51.悪役令嬢と夜更かし。
夜更かししよう、とボードゲームを並べるロア様。
ルールは前世でやった事のあるリバーシと似ている単純な陣取りゲームだ。
先行を譲ってもらい、ゲームを開始する。
「ははっ、これが巷で聞くところのパジャマパーティーって奴だね」
初めてやった、とまるで子どもみたいに笑うロア様を前に、
「普通、パジャマパーティーは同性のお友達とやるものらしいですよ?」
生憎と同性の友人がおりませんのでやった事ありませんけど、と私は訂正を入れる。
「いや、ヤローと夜更かしやっても楽しくないじゃん。もはやそれ普通に深夜労働」
つまんなーいと言いながらロア様は容赦なく陣地を広げる。
「あ、えっ!? ええーー!! いつの間にこんな流れに?」
トンっと陣地を取り返しながら私は次の一手を打ち、反撃のための布陣を仕込む。
この手のゲームはある程度の定石はあれど、心理戦がモノをいう。メアリー様に鍛えてもらったのでそれなりに自信がある。
「おおーすごい。そういえば、来期の生徒会役員の打診、断ったんだって?」
ゲームを続けながら、ロア様は世間話のように話題を振る。
「……お兄様ですね。そもそも、私の成績と人望では無理ですよ、っと」
私では、入り込む隙などありはしない。これが王子ルートであるなら、尚更。
「ライラは、きっと生徒会に入ると思うよ。最近は特に勉学に力を入れているし、所作も洗練されてきてる」
そうでなければ困ると私は頷く。実際、彼女は努力家だ。興味の向いた分野に関しての吸収が早い。読み書きや魔法学など自分の就職に直結する事は特に。
まぁ、その分礼節だのマナーだの貴族の勢力図などには疎いのだけど。
どうやって興味を持たせるかが目下の課題だ。
「ロア様は、きっとお兄様の後すぐ会長職に就かれるのではないですか?」
「とりあえずセザールがいる間は副会長を引き受けるつもりだよ」
前学期が終わるより早く話は進んでいるようで、ゲーム通りだなと私は生徒会メンバーを思い浮かべる。
あとはきっと2年の先輩とロア様の側近候補である攻略対象の2人、といったところか。
「で、ここからが相談なんだけど。生徒会の活動を広める方法。リティカならどう戦略を練る?」
「活動の宣伝、ですか?」
私は手を止めてロア様をじっと見る。
「学園は社交界の縮図そのもの。次代を担う人間が一同に存在する。しかも上流貴族から有力な商家の人間まで。で、あるなら味方は増やしておきたいし、敵はなるべく牽制しておきたい」
私はロア様の言葉を頷いて肯定する。
そう、だからロア様は王太子として学園内を掌握しなくてはならないし、個人的にはライラちゃんも王太子妃候補として広くその能力を認知されて欲しいところだ。
「んーそうですね。私なら"推し活"ですかね」
「推し活?」
トンっと私は不利な盤面に陥っているゲームの反撃を開始しながら、持論を述べる。
「人間、とは常に娯楽に飢えています。手が届かない至高の存在。自分にとっての癒し。見ているだけで幸せ。などなど理由は様々ですけど、思わず応援したくなる、目で追いかけてしまう存在。それが"推し"です」
人間の"好き"という感情は侮れない。
はまればそこには大きな影響力が生まれる。
「大衆には大衆の好む"ストーリー"というものが存在します」
リアルより、嘘の混じったリアリティの方が面白い。
だが、そうだとしてもまず目に触れない事には"好き"になりようがない。
「生徒会であれば、惹きつけられるような"カリスマ性"と身近な存在としての"共感性"。私ならこの2つをバランスよく切り取って画像や映像で配信しますね」
この世界ではまだテレビ中継のような人物をそのまま配信できる存在がなく、当然SNSも存在しない。
映像記録水晶ですら、まだこの世にできて6年。
価格が高いので映像記録水晶本体は民間まで普及しているとは言いがたい状況だけど、人気の俳優やロア様のような王族の肖像画はかなり売れている。
「そして信者を増やしますわ。沼落ち確、腐女子生産。課金勢向けにアイテム開発して経済効果。ふふ、超楽しい」
ドンっと盤上の領地を半分以上白色に染めて私は微笑む。
「どんなことでも貫き通せば"正義"ですわ」
嘘つきはいけない?
