58.悪役令嬢であるということ。
「あ、コレすっごい美味しそう」
私の撮った写真を眺めながら、ライラちゃんがキラキラと目を輝かせる。
「でしょ? お兄様にもらったイチゴシェイク。また飲みたいなー」
そんな彼女に私は自慢げに写真を収めたアルバムをめくる。
あの日以来度々写真を見たいというライラちゃんとこうして人気ない裏庭の東屋で、こっそり過ごす日が増えた。
「リティカ様はお写真撮るのが本当に好きなんですね!」
私にとっての大事なモノや、コトのアレコレ。
誰かに語ることがなかったから、ライラちゃんが褒めてくれ共有してくれるのが、とてもうれしい。
「うわぁ、綺麗な景色。私海って見た事ないです」
それに、私に媚を売ろうとする他の貴族達とは違ってライラちゃんは、駆け引きも忖度もなく私の写真を褒めてくれるから。
「いいなぁ。いつか私も色んなところに行ってみたい」
つい、私も色んな写真を見せたくなっちゃうのだ。
「ここは私の秘密基地。とっておきの場所にあるの。海も空も綺麗でしょ?」
それはマリティにこっそり建てた私の別邸。追放されたらここで静かに暮らそうと思って人を介して手配した。
「ふふ、褒めてくれたお礼に特別にいつかこっそり招待してあげてもいいわ」
「えー本当ですか!! 絶対ですよ?」
まぁ未来の聖女様を私の隠れ家に呼べるかは分からないけれど、行動力のあるライラちゃんならこっそり王城から抜け出して他国までやって来そうだ。
「ええ、いつか。いつか、きっと未来でね? その時はパジャマパーティーとやらでもしましょうか」
お菓子とお茶を用意して、ベッドでおしゃべりしながら夜更かしなんて考えるだけでワクワクする。
「おっかしーー!! 絶対美味しい!! 楽しみでしかない!」
やったーと素直に喜ぶライラちゃんにクスッと笑った私は、
「ライラは本当に食べる事が好きね。いいわ、その時はとっておきのお菓子を用意してあげる」
私こう見えてもお菓子づくり得意なのよと胸を張る。
「……リティカ様は本当に努力家ですね。本来ならそんな事できなくても困らないはずなのに」
いつか家を出る。
そんな決意を誰にも話せなかった私が、魔法に頼らなくても、誰かにお世話をされなくても、一通りの事が自分でできるようになったのは料理以外も丁寧に教えてくれたエリィ様のおかげだ。
「あら、何事もできないよりできた方がいいじゃない? 人生、何が起きるのかわからないのだから」
ある日突然前世の記憶が戻ったり、悪役令嬢としてヒロインをいじめる気満々だったのに、淑女教育を施しつつ何故かこうして一緒に写真を眺めたり、とか。
こんな時間を持てるなんて思わなかったなと翡翠色をした大きな瞳を見つめた私は、
「それに求められた時最大限自分の能力を発揮できるよう備えておくのは公爵家に生まれた私の義務よ。公爵令嬢としての恩恵を受ける以上、私はこの国を、ひいてはこの国に生きる人達を守る役目を担っている」
「……嫌に、なりませんか?」
ぽつり、とライラちゃんは溢すように私に尋ねる。
「私は、たまに嫌になります。ちょっと前までなんの取り柄もない平民だったのに、光魔法が使えることが露見した途端、手のひらを返したように"聖乙女"だの"愛し子"だの呼ばれるようになった事も、聖女になれって期待を押し付けられることも」
嫌になる。
自分で望んだわけでもないのに。
私はそっとライラちゃんの手を取り、その肩にそっと寄りかかった。
「その気持ちは少し分かるわ。私だって嫌になる事、沢山あるもの」
自分でロア様の婚約者になっておいてなんだけど、王太子妃になりいずれ王妃として国民を導く国母になるだなんて、考えただけで胃がきりきりするし。
私はメアリー様のようにはなれないわと心から思う。人前に出るのも目立つのも本当は苦手だし。
スチル回収しつつ、お父様みたいに裏でアレコレ画策してこっそり推しを愛でるくらいが私には合っている。
「多分、そんな日は私だけじゃなくてロア様にもあると思うわ」
「あんなに完璧人間な王子様にも?」
私は頷いて、内緒よ? とライラちゃんに囁く。
「確かに何もかもが嫌になる時も、全部を放り出してしまいたくなる日も、あるけれど」
『愛しているの』
自分が死ぬと分かっていても、そう言って私を産んでくれたお母様。
私にベタ甘なお父様も、ツンデレなお兄様も、悪役令嬢強火担なセドも、公爵令嬢として私を扱わない師匠やエリィ様達も。
そして想い人に出会った今もまだ婚約者を続けてくれているロア様も。
みんな、みんな、私を大事に思ってくれている事を知っているから。
「私は、私を愛してくれている人達に恥じない"私"でありたいと思うの」
私も、愛しているから。
だから、私は逃げない。
たとえ、自分に配られた配役が"悪役令嬢"であったとしても。
リティカ・メルティーの名に恥じない私でいたいから。
「課せられた運命が重くても、ライラなら吹き飛ばせるわよ。だってあなたなんだかんだいいつつちゃんと私のレッスンについて来れてるじゃない」
大丈夫、と私はこの国の未来を背負うライラちゃんに笑いかける。
「私、ライラの直球で破壊魔なところも結構気に入っているわ。これから先もあなたを取り巻く環境は目まぐるしく変わるでしょう。だけど、これから先のライラの軸になる部分が今のあなたのままなら私は嬉しいと思うわ」
かつて、メアリー様に言われた言葉になぞらえて、私は悩み多きヒロインに言葉を贈る。
"あなたは、あなたらしく自分にできる事をすればいいの"
きっと、メアリー様はこう言いたかったのね、と今なら分かる。
誰かからの肯定はそれだけで少しだけ前向きになれると私は知っている。
だから、今度は私がその背を押したい。
翡翠の大きな瞳に私を写したライラちゃんは、ゆっくり何度も目を瞬かせ、
「じゃあ私、リティカ様の秘密基地にお呼ばれしても恥ずかしくないくらいしっかりマナーを覚えます」
私に本を見せながらライラちゃんはそう決意表明をする。
「だから、もっと、沢山、これからも私にお勉強を教えてくださいますか?」
沢山の本を抱えているなとは思っていたけれど、自主学習用だったらしい。
「ふふ、私でよければ喜んで。ああ、でも魔法の事はロア様に習うといいわ」
最近よく一緒にいるでしょう? と私は尋ねる。
「学園祭の準備とか、魔法の授業でペアになるから一緒にいるだけで、別にやましい事は一切ないです!!」
はっとしたようにライラちゃんは全力で噂を否定する。
まぁ、確かに私はまだロア様の婚約者ですしね。
でもライラちゃんにはちゃんと私はロア様の風避けでしかないと伝えたわけだし、せっかくロア様といる時間が持てるように裏で画策してる身としては、やましい事があってもいいんだけど。
「うん、でも両片思いのすれ違いパターンも私的には尊くて有りよりの有りね」
学園祭の演劇ものすごく期待してるからと映像記録水晶を取り出す私に、
「えーっと、ご期待に添えるようにがんばります?」
若干困惑気味にライラちゃんは微笑んだ。
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