位継承権一位のロア様が婚約者を選ぶ時期になった時の事だった。
「クロエ、なんとしてでも王太子妃になるのよ!」
あなたほど才能に溢れた子はいないわ、と掴まれた肩に痛みが走る。
「でも、私は」
「陛下は能力重視だもの。家柄しか取り柄のないあんな甘やかされたワガママ娘が選ばれるわけがないわ!」
初めて、お母様を怖いと思った。
だけど、きっと私が第一王子であるロア様に選ばれさえすればいつもの優しいお母様に戻ってくれるはず。
そんな淡い期待を抱いて、私は婚約者候補が集められたパーティーに参加した。
参加者は全員ロア様に盛大にアピールをしていた。そんな中でも群を抜いて目立っていたのはコスモスピンクの髪をした綺麗な顔立ちの女の子。
その容姿から彼女がリティカ・メルティー公爵令嬢なのだと知る。
一目で高価な物だと分かる派手なドレスを着て、豪華な装飾品を身につけた彼女はロア様の腕に手を絡め、他の候補者をこれでもかと言わんばかりに威嚇していた。
が、めげない候補者達。
ついに公爵令嬢が癇癪を起こし、テーブルクロスを引っ張って、料理を派手にぶちまけた。
なにアレ、第一王子の婚約者の座怖すぎる。
アレに目をつけられるなんて本当に勘弁して欲しい。
ただでさえ最近時折脅迫的な顔を覗かせるお母様の対応で痛んでいた胃が、さらに痛みを訴え出した。
勝手に城内を彷徨くなんていけないと思いつつも、私は耐えきれなくてそっとパーティー会場を抜け出した。
「……っ、痛い」
喧騒から抜け出して隠れるように身を潜めた木の影で私はうずくまる。
軽い吐き気と痛みに泣きそうになっていた私の頭上に、
「邪魔よ。城内の景観を損なうわ」
そんな冷たい言葉が落ちてきた。
視線を上げればそこにいたのは先程会場で暴れていた公爵令嬢だった。
「何? びびって泣いているの? なら来なければ良かったじゃない。どうせ出来レースなんだから」
ロア様の婚約者は私よ、と言い切る彼女に私は言い返す気力もない。
できたら放っておいて欲しい。
沈黙を保つ私に、
「あーあ、自分のコンディションも維持できないなんて情けない」
そう言った彼女は、無理矢理私を立たせると、
「ちょっとこっち来なさいよ」
そう言って手を引いた。
もしかして闇に葬られる!? なんて思った私が連れて行かれたのは、すぐ近くにある東屋だった。
「ほら、横になりなさい」
座り込んだって楽にならないわよ、と言った彼女は妙に慣れた手つきで私の看病をする。
「あなた、何か食べたの?」
そういえばパーティーの準備で朝から何も食べていない。ふるふると首を振る私に、
「そんなだからふらつくのよ」
悪態を吐きながら小さなお菓子を一つくれた。
レモン水を飲み横になっていると、少し胃痛が落ち着く。
「戻らなくていいのですか?」
「一通り片付けたもの。言ったでしょう、これは出来レース。ただのお披露目よ。すでに内々に婚約する事が決まっているの」
どこまでが本当か分からない内容に驚きつつ、出来レースという言葉に私は唇を噛む。
結局家柄で選ぶなら努力なんて意味ないじゃない。
そんな非難めいた言葉が出かかった私は、
「どうして、私を助けたのですか?」
代わりにそう尋ねる。
「は? どうして私がロア様に群がるその他大勢の女を助けなくてはいけないの?」
が、問いかけが問いかけで返ってきた。
この令嬢は何がしたいのか私には全く分からない。
疑問符を浮かべる私と空色の瞳の視線が絡む。
しばらく沈黙したのち、
「ただ根性あるなと思っただけよ。あなた今にも死にそうな顔をしていた癖に、誰よりも綺麗なカーテシーをするんだもの」
私は美しいものと可愛いものが好きなのよ。
彼女はクスッと笑いそう言った。
もしかして、褒められたのかしら?
「それだけ話せるならもう大丈夫ね。こんなところで行き倒れられても目覚めが悪いし、一応ヒトを呼んでおいてあげる」
すくっと彼女は立ち上がり、すぐさま立ち去ろうとする。
「あの、メルティー公爵令嬢! 私、私の名前は」
「興味ない」
振り返ることなくそう言って、あっという間に去って行ったのでお礼を言いそびれてしまった。
そうして彼女に名乗ることすらできず見送った私の中には、初めてお会いした第一王子のロア様よりもリティカ・メルティー公爵令嬢の方が強く印象に残ったのだった。
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