56.できる悪役令嬢の選択。
どの部署でもそうだが、最高責任者には"秘書官"を任命する権利がある。
ただし、不正防止のため親族関係にある身内を選ぶ事はできない。
そして師匠と親族関係にない私には、秘書官の任命を受ける事ができる。
秘書官。その身分があれば長官の命を受け、多忙な長官の職務を一部代行することが可能だ。
と、言うわけで。
「お話にならないわね」
やり直し、と私は呼び出した書類を外交省の人間に差し戻す。
「ちょ、ちょっと待ってください! 受けていただかねば」
彼らの態度から明らかに舐められていることが明白だったので、私は相応の対応で返すことにする。
「聞こえなかった? 受けない、と言っているの」
声を低くし、なるべく威圧的な感じでそう言い切る。
「隣国との調整。そもそもこれは外交省の仕事でしょ?」
「ですが、魔術師が出向けば我が国としては」
言葉を遮るように私は執務室の机の上にお行儀悪くドンっと足を乗せ、
「外務大臣に言っておきなさい。うちは便利屋じゃなくってよ? ってね」
はくはくと言葉を生み出さず狼狽える役人。
「魔法省を舐めてくださってるみたいなので、もっとわかりやすい言葉でお伝えしましょう」
うちのトップを真似て、と前置きをした私ら微笑んでパチンと両手を叩く。
「こんな案件にうちの貴重な人員を割けるかっ!! しょうもないプライドのために魔術師使うんじゃねーよ。そもそもある程度魔法学を修めた人間なら、魔法道具を駆使していくらでも解決できるだろ。ヒト頼みじゃなくて、頭使え、頭。何のために魔術師が広く一般人が魔法を使えるように魔術を編んでいると思ってんだ。魔術師舐めんな、っと、我が魔法省長官殿がおっしゃっておりますので、お引き取りを」
畳み掛けるようにそういって足を戻し、トンっと、書類に書かれている魔術師派遣依頼とその概要を指でさす。
「トップの代わった今なら制御しやすいとでも思いましたか? 残念ね。うちの方針は変わらない」
まだ交渉の余地があるでしょう? と目で語り、
「それでもどうしてもうちの魔術師をと所望するなら、条件の見直しを要求するわ。魔法省の能力と働きに見合った対価。当然よね?」
ハイ、やり直し。
バサバサっと過去案件の資料と共に私は執務室から役人を追い出した。
「あとは、学生のインターンシップは例年通りで問題ないと思います。2階層は部外秘案件多いので、学生が出入りする間は充分注意するように通達を出しましょう。予算の申請はこの形でいいと思うんですよね。とりあえず財務部に出して……って、師匠どうしたんです?」
私のすぐ隣にいた師匠は綺麗な灰色の瞳に驚きの色を浮かべ、
「いや、俺リティカの事初めて怖ぇと思ったわ」
お前表情何パターン使い分けるんだよと眉根を寄せる師匠。
「ふふ、見直しました? 魔法を組み込むのは苦手ですけど、割とこっちは得意分野です」
褒めてくれていいんですよ? とドヤる私に。
「いや、マジで助かった。ってか、いっそお前が長官継げば良くない?」
この部屋やるけどと簡単に放り投げようとする師匠に苦笑して、
「良くないです。私はまだ未成年の学生ですし、それに何より私はあと数年で魔術師見習いの身分も返上しなくてはならない人間ですから」
丁重に断りを入れた。
「それにしても、どこでこんな事覚えてきたんだ?」
「……一応、これでも王太子殿下の許婚なので」
「ああ、殿下の仕事手伝ってるとか?」
納得したような顔をした師匠に、私は苦笑気味に首を振る。
「ロア様は、私に自身のやるべき事を手伝わせてくれる方ではありませんわ。私にできるのはせいぜい、その他大勢でも処理できるレベルの書類をこっそり整理する程度です」
謙遜ではなく、私にできるのは本当にその程度。
それでも少しでもロア様の負担を軽くしてライラちゃんに割くための時間が作れればと、精霊祭の後からメアリー様にお願いして微力ながら手伝わせてもらっている。
