41.悪役令嬢の切り札使用例。
精霊祭兼舞踏会まであと1週間。
ライラちゃんを脅して淑女レッスンを施している真っ最中なんだけど、さすが無双系ヒロイン。
覚えが早い。ただし身体を動かす系のみってところに薄っすら"脳筋"の単語が浮かびそうになるが、そこはライラちゃんの可愛いさでカバーする。
うんうん、この分なら問題なくダンススチルが回収できるぞと気合いを入れつつ映像記録水晶を準備する私の元に届けられたのは綺麗にラッピングされた箱。
中身を確認した私は目を瞬かせる。
「……お兄様、コレ宛先間違ってない?」
中に入っていたのは、大人っぽいハイヒール。
それ以外にも大ぶりのサファイアがあしらわれている素敵なネックレスと、耳元を華やかに飾る可愛いピアス。
同時に届けられたのは上品で大人っぽいグラデーションドレスで、あしらわれた金色の刺繍がとても素敵で見ているだけでテンションが上がるのだけど。
「リティカ、自分の婚約者の筆跡と紋章も忘れたのか?」
呆れたようにお兄様はそう言ってため息をつく。
いや、そんなわけはない。見慣れた綺麗な文字も、メッセージカードも間違いなくロア様のもの。
まるでリティカのために誂えられたかのようなドレスだし、私の好みど真ん中なんだけど。
「私、今回ロア様のパートナーを務めないのですけれど」
何故にコレが私の元に届けられたかがわからない。
「はっ! もしや聖乙女たるライラさんにこっそり淑女レッスンを施している事をロア様はご存知なのかしら? だとしたら、これはロア様からの密命? コレを着せてライラさんをさらに綺麗に仕立て上げて来いという、ロア様からのメッセージ!?」
さすが私。
名推理! と手を打ったところで。
「違う。あと絶対やめてくれ。そろそろロア様が不憫になってくる」
お兄様から冷たい声でそう言われた。
「聖乙女には、彼女に似合うドレスを誂えてある。装飾品も一式な。着付ける人間も手配したそうだから心配いらない」
「さすがロア様! 抜かりなしね」
ライラちゃんのドレスやお支度を私がするのも変な話だし、と悩んでいたのだけれど杞憂だった。
それもそうか。
だって、王子ルートに入っているのだし。自分の気になる相手には自分でドレスを贈りたいよね、と納得なんだけど。
「それならば尚更なんで私に?」
私今回は遠巻きに壁の花になる気満々だったのだけど、新しいドレスを贈られる意味がわからない。
「なんで、って。それはリティカがロア様の婚約者だからだろう」
何を言っているんだとばかりにお兄様は眉を顰めるけれど、本気で分からない。
「リティカ、お前今回の舞踏会のパートナーどうする気だ?」
「学園の行事はパートナー必須じゃないでしょう?」
そもそも婚約者がいる私がロア様以外のパートナーを伴ってパーティーに参加などダメでしょう。
お兄様の質問の意図が分からず首を傾げる。
「じゃあ聞き方を変える。リティカ、お前は舞踏会の間誰と一緒にいるつもりだ?」
「嫌だわ、お兄様ったら。私のお友達も知らないの?」
やれやれ、とわざとらしく首を振った私は。
「私のお友達の平均年齢は40代よ!」
つまり学園にはいないのよ、とドヤ顔で胸を張る。
「国の重鎮達を友達扱いするんじゃない。同世代の令嬢と仲良くしろよ、万年ボッチが」
お兄様はこれみよがしにため息をつくけれど、こればかりはどうしようもないと思うの。
私はこの国唯一の公爵令嬢。社交をしようがしまいが、ロア様に近づく人間を完膚なきまでに叩き潰そうが、わがまま放題振る舞おうが、公爵令嬢であり、王太子の婚約者である。
放っておいても媚びたい人間はいるだろうし、取り巻きだって勝手にできるだろうと思っていたのだけど。
なんとびっくり。同世代の女友達がひとりもいないのだ。悪役令嬢恐るべし。
「まぁまぁお兄様、いいではありませんか。権力者とお友達なんて素敵でしょう? 悪巧みし放題」
