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48.絶賛反抗期の悪役令嬢。

「なんてことをしてくれた!!」


 パチン、と音がして頬に痛みが走る。


「父上! リティカ、大丈夫か?」


 私に駆け寄ったお兄様が私の肩を支える。

 魔力を使い切り、肩で息をする私は打たれた頬を抑え、緩慢な動作でお父様を見上げる。


「子どものいたずらで済む話ではない」


 激怒しているお父様の憎悪を真っ向から浴びながら、私は口角を上げる。


「……ふふ、やっと。やっと、リティカ(わたくし)の事を叱ってくださいましたね。お父様」


 リティカとして生を受けてから、15年。

 初めてお父様から怒りを向けられた。


「子が悪さをすれば叱るのは親の務め。だというのにその責を今頃になってようやく果たすだなんて、待ちくたびれてしまいましたわ」


 いつもの冷静なお父様なら決して乗らない安い挑発。


「叱られたくてやった、だと。なんという、取り返しのつかない事をっ」


 だが、目の前でお母様の思い出を焼かれたお父様には受け流すだけの余裕はなく、怒りに任せて私を怒鳴る。

 それは、大事なモノを失って吠える悲痛な叫び声にも聞こえた。


「お父様こそ、その目はなんのために付いているのかしら?」


 私はお母様と同じ空色の瞳で、お父様の紫暗の瞳を真っ向から睨み、


「リティカはただ今絶賛反抗期なんです。お兄様は反抗期すら迎えさせてもらえなかった。いつまで私達から目を逸らすおつもりで?」


 今の私を見て、と心の底からそう叫ぶ。


「いい加減、お認めになったら? 保存魔法をかけたって、時の流れは止まらないっ!!」


 立ち入り禁止の部屋を、お母様との思い出を、お父様の心の拠り所を、全て燃やし尽くす。

 まさに悪魔の所業だ。

 でも、これくらいのショック療法でなければきっとお父様には何一つ届かない。


「お兄様が努力して残した功績を認めもしないなんて……! 子どものやる気を妨害することが親のする事ですか!! そうまでしてお母様が一番でなくてはなりませんか!?」


"愛しているの"

 そう言って自分の死を前にしても笑っていたお母様ならきっとこんなお父様とお兄様の関係を望まない。


「いつか! いつか! お兄様がお母様を超えてその名声や記録を塗り替えたとしても! 魔法文化を発展させたお母様の作ったこの国の歴史はなくならないっ!!」


 私はボロボロに泣きながら、ただ子どものように事実を叫ぶ。


「……他の誰が忘れたとしても、私達がいるではありませんか」


 いつまでも、いつまでもお母様の死に囚われたままのお父様。

 忘れろ、とは言わない。だけど。


「いつまでお母様を寂しいところに一人で置き去りにするおつもりですか。それ以上逃げ続けるようでしたら、横っ面張り倒しますわよ、お父様」


 私はお父様の胸元をぐしゃぐしゃと掴み、そこに頭を預ける。

 お父様は1人ではない。私達家族がいるのだ。辛い事も悲しい事も分け合えるはずの家族が。


「……分かって、いた」


 溜めた込んだ思いをゆっくり吐き出すように、お父様は小さな声でそうつぶやいた。


「娘に叱責される、情けない父親で。大事な息子を直視できない今の私を見たら、きっとアリシアは呆れるだろうな」


 それはどうだろう?

