54.悪役令嬢はヒロインに願いを託す。
少し冷静になりたくて、渋るセドを先に教室に帰し私はひとりで学内を散策する。
「大筋は変わらないはずだけど、私の知っているゲームの話とズレて来てるわね」
私を糾弾したあの2人のことを考える。
私は普段の2人を知らないけれど、スチル回収したくなるような攻略対象としての魅力がなかった。それだけなら私の好みの問題なのかもしれない。
だけどそれを差し引いたとして、ロア様があんな風に大勢の前で考えなしの発言をする阿呆を側近として手元に置くとは思えない。
それに、あの男が私の前に現れたタイミングも良過ぎる。
まるで、糾弾される私を庇うかのような発言。
私に恩を売る形で接触したかった?
だとしても、この時期に一体なんのために?
「あーダメだ。不確定要素が多すぎる」
ここがエタラブの世界で、これが王子ルートなら、あの男がいつか悪役令嬢の前に現れるだろう、とは思っていた。
あれが大神官の仕掛けならあの男は一体どうやってあの状況を作り出したのか?
「……嫌な感じ、ね」
セドがもし本家通りの存在であったなら、多分彼は今も犯罪組織で暗殺者をやっていたのだろう。
私が見つけ出したあの頃はまだ組織の末端にいたけれど、本編開始頃の時系列では殺しの腕と経験を磨き百戦錬磨の暗殺者になったセドは、直接的に陛下やロア様を害そうとする組織の上層部にいる事になる。
そしてその細い細い糸の先は、全部あの男につながっているのだ。
もっとも、今時点では証拠が何一つないのだけど。
「いっそ神殿に潜りこめないかしら?」
"いつでもお待ちしています"
ぞっとするような声を思い出し私は思わず自分を抱きしめる。
単身で何の備えもなく仕掛けるわけにはいかない。そうすればゲーム同様いいように扱われて使い捨てられる。
私はそんな三下の悪役令嬢になどなりたくない。
だとすれば、悪役令嬢として私に打てる手はなんだろう?
「まだ下手には動けないわね」
せめて彼女が王都に戻って来てくれたらと私が深いため息をついたタイミングで、
「わぁーリティカ様だぁ!!」
とても元気な声が遠くから聞こえた。
「……ライラちゃん」
私を見つけたライラちゃんは翡翠の瞳をキラキラと輝かせ物凄い勢いで走って来ようとしたのだけれど、はっと何かに気づいたような顔で立ち止まり、こほんとわざとらしく咳をした後淑やかに歩いて私の前に現れた。
「ごきげんよう、メルティー公爵令嬢」
荷物を持っていない方の手でふわりとスカートを持ち上げ、優雅な所作で私に礼をして見せるライラちゃん。
練習を始めた当初とは雲泥の差だ。
今の彼女ならどこかの令嬢と言われても違和感がない。
「ふふ。ごきげんよう、ライラ嬢」
よくできましたと私が褒めるとライラちゃんは花が綻んだかのように可愛く笑った。
「あ〜もう! 可愛いが過ぎる。ヒロインのはにかみ笑い、最の高かっ!! 惚れる! コレは惚れてしまうわぁーーーー!!」
これはどう見ても攻略対象に向けるイベントスチルの笑顔! あまりの可愛さにおもわず素が出てしまった私は映像記録水晶を取り出してライラちゃんを激写する。
「ふわぁぁぁ!! いいっ!! めっちゃくちゃいい画が撮れた」
ライラちゃんそっちのけで回収したスチルを確認。
青緑色の綺麗な髪の美少女がそこに映っていて、私は満足気にガッツポーズを決める。
「えーっと、リティカ様」
困惑気味にそう呼ばれ、我に返った私は。
「こ、コレはみんなには内緒なのよ! よろしくて?」
慌ててそう口止めする。
ライラちゃんはじっと私と写真を見比べて、
「んー分かりました。その代わり」
ストンと私の隣に腰掛けて、
「他のも見せてください!」
満面の笑顔でそう要求した。
「すっごい! いっぱいある」
ライラちゃんは興味深々といった様子で私のコレクションをめくっていく。
それは6年前から私が撮り溜めてきた、全部私の大事な思い出の写真。
「わぁーコレ会長ですよね! 小さい時からイケメンだ」
「そ、私の自慢のお兄様だもん。お兄様は優しい上にかっこいいんだから」
この映像記録水晶もお兄様が作ったのよと私は我が事のように自慢する。
「それにしてもリティカ様撮るのお上手ですね」
「……改めて誰かに見られるなんて恥ずかしいわね」
初めの頃の写真なんて、撮り方や構図なんて分からなくて、ただただシャッターを切っていただけだ。
写真の上手い撮り方なんて、前世でだって学んだ事はないし、この世界には私に写真の撮り方を教えてくれる人なんていないし。
素敵なスチルを回収するために、まさに試行錯誤の日々だった。
ぶれているモノも見切れているモノも多いけれど、でも全部アルバムに挟んでとってある。
「えー誰この赤ちゃん抱いてるかっこいいヒト。めちゃくちゃ眉間に皺よってる。隣の人奥さんですか? すっごい幸せそう」
「この人は私の師匠。で、こっちは奥さんのエリィ様。2人には今でもすごくお世話になっていて、2人の娘のララとリズのことは妹のように大事に思ってる」