その影響があるのかないのかはわからないけれど、学内外でライラちゃんと一緒にいるロア様の目撃情報が増えてきているので、私としては今後も陰ながらお支えする地味な活動も続ける予定である。
が、その代償として交流を深めているであろう2人の素敵スチルの回収がなかなかできてないのが結構心残りだったりする。
「ああ、推し成分足りない」
せめて2人のデートにこっそりついて行って影からスチル回収したい。
そして可愛い2人を遠くから愛で倒したい。
映像記録水晶を取り出して煩悩をつぶやく私に、
「リティカ、お前日に日にストーカーと化してないか?」
「失礼なっ! ただのファンですわ!!」
美スチルを回収したいだけです! と私は全力で抗議する。
「……ファンって、お前の婚約者だろう」
呆れた様に尋ねる師匠に、
「ああ、学園祭が楽しみ過ぎる。特別クラスは演劇と聞いていますし、私トキメキと妄想で今からワクワクが止まりませんわぁ」
前のめり気味に頷く私。
最近忙しくて推し活できなかったので、公式イベントは楽しみでしかたない。
「お前の学園生活いいのか? それで」
そんな私に殿下の追っかけで3年終わりそうだなと師匠は苦笑する。
「私ロア様だけを推しているわけではありませんけど、せっかく自由でいられるのですから陰ながらロア様をお支えし全力で応援したいと思っておりますわ」
私は笑顔で肯定する。
ゲームで知ってはいたが、本物のライラちゃんはとてもいい子だし、安心してロア様の隣を任せられる。
とはいえ流石にロア様とライラちゃんに恋に落ちてもらおうと画策しているなんていえないけれど。
「……お前がいいんなら、いいんだがな」
ポンっと私の頭に書類を乗せ、
「自分自身の事も大事にしとけ。じゃないと、誰かに優しくできない」
いつもより真剣な目でそう言った。
「何ですか、急に」
首を傾げる私に、
「お前は昔から精神面がやたらと大人びていて、最適だと思う結果を出すためなら自分を顧みない傾向にあるから、お前に関わりのある大人として心配してるんだ」
師匠はとても優しい口調でそう言った。
心配?
師匠が、私を?
「ふふ、変な師匠。私ほどわがままで欲望に忠実な人間もいないでしょう?」
師匠の言葉の真意がわからず、キョトンと目を瞬かせた私はそう切り返す。
「公爵家に生まれた以上、リティカがいろんなものを背負わなくていけないのはわかっている。だが、お前はまだ15だ。急いで大人にならなくていい。だからせめて守ってくれる人間がいる間はもう少し、自分に優しくしてやれ」
元々前世を思い出した時から、私の精神年齢は、成人オーバーで。
だけど、物語を支配するには子どもである私にできる事は少なくて。
物語はエンディングに向かって否応なく進んでいくから、早く大人にならなくてはと焦りすぎていたのかもしれない。
「……忠告、痛みいります」
私が私を傷つけたら、少なくとも師匠は叱ってくれるし、エリィ様は悲しむ。
私が大事にしたいと思う人がいるように、私のことを守りたいと思ってくれる人がいるのなら、私はその気持ちを踏み躙ってはいけないのだろう。
少なくとも、この国を出るまでは。
だけど、私は。
「心に留めておきますね」
とりあえずこの書類を財務部に出してきますと言い残し、私は執務室後にする。
私は歩きながら師匠の言葉を咀嚼する。
「それでも、私は……」
何度考えても、どれだけ願っても。
エンディングは変えられない。
もしもこの世界にゲームのようにリセットボタンがあったとしても、私は私の大事な人を守るために、悪役令嬢であることを選ぶから。
何度も。
何度でも。
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