43.悪役令嬢と推し事。
悪役令嬢とは、恋のライバルである。
それも負け確の。
「あ、リティカ様!!」
私を見つけたライラちゃんが嬉しそうな顔で私にブンブン手を振るとヒールもドレスもものともしない速度で駆け寄ってきた。
「……ライラ、はしたなくてよ」
淑女はそんな事しませんと若干低い声でにっこり微笑めば、抱きつきそうな勢いだったライラちゃんはピタッと止まる。
「ま、"待て"ができただけよしとしましょう」
私がこれみよがしにため息をつけば、
「リティカ様! 私のダンス見てくれましたか!?」
許しを得たと思ったのか、犬だったら尻尾でも振りかねない懐っこさでライラちゃんは私にそう尋ねた。
今日も元気で可愛いなぁとふわりと揺れる青緑色の髪を撫でたくなるのをぐっと堪えた私は扇子を広げて口元を隠す。
困ったわ。私悪役令嬢なのに生の最推しを前にニヤニヤしそう。でもそんなことをしては悪役令嬢の名折れ!
「少しは見られるようになったのではなくて? まぁこの私が直々に教えたのですから、当然よね」
今度こそ誘惑に負けないっと自分を奮い立たせ、人目を意識しながら上から目線で言ってみる。
実際ライラちゃんはすごく運動神経がいい。さすが無双系ヒロイン。やればできる子。
「わーい、リティカ様に褒められた」
だけど人目を全く気にしてくれないヒロインは私の傲慢な物言いにも屈せず、素直に喜ぶ。
はぁぁぁ、推し満面の笑みプライスレス。本当に可愛いんですけれど。
やばい、私悪役令嬢なのに、ヒロインに籠絡されてしまいそう。
落ち着いて、リティカ。私は悪役令嬢! 悪役令嬢ルートとかないから!!
と内心騒がしい私は、
「別に褒めてないわ、マシだと言っただけです。まだステップが甘くてよ」
お仕事、お仕事、と自分に言い聞かせてツンと冷たくあしらう。
私の一番の役どころはヒロインを虐めて王子様に嫌われ、いい感じに各所に根回しした上で追放されなきゃいけないんだから。
「あ、このケーキが今日のご褒美ですか!? はぁ、いつも美味しいものくれるリティカ様女神過ぎる」
ヒロイン全くへこたれない。ライラちゃんのメンタルの強さには本当に感心してしまう。
「……話を聞きなさい。別にご褒美ではありません。食べる気が失せたので欲しいなら差し上げますわ」
はぁとため息混じりに手渡したのはデザートや一口サイズのオードブルが乗ったプレート。
もちろん初めからライラちゃんに渡すつもりで少量ずつ取り分けたモノだ。
ライラちゃんはダンスや立ち振舞いについてはマスターしてくれたのだけど、食事の作法までは頭に入らなかった。
立食形式だし、晩餐会のようにそこまで堅苦しくはないのだけど、コレだけ多くの人間の視線があるのだから、いつもみたいに自由に食べるというわけにはいかない。
なのでライラちゃんが食べやすく、かつ彼女の好物なもので固めてみた。
すでに盛ってあるので、取り分けの際の受け答えの必要もなければ、他の生徒に絡まれるトラブルも回避してゆっくり食べられるし。
まぁ、このサポート方法の問題点を挙げるなら。
「食べかけを渡すなんて」
「堂々と残飯を押し付けるなんて、なんて酷い」
「王太子のパートナーを取られたことがよほど気に食わないみたいだ」
悪魔の所業だ、こんな晴れの舞台で堂々と虐めるなんて、など小さな囁きが耳を通り過ぎる。
まぁ、リティカが何をやったところでどうせ悪評にしかならないので今更気にしない。
「な、リティカ様は」
どう見たって食べかけじゃないじゃないと肩を震わせたライラちゃんに、
「ライラ、黙りなさい。序列が分からない子は嫌いですよ」
私はそう言って口を封じる。まだ立場の弱いライラちゃんに庇わせてはいけない。そうでなければ、悪い人間を庇い立てする彼女は、あっという間に不満を持て余した貴族達の暇潰しに使われる。
学園生活とは社交界の縮図。コレからを担う次代の人間が集い、駆け引きや立ち振舞いを学び、人脈を築く戦場だ。
ライラちゃんにはまだそれが理解できていない。彼女を王太子妃として望むなら、私は責任持って王妃教育を施さなくてはならない。
それは王子ルートを望んでしまった私の責務だと思うから。
「まぁまぁ2人とも落ち着いて」
しょんぼりしてしまったライラちゃんと私の間ににこにこと優しげな笑みを浮かべて割って入ったロア様が、
「ライラも疲れただろうし、軽食を摂るといいよ」
そう言って食事を勧める。
ロア様はライラちゃんの手にあるプレートに目をやり、ふむと頷く。
「チョコレートケーキにマカロン。あとは一口サイズのオードブル、か。肉類多いな、普段のリティカが食べないものばかりだ」
「……そういう気分だったのです」
ロア様がこの件を追求してくるとは思わず、私は思わず目を逸らす。
「ふーん、まぁリティーがそういうなら、それでいいんだけど。ライラ用ならあっちの肉の方が喜んだんじゃない?」
アレとロア様が指したのは割とガッツリめのステーキ。
「わぁ、超美味しそう」
そちらに視線を向けたライラちゃんはとても目を輝かせ今にも走り出しそうだ。
「いけません」
そんなライラちゃんに私はスパッと待ったをかける。
ステーキはオーダーが入ってから好みの焼き加減に仕上げてくれるまぁまぁ手間と時間のかかる代物だ。
お肉は当然切り分けてはもらうけど、今のライラちゃんだとソースをドレスに溢したり口元につけたまま行動しそうだし。
それに何より。
「このあと挨拶周りもあるのにそんな時間かかるもの食べさせられるわけないじゃないですか。ライラは精霊祭からぶっ通しで休む暇もないのですよ? 少しでも食べないとこのあと持ちませんよ?」
夜会に慣れているロア様にそれが分からないわけがないのにと思いながら小さな声でロア様にだけ聞こえるように答える。
が。
「リティカ様! 私のためにそこまで考えて」
ぱぁぁぁーと顔を明るくしたライラちゃんがプレートをロア様に押し付けて私に抱きつく。
聴力めちゃくちゃいいなと感心しつつ。
「ダメだと言っているでしょうが、この頭は脳みそ空っぽですか」
言葉とは裏腹につい抱き止めてしまう。
だって! だって!!