いいえ、嘘だって、本当に変えてしまえばいいだけだわ。それが私の信条です、と私は言葉を締めくくる。
「なるほど。リティカは面白い手を思いつくね。ま、最後まで気を抜いちゃダメだけど」
トンとロア様が一手を置いた瞬間に白色の盤面が黒に変わる。
「え、えーー? 嘘、どんな手ですか!? コレ」
たった一手で修復不可能に追い込まれ、私の負けが確定する。
「むぅ、絶対勝てたと思ったのに」
「はは、正直危なかった。リティカの性格把握してなかったら勝てなかったな」
トンっとロア様は勝敗を分けた一手を指差す。
それは私がこの戦法を取るために切り捨てた分岐点。
「大胆な手を講じるくせに素直で少し抜けてる。そんなとこは昔から全然変わってない」
クスッと笑ったロア様に、
「……バカにしてます?」
拗ねた口調で尋ねながら私は駒を回収し始める。
「いや? 可愛いと思ってる。コレって決めたらトコトンやり抜くとこも、駆け引きなく一直線に飛び込むとこも」
可愛い、と言われて私は駒を盛大に落とす。
急に何を言い出すの、深夜のテンション怖っ。とロア様を見れば、
「ところで、リティカ。今日一枚も写真を撮らないのは、俺が可愛くないから?」
揶揄うような藍色の瞳と目が合った。
「あ、いや。単純に映像記録水晶置いて来ちゃっただけで。明日には、多分お屋敷に戻ります……し」
じっと私を見てくるロア様から目を離せず、私は改めてロア様を見る。
いつもよりだいぶ着崩したラフな格好で、ここ最近のように張り詰めた様子もなく随分リラックスしている。
所作が綺麗なので隠しきれない育ちの良さはあるけれど、こうして見るとまるで年相応の男の子に見える。
「そっか、俺に対して興味がなくなったのかと思ってちょっと心配した」
私の落とした駒を拾い上げ、箱にしまいながらロア様はニコニコと笑う。
その笑顔はいつも通りキラキラしていて、可愛いはずなのに、何故かいつもとは違う気がして私は思わず目を逸らす。
なんだコレ。心臓が痛い。
「そ、そう言えば。なんで今日は一人称ずっと"俺"なんですか!?」
話題を変えようとして私は踏み抜いてはいけない何かを踏んだことを知る。
「ん、言ったでしょ? 監視も護衛置いてきて完全にプライベートだ、って」
気づけば近い距離に整った推しの顔があって、心臓がありえない速度で跳ねる。
ロア様が基本的に私に対して一線引いていたのは知っているし、公私を分ける際に一人称が変わる事も何となく知ってはいたけれど。
でも、私に対してはいつもただただ可愛い王子様で。
アレ? この人は本当に私の可愛い婚約者様? と混乱する私に。
「ごめん、大丈夫だから。そんなに警戒しないで」
揶揄いすぎたと肩を震わせるロア様はいつもみたいにふわりと笑って、私の髪を優しく撫でた。
「あ、そうだ。屋敷改装するなら、いい職人紹介しようか?」
ロア様の態度にドギマギしてしまう私をよそに、ロア様はそう言って話題を変えた。
改装、という単語になけなしの冷静さを取り戻した私は、
「……どこまで知っているのですか?」
そう言って眉を顰める。
監視付きの身分である事は理解しているけれど、本当どこまで筒抜けなんだと普段考えないようにしていた出来事に恐ろしくなる。
「リティカが隠す気のない情報なんて、すぐ俺の耳まで入るに決まってるじゃないか。アリシアの部屋爆破したんだって? そんな面白い事やるなら呼んでくれたら良かったのに」
リティカの勇姿見たかったなぁなんて言うけれど、とてもヒトに見せられたものではない。
公爵令嬢が自宅の爆破なんて、本来なら褒められた事ではないだろうし。
