60.悪役令嬢とは舞台裏をも支配する存在である。
クロエは感情に乏しい、全く笑わない子だった。
彼女が私に付き従う理由。父親から言われたから、というのもあるだろうけれど、彼女の私に対する対応は"贖罪"という言葉が透けて見えた。
クロエは知っているのだろう。自分の母親が自分のために何をしたのか、そしてどうして自分が王都から遠く離れた領地に追いやられたのかを。
クロエの意識を変えるには、まず彼女を取り巻く環境を変える必要がある。
そう思った私はヴァレンティ侯爵の力を借りて密かに彼女を隣国アルカラントに渡らせた。
"私の母方のお祖父様を探ってきて欲しい"
そんな密命と共に。
結果だけ言えばクロエはとても優秀で、彼女はよく尽くしてくれた。
僅かな情報からお祖父様に辿り着いたクロエの手引きで私はお祖父様と密かに連絡を取る事に成功した。
お母様に瓜二つな容姿とそれを写した私の写真も有効で、私はお母様が子どもの頃にイタズラするために作ったという変身、気配遮断の魔法が組み込まれた魔道具を遺産として受け取った。
本来ならこんなチートアイテムきっと課金ルートで出てくるような代物なのだろうけれど。
ま、お兄様は必要なら自分で作るでしょう、たぶん。
というわけでありがたく暗躍するために使わせてもらっている。
そんなクロエの交渉術や分析能力に商才の可能性を見出した私が商会を作るわよ! と宣言したのが3年前。
お金と人が集まる場所に情報は集まる。というわけで作られたのがアイリス商会。
一つは情報を集め、市井での情報を操作する目的で。
そうしてもう一つは、追放後の私の生活費確保のため。
アイリス商会での仕事を通して、クロエは徐々に彼女らしさを取り戻し、今ではすっかり仲良しに。
まぁ、一つ誤算があったとすれば。
「もう! クロエったら、学校が始まる頃にはヒトに任せて戻って来なさいって言ったのに。おかげで私ずっとぼっち扱いじゃない」
「あはは、だってここ一番の貿易交渉だったんだもの。学校行くより楽しいじゃないですか。それに私が居たところでどうせ人前では敵対関係演じてるんだから、リティカ様のぼっち変わんないし」
クロエが商会の仕事にどハマりしてしまったことだろうか?
おかげで王都に滅多に帰って来やしない。
「もう、クロエは私と仕事とどっちが大事なの?」
「嫌ねぇ、リティカ様ってば。今時三流のロマンス小説だってそんなセリフ言わないわ」
仕事に決まってるじゃない、とどきっぱり言い切ったクロエは、
「それじゃ早速だけど、お仕事の話をしましょうか?」
とても楽しげに地図を広げてそう言った。
「と、いうわけで! マカロンの売り上げは上々。本拠地を置いているマリティでは勿論、珍しくて可愛いもの好き、社交界の花形シャーロット姉様のお気に入りとして話題になった後はすっかりクレティア王国の社交界でも定着しました」
じゃんと綺麗にまとめた販売実績を私の前に提示したクロエは、得意げにそう述べる。
数年前までこの世界になかったカラフルなマカロン。絶対流行ると私は手始めにコレを作らせた。
前世でも可愛いマカロンは人気だったけど、効果は絶大。
特にうちの国の社交界の花形と呼ばれる華やかな女性、シャーロット・シャデラン伯爵夫人がお茶会でプリントマカロンを使用してからは一気に社交界に広まりトレンド入り。あっという間に社交界で話題になり、アイリス商会の人気を後押しした。
「クロエの働きには感謝しているわ。おかげで私は表に出ることなく情報を把握できる」
シャーロット嬢とクロエははとこにあたり、クロエを田舎の領地に追いやったと因縁をつけられている私は何かとシャーロット嬢に嫌われているのだけど、私は彼女が嫌いではない。
シャーロット嬢は社交界の花形。クロエ経由で接触している彼女は社交界の情報をもたらしてくれるし、商品の話題も流したい噂も広めてくれるまさに重要人物。
貴族令嬢達がこぞって夢中になっているアレコレが全て私の推したモノで、社交を全くしない嫌われモノの私が実は裏側から情報も含めて社交界を制圧しているなんて誰も気づくまい。
「さっすがリティカ様。アレもコレもぜーんぶヒット商品。次はナニやります?」
クロエは最近流行りの小説を片手にニヤッと笑う。