推しがっ! 私の可愛い推しが素敵ドレスでファンサを!!
これを突っぱねろって無理じゃない?
甘やかすしかなくない!?
供給過多で倒れそうなんだけど。
「ははっ、聖乙女とリティカは随分仲良しみたいだ」
周りのざわめきとロア様の言葉に私ははっと我に返る。
「時間のない主役のために、わざわざ会場内を回って的確に食べやすい物を取り置きしてくるなんて。清らかな心根を持つ聖乙女ならそれは感動して抱きついてしまっても仕方ないよねぇ」
にこっとロア様が天使のように微笑めば各所で被弾した淑女の黄色悲鳴が上がる。
「気が利くね。さすが私の婚約者だ」
否定しようとした私の思考が飛ぶほどに素敵な王子様スマイル。
はぅわぁぁぁぁ。神々しい。多分ライラちゃんが抱きついてなかったらロア様撮影会始めてたわ。
「さて、と。じゃあそろそろ予定通りライラのエスコート役に徹しようかな」
その一言で私は正気に戻る。
会場の空気が先程とは全く変わっている事に驚きながら、目を瞬かせる私に。
「リティカ、今日のドレスも良く似合ってる」
リティカにはピンクと青がよく似合うとロア様が褒める。
「ロア様のお見立ですもの。当たり前ではないですか」
とドレスの礼を述べる。
「わぁ、リティカ様もロア殿下にドレスを貰ったんですね!」
お揃いだと嬉しそうな声を上げるライラちゃん。
「ふふ、そうだね」
そう言って私達に近づいたロア様は私からライラちゃんを引き剥がし、彼女の手を取る。
「でも、君とリティカとでは贈る意味合いが違うんだ」
私達にだけ聞こえるようにロア様は囁く。
「そんなわけで彼女をあまり独占しないでくれるかな? 妬いてしまいそうだ」
冗談めかしたセリフだけど、ロア様の濃紺の瞳に本気の色が混じっていて、私は思わず息を呑む。
同性である私に嫉妬?
もう、それほどまでにライラちゃんの事を?
王子ルートの進行が速い気がするけれど、2人は同じクラスで私の知らない時間を過ごしているわけで。
ゲームよりも密度が濃いのかもしれないと私は考える。
何より本物のヒロインは見た目は勿論性格も面白くて超可愛いし。
これで落ちないわけがないなと納得して内心で頷く。
だというのに私はロア様の心情にも気づかずに、ライラちゃんにスパルタ淑女レッスンを行い、毎日彼女の時間を独占していたなぁとここ最近の己の行動を反省する。
仕方なかったのと心の中でロア様にお詫びしつつ、そろそろ撤退するかと私が行動に移すより前に。
「あ、じゃあリティカ様とダンスして来たらいかがです? さっきステップ間違えてしまったし、お手本見せてください! 覚えます」
私ここでごはん食べてるのでお二人でどうぞ、なんて無邪気にライラちゃんが提案する。
ライラちゃん、そうじゃない。ロア様が独占したいのはライラちゃんなんだって。この天然さんめっ!!
どう返すべきか、と逡巡している私に。
「踊らない」
ロア様は間髪入れずにキッパリと言い切った。
「今日の舞踏会で、俺はリティカとだけは踊らない。絶対に」
淡々とした、冷たい口調での拒絶。
取りつく島もないほどに。
分かっている。婚約者である私は今日、ロア様とは踊れない。
公爵令嬢としても、絶対に2番目に踊るわけにはいかないのだ。
分かっている。
ロア様の言葉の意味も、ライラちゃんがダンスを踊る順番の意味を知らないだろうことも。
全部ちゃんと、分かっている。
なのに、彼の口から聞いたその言葉が棘のように刺さって胸が痛んだ。
「さて、ライラが軽食を摂る時間がなくなってしまうな」
「そうですね。あちらのお席が空いておりますよ」
泣くな。
込み上げてきそうなものを押さえ込みながら、私は精一杯微笑んで席を指すと淑女らしく礼をする。
「それでは、私はこの辺で失礼いたします。殿下と聖乙女にたくさんの祝福があらんことを」
私はゆっくりと背を向けて、2人から離れる。
私は笑顔の仮面をつけたまま、会場内に視線を流す。
大半の視線はゲームの攻略対象達に注がれていて、悪役令嬢に注目している視線はもうない。
スチル回収だって充分だし、今日の推し事は終了。
私はそっと気配を消して、すばやく会場を後にした。
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