「燃やしたのは、お父様の保存魔法とお母様の残した空間認知を歪める魔術式だけです」
ちゃんとお部屋も元に戻るように修復魔法も組み込んだんですよ、と私は設計図をテーブルに広げる。
「わぁ、よくこんな精密で複雑な組み合わせの魔法描いたね。あ、古代魔法まで網羅してある」
事故がないように念入りに根回しはしたけれど、実験すらできなかった魔法の起動。公爵家の敷地内でなければ処罰の対象だ。
「セザールとカーティスの事、ずっと気にしてたしね。リティカ、沢山勉強したんだね」
私の執念にも似たその魔法の痕跡を見てただ頑張ったねと褒めてくれるロア様の言葉と私の髪を撫でる手の温かさに私は不意に泣きたくなった。
「リティカ、どうしたの?」
「なん……でも」
ない、と言いかけた言葉に詰まる。
「リティー?」
優しい声と私をまっすぐ見つめる藍色の瞳に全部を暴かれそうな気がして、私はただ首を振る。
どうして、私は悪役令嬢なんだろう?
なんて。言えるわけがない。
ずっと、何度も何度も、このゲームに関する夢を見る。
どのルートで、どんな結末を迎えても、私はこの国の未来にはいない。
だって、私は悪役令嬢だから。
「リティー、君は一体何にそんなに怯えているの?」
伸びて来た指先が私の頬にそっと触れる。
自分以外の体温に感情が溢れてしまった私は子どもみたいにポロポロと涙を溢す。
「どうしても、教えてはくれない?」
こんな風に優しさをちらつかせられたら、甘えたくなってしまう。
だけど、と私は硬く目を瞑る。
「バタフライ……エフェクト」
どうせ、この先この国にいないなら、私は最高の悪役令嬢になろうと決めた。
物語にとって、意味のある悪役に。
悪役は私一人で充分。
だから、私は待っている。この国に暗雲をもたらす悪魔が、私に甘言を囁く瞬間を。
「私は、それが一番怖い」
師匠ルートを潰した時に思ったのだ。
やはりコレは誰かに話すべきではない、と。
蝶の僅かな羽ばたきが嵐を呼ぶように、私の発言で物語が支配できなくなるのが怖い。
「……分かった、もう聞かない」
そう言ったロア様は私の腕を引くとそっと私を抱きしめる。
「だけど、これから先俺がどんな行動を取ったとしても、俺はリティカの味方だから。それは覚えておいて」
君は俺の恩人なんだ、と耳元で囁いたロア様に私は何も言えなくて。
抱きしめられた温かい腕の中で、ただ、どうにもならない"もしも"を考えていた。
もしも、ロア様が王子様なんかではなくて。
もしも、私が悪役令嬢ではなくて。
もしも、私達が婚約者なんて間柄でなかったなら。
私は自分の感情をもっと上手く殺せたのに、と。
『リティカ、みーつけた』
そう言って、無邪気に私を見つけてくれていた子どもだったロア様はもういない。
触れた事で知ってしまった私より骨ばった大きな手の力強さと、鍛えてある身体の逞しさ。
この人は、私が守らなきゃいけないと思った私の可愛い王子様なんかではなく、もう立派に国の一端を背負う責任者なのだと急に自覚してしまった。
それと同時にこの関係の終わりが見えた気がして、私はただ静かに泣き声を殺す。
それ以上何も言えず、頷き返すことさえできない私を、ロア様はただ黙って抱きしめていた。
そのまま寝ついてしまった私とロア様が、朝出勤して来て実験室のドアを開けた師匠に、
「……家出の猫とお姫様の番犬。まぁ、いっか。面倒くさいから黙っとこ」
と見逃してもらったお陰で怒られずに済んだという事を知るのはもう少し先のお話。
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