一緒にアルバムをめくりながら私は写真に解説を加える。
「ふふ、セドくんすっごい生意気そうな顔してる」
「それはセドがうちに来た頃の写真。セド写真嫌いで撮るの大変だったのよ? もーすっごい生意気で。躾けるのに苦労しちゃったわ」
警戒心強くてごはん全然食べないんだものと毎食あの手この手で攻防戦を繰り広げていた頃の事を思い出す。
「初めて家に来た頃は、本当にガリガリに痩せていて、喧嘩っぱやくて、すぐ怪我をしてくるから心配してたんだけど、今では誰もが振り返りイケメンに」
暗殺者セドリック・アートはこの世界には存在しない。セドはどこに出しても恥ずかしくないうちの自慢の子だ。
「わぁ、殿下の写真多っ。ロア殿下は小さな時から美人さんなんですね。お隣の方は……もしかして王妃様?」
婚約者ですもんね、とロア様の写真を目を輝かせて見るライラちゃん。
ライラちゃんの口から聞かれた婚約者、という響きになぜか私の胸はチクリと痛む。
ヒトのモノには興味がない、と私は口内でそんな呪文を転がして、痛みに気づかないフリをして笑う。
こんなところでも王妃教育は役に立つのだから、真面目に修練を積んでおいて良かったと自分を褒めながら、
「ふふ、ロア様小さな時から可愛いでしょ。王妃であるメアリー様によく似てるの」
私は言葉を続ける。
「メアリー様はとても素敵な王妃様なの。ライラが将来謁見する時もきっと良くしてくださるわ」
「私が王妃様にお会いする機会なんてありませんよ!」
「あら、そんなの分からないじゃない」
だって、ライラちゃんはヒロインでいずれロア様と結ばれるのだから。
そうなればメアリー様は彼女の義理の母だ。
「もし、困ったらメアリー様は絶対力を貸してくださるわ。王妃様は頑張る女の子の味方なのよ。いざとなったら私の名前を出してもいいわ」
トンとライラちゃんが身につけてくれている私があげた花飾りを指さして私は彼女に笑いかける。
「覚えておいて。生まれは変えられないかもしれない。だけど足掻きつづければ未来は変わる。努力して身につけたモノはなくならない。誰にも奪われず自分らしく、生きていけるように一つでも多くの武器を持ちなさい」
ライラちゃんはヒロインらしく波瀾万丈な人生を送るのだろう。
庶民が王家に嫁ぐ。
物語では美しく語られる身分違いの恋は美しいけれど、現実は厳しい。
それを跳ね除けるには並大抵の努力ではどうにもならない。
「でも大丈夫、可愛いは唯一普遍の正義なんだから」
だから王子ルートのハッピーエンドを望む私が、多少困難を祓っておいたとしても問題はないでしょう。
本来なら私が背負うはずだった重責を彼女に押し付けるのだから。
「リティカ……様?」
舞踏会の日の光景を思い出す。とてもお似合いの2人。
あの日以来2人で並ぶ姿を見かける日が増えた。勿論、取り巻きはいたりするし、側から見ても咎められることのない節度ある行動ではあるけれど。
多忙なロア様がライラちゃんのために時間を割いている。それと同時に私にロア様からお茶会の誘いがかからなくなった。
その事実を周囲がどう受け止めているか。確認するまでもなく明白だ。
「……私とロア様の婚約は、いずれ解消されるわ。私はロア様がこの国を共に支えていくパートナーとしてふさわしい相手を選ぶまでの風除けなの」
「え?」
驚いたように声を上げるライラちゃんに、内緒よと私は笑う。
「婚約者、と位置付けられているだけで、私達の間には恋愛感情は存在しない。今までも、これから先も」
私が悪役令嬢らしく振る舞えば、物語通りにエピソードは進む。
王子様の隣は悪役令嬢なんかではなく、ヒロインにこそ相応しい。
多分ロア様の気持ちはライラちゃんに傾いている。
あとはライラちゃんの気持ちが傾くのを待つだけだけど、ロア様はとても素敵な王子様だもの。惹かれ合うまできっと時間の問題だ。
だから、私は心のストッパーをひとつはずす事にする。
「おふたりは想いあっているのではないのですか」
「違うわ」
少なくとも、ロア様にとって私はそうではない。
私達の婚約は、陛下に望まれリティカのわがままで成立しただけ。
「だけどロア様は、私の大事な幼馴染なの」
占いをしたあの日、前世の記憶を見てしまった時から決めていた。
私はロア様の味方でいよう、と。
ロア様の魔障を完治することができるのも、毒に怯えない生活を保証できるのも神様に愛された聖女になるライラちゃんだけ。
その上ライラちゃんが王子ルートでロア様と結ばれてハッピーエンドを迎えれば、神様からの加護でこの国の安泰は確定だ。
私だけがいなくなるこの国で、私の推し達はいつまでも幸せに暮らす。
それが、私の望む結末。
「だから、これからもロア様の事よろしくね」
私は2人の恋物語の裏側でこっそりこの国の危機を回避する。
悪役の私が紡ぐのは歴史に消え、誰の記憶にも残らないストーリー。
悪役らしく、物語を支配してみせると、改めてそう決意した。
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