 お母様なら笑い飛ばしそうな気がする。


『仕方ないわね、私の可愛い人』


 なんて、そんな事を言いながら。


「すまんな、2人とも」


 燃え尽きた部屋を見上げたあと、ようやくお父様の瞳に私とお兄様の2人が映る。

 ああ、やっと、だ。

 そう思った途端に身体から力が抜けた私はお父様から手を離し、その場に座り込む。


「リティカ!」


「リティ、大丈夫か?」


 心配そうに私を覗き込む2人分の紫暗の瞳。


「少し、私の想定以上に魔力を持って行かれただけですわ。壊すのは得意なのですけれど、制御って疲れますわね。本当、私には魔術師としての才がないみたい」


 ふふ、っと私が笑った時、パチンと何かが砕ける音が響き、私が燃やし尽くした部屋から蝶の形をした紙が沢山舞い飛んだ。


「……これ、は?」


『あの人、片付け下手だから。手伝ってあげてね。できるだけ派手に♡』


 と言ったお母様のイタズラでもするかのような顔を思い出しながら、


「きっと、あると思ってました」


 と私はお兄様に答える。


「愛している人を遺して逝くと分かっていて、お母様が何も残さないなんて有り得ないもの」


 蝶はふわりふわりと舞い降りて、私の掌の上で封筒に変わる。


「……アリシアは、幸せだっただろうか?」


「さぁ、私はお母様ではないので分かりかねますが。病床の折にこれだけ何十通とラブレターを認める(したためる)くらいには、お父様の事を愛していたのではないかと」


『愛しているの』


 と夢で見たお母様の光景を思い出す。


「まぁ、早く見つけてよ、くらいの文句は書いてあるかもしれませんね。お母様の事ですから」


「リティカ、お前はアリシアの事など覚えてなどいないだろう」


「覚えてはいませんが、知ってはいます」


 ゲームのデータとしては勿論だけど。


「お父様、自分で思っている以上に惚気てますから」


 私はお父様を通して、お母様の為人を知っているのだ。

 娘として直接お母様と言葉を交わす事は、できなかったけれど、それでも私もお母様に愛されていたのだと信じられるほどに。

 私はアリシア・メルティーという人を知っている。


「そう、か」


 独り言のようにつぶやいたお父様は私の頭をゆっくり撫で、頬に触れてすまないと謝った。

 全く、レディの顔に傷をつけるなんてと本来なら激怒ものだが、想定内なので今回は許してあげる事にする。

 少し力が戻ってきた私はお兄様の手を借りて立ち上がる。

 それにしても随分沢山の手紙と感心しながら眺めていると、


「リティカ」


 お父様が期待に満ちた眼差しで私に手を差し出した。


「何ですか、その手は?」


 お父様の差し出した意図を分かっていて、私はあえてそう尋ね返す。


「いや、手紙を貰おうかと」


 想定通りのセリフに、


「え? あげませんよ? だってコレ見つけたの私ですし」


 は? ただで読めると思ってんの? と私は悪い笑みを浮かべる。


「先程言ったでしょう? リティカは絶賛反抗期なのだ、と。私、コレ(手紙)を人質に家出しますわ」


 うん、もう大丈夫そうと身体の感覚を確かめ、私は手紙をマジックバッグに全部仕舞う。


「は?」


「リティカ! お前、何言って」


 私の唐突の宣言に動揺するお父様とお兄様。

 まぁそっくりですこと、と2人を眺めた私は、


「まぁ、お父様には言いたい放題言ったのでいいとします。が、お兄様もお兄様です。面倒だからと対話を放棄して妹に放り投げるなど兄のやる事ですか!」


 そんなヘタレな男に育てた覚えはないと私は一喝する。


「そんなわけで、2人が態度を改めて関係を改善させる具体策を提示するまで私お家に帰りませんので」


 腹を割って話し合いなさいと男2人に笑顔で命令すれば、


「リティカ、冷静に話し合おう。そうだ、これから商会でも呼んでお父様とショッピングでもどうだい?」


 お父様はご機嫌とりに走り、


「リティカ。友達ゼロのお前に行く先なんてないだろう」


 お兄様はそんな失礼な物言いで私を止めようとする。

 こう言ってはなんだが、私は今までだって何度も家を抜け出して、様々な謀をしている。とはいえ2人共仕事に夢中で私の行動に気づいていないけれど。


「ふふ、ヤダわ2人とも。これは決定事項です」


 と言った私になお食い下がりそうな気配を感じ、私はこれみよがしにため息を吐いて。


「全く、大の男が揃いも揃ってぐじぐじウジウジメソメソと。いいっ加減になさいませ」


 次はお二人の部屋燃やしますよ? と笑顔で脅す。

 10年以上私を間に置いて話していたのだから、急に2人でと言われたところでどうすればと戸惑う気持ちも分からなくはない。

 だけど、追放予定の私はいつまでもこの家にはいないのだ。

 だからこそ、今しかないと心を鬼にした私は。


「今までの事も含めて、今後の事をお二人でよく話し合ってくださいませ。でなければ、私はこの家に戻りません。話し合いを放棄して追ってきたら手紙は永遠に手に入りませんよ?」


 改めてそう宣言し、2人を置き去りに馬車乗り場へと足を向ける。

 数歩歩いたところで、あっと本日の裏目的を思い出した私は、


「あ、アップルパイ残したら承知しませんから」


 あまりの美味しさにぎゃふんと言うがいいわと悪役令嬢らしく捨て台詞を残して、公爵家を後にした。

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