私、権力って言葉好きですよと微笑めば。
「リティカ、メンタル強すぎだろ。俺はお前の将来が本気で心配になるんだが」
と頭を抱えられた。
追放予定の妹の将来なんて案じる必要ないんだけど、と思いつつ普通にお兄様と話せている事に安堵する。
お兄様の心遣いを断ってしまったから、もっと気まずくなるかと思っていたのに、お兄様はその件に触れる事なく普通に接してくれる。
「……当日は、側にいてやろうか? 変な奴に絡まれても困るし」
王城の夜会とは違ってどの階層の人間もいる以上、身分だけでは守れない部分もあるしと心底心配そうに紫暗の瞳が私に尋ねる。
「ふふ、お兄様ったら」
あんな態度を取ったのに。
お兄様が、優しくて。
「天から与えられた類稀なる美貌を持つ私があまりに可愛くて連れ回したいのは理解できますけど、いい加減妹離れしていただかないと婚期逃しますよ?」
絆されそうになる。
「別に構わんさ。リティカの価値が分からない人間をこの家に入れても先がしれてる」
ぽんっと頭に置かれた手が温かくて。
私のコスモス色の髪を撫でる手つきが優しくて。
「……ボケたんだから、ツッコんでくださらないと。私、ただの痛い子ではありませんか」
ああ、困った。
これ以上、お兄様の事を揶揄えなくなる。
大きく息を吐き、気持ちを整えた私は、
「ねぇ、お兄様。精霊祭が終わったら、お茶会しません? 私とお兄様とお父様の3人で」
そうお兄様に提案する。
追放されてしまったら、私は公爵令嬢ではなくなってしまうから。
この家に転がる大きな問題をそろそろ片付けてしまおうと思う。
驚いた顔をするお兄様に、
「私、アップルパイを焼きますわ! とびっきり美味しいの」
そう言って私はとびっきりの笑顔を向ける。
お兄様とお父様。
家族、と呼ぶにはあまりによそよそしい2人の関係。
どちらも私の大事な人達だから。
放っておいてなんてあげないわ。
「……リティ」
「お父様のスケジュールは確か、中日が空きでしたわね。早速お父様に打診して」
「それ、来年じゃ駄目か? ミズロ茸のシーズン今年は過ぎてもう生えてないんだよなぁ。アレ貴重な上に保存効かないし」
私の提案にそう言って待ったをかけるお兄様。
「お兄様、何で最強の胃薬錬成しようとしてやがるのですか!?」
「いや、流石に何の備えもなくリティカの手作りはちょっと。しかも難しいやつはなぁ」
などとマジレスしやがりました。
「失礼なっ!! しばきますわよ!?」
確かに消し炭とか丸コゲの何かとか生産しましたけども。
そんな言い方はないじゃない!
いらっとした私は懐から一枚の写真を取り出す。
それはまだ少年だった頃のお兄様の姿。普段仏頂面のくせに、にゃんこにデレデレなお兄様が3徹明けの働かない頭で捕まえたそれがゴミ袋だったという黒歴史。
激写しましたとも。話しかけてましたね、ゴミ袋に。ちなみに映像記録水晶のムービー機能で録画済みです。
「リティカ! まだそれ持ってたのかよ!!」
ええ、こんな面白いネタ捨てるはずないじゃないですか。
私はニヤリと黒い笑みを浮かべ、
「私が望んだ事で叶わないことはないのですよ、お兄様?」
お兄様にそう告げる。
ばら撒くわよ、と脅しをつけて。
「お茶会、絶対決行しますから、付き合ってくださいますよね?」
絶対、超絶美味しいアップルパイ作ってギャフンと言わせてやんよ。
この世界にギャフンなんて概念があるかどうかは知らないけど。
「首を洗って待っていてくださいね、お兄様」
視線を逸らしたお兄様に、私はにこやかにそう宣言する。
前言撤回。
やっぱりこの家を出るまでお兄様の事は揶揄い倒そうと私は心に強く誓ったのだった。
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