ちなみに内容は"追放モノ"
婚約破棄されて奮闘する女の子が、イケメンに溺愛される系は自由恋愛を夢見る貴族令嬢達にあっという間に支持された。
「そうねぇ、次はタピオカミルクティー行ってみる?」
当然この世界には存在せず、類似品にはなるけれど物珍しさから話題になるんじゃないかしらと私は前世の記憶を掘り起こす。
「え? それどんなモノです?」
私はタピオカミルクティーの商品案をクロエに渡す。キラキラと目を輝かせた彼女は、絶対当たると早速試作するよう手配しようと次なるヒットにむけての構想を練り始めた。
「はぁ、本当どうしてこうも素敵アイデアが湧くんです?」
「詮索しない、が条件のはずよ?」
アイデアのほとんどは前世の知識によるモノなので、若干の後ろめたさを感じつつ私はきっぱり線引きをする。
「わかってますよぅ」
クロエは肩をすくめて、
「私がリティカ様の側にいるには、"詮索しない""漏らさない"でしょ?」
私がクロエに求めた条件を復唱する。
私が持っている知識、求める情報、起こそうとする行動、私とクロエの関係性その全てにおいて詮索せず、外部に漏らさず、私に尽くす事。
とても一方的な要求をクロエは全て飲んで私の手足となって側にいる。
「悪いわね、クロエ。何も言えなくて」
あなたを信用していないわけじゃないの、と目を伏せる私の手を取って、
「別にいいです。私は自分がそうしたくてリティカ様に着いていくって決めたんだから」
ぎゅっと握って綺麗に微笑む。
「リティカ様には、本当に感謝しています。私や母を助けてくれてありがとう」
「……別に助けた覚えなんてないんだけど?」
私はクロエの澄んだ碧眼を見ながら肩をすくめる。
「母は侯爵家の重圧や私を王太子妃にしなきゃってプレッシャーから解放されて、領地で息をつけるようになって今はとても楽しそうに孤児院で教鞭をとっています」
「別に追いやった人間のその後に興味ないわ。私は余っている教師という使える資源を再利用しただけよ」
私は侯爵夫人を追いやった後、彼女の背景を調べた。
貧乏伯爵家から身を削るような努力で王室勤めまで上り詰めた彼女は、侯爵家に嫁いだにも関わらず跡取りとなる男児を産めなかったことで精神的に相当追い詰められていたのだと知った。
だからといって私は私を害した人間に同情したりなどしない。
だから、彼女には今もその能力で以って罪を償ってもらっている。
「クロエがどう解釈しても自由だけど。私はあなたの母親を許す気はないの。だからこれはただの能力搾取よ」
平民と貴族の間に大きな格差のあるこの国で"教育"を施し、優秀な人材を確保することは急務だ。
平民向けの学校設立と就職支援による生活の安定。
それはメアリー様の悲願でもある。いつか私が王太子妃になって、国やロア様を支えるのだと信じて私に沢山の手ほどきをしてくれたメアリー様。
だけど、追放される予定の私はメアリー様の期待に応えられないから。
代わりに大好きでお世話になっているメアリー様のためにそれを叶えたかった。ただそれだけだ。
とはいえ言うのは簡単だが教育機関の設立は課題が多く、実現可能なレベルに落とし込みそれを推し進めるためには"実績"を伴ったモデルが必要で。
私の痕跡を残さずにそのデータを取りたいから他領であるヴァレンティ侯爵領でとっているに過ぎない。
「そう、だとしても。私達が救われた事に変わりはないから。私は勝手にリティカ様に感謝するの」
リティカ様のツンデレ〜なんて天真爛漫に笑う彼女は全くもって貴族令嬢らしくない。
でも、無表情でお人形のようだった出会ったころのクロエより今のクロエの方が私はずっと好きだ。
「そう、じゃあせいぜいこれからも国の発展のために尽くしなさいな」
優秀なクロエはこの国に必要だ。
いずれ私がいなくなる日が来たら、アイリス商会の商会長の座をクロエに譲ってもいいし、ヴァレンティ侯爵領での教育機関モデル事業の功績を手土産に王都に戻ればクロエはこの国で重宝される事だろう。
「リティカ様の御心のままに」
綺麗なカーテシーをする彼女を見ながら、私は私のいないこの国の未来に思いを馳せた。
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