39.悪役令嬢のダメだし。
さてと。
本日もやりますかと私が取り出したのは、私が錬成に失敗した薬品数点。
「いらっしゃい、スイ」
私は私だけのとっておきの手札を小さな声で呼ぶ。
私の声に反応し、がさっと音がして草むらから水色の見慣れたフォルムが飛び出してきた。
「きゅーゆ?」
「ふふ、スイ。あなた、本当に何者なの?」
私が知っている前世のエタラブの世界には存在しなかった、小さなバグ。
テイムもできず、誰にも従属せず、だけど何故か私の側にいる小さな魔物。
この小さな存在と私は私なりに向き合いこの6年ずっとこの子の研究をしてきた。
そして、分かった事がいくつかある。
「ねぇ、スイ。また"夢"を見せてくれる?」
「きゅきゅきゆー」
スイは仕方ないなぁと言った感じで小さく鳴くと、私の差し出した失敗した薬品を飲み込んだ。
取り込み中のスイの身体にはいくつも気泡が浮かび、まるでソーダ水のように綺麗に煌めく。
スイは私にエタラブに関する私の知らない"情報"をくれる。白昼夢、という形で。
はっきりとそれに気づいたのは、エリィ様の死亡フラグを折ってしばらく経った頃の事。
ただし、見たいと思った瞬間に再生されるわけでも、見たいシーンを選べるわけでもない。
それでもスイによってもたらされるこの情報はかなり重要で、私の事を助けてくれる。
「ま、いつ見られるかはスイ次第なのだけどね」
気まぐれな猫みたいなスライムを愛でながら、そうつぶやいた時だった。
ドッカーン。
何という事でしょう。
爽やかな朝に相応しくない爆音と地鳴りがあたりに響き渡り。
綺麗な景観を保っていた裏庭の木々と花壇が消し飛び。
学祭イベント時はカップルが大量発生するという噂の池は一瞬で干上がった。
驚きで目を何度も瞬かせる私の目には、水が無くなった池の底に落ちている大量のコインが映る。
水がある所にお金を投げ入れたくなるのは異世界でも共通なのかしら? なんてどうでもいい考えが浮かぶ。
ぽかーんとその光景を眺めるしかできなかった私の耳が、
「あ〜よかった♪ こんな所にあったー」
聞き覚えのある声を拾う。
「見つからないから本当に焦った」
青緑色の髪をはためかせ、片手に長い柄のハンマーを持った美少女は、そんな言葉と共に空っぽになった池の真ん中にトンっと舞い降りると、
「カードキー失くして教室入れなかったらどうしようかと思った」
昨日呼び出されたのここだったからきっとこの辺だと思ったのよねと上機嫌に何かを拾う。
日の光を反射するそれはおそらく十席までに与えられる特権階級者の証。
「あ、ラッキー。金貨めちゃくちゃ落ちてる!! わぁ、魚もいるじゃん。コレ当分食べるのに困らないんじゃない!?」
ひゃっほーとハンマーを私のいるベンチの方にぶん投げてきたところで、一連の騒動を引き起こした犯人である彼女、ライラちゃんと目が合った。
「あ、メルティー公爵令嬢。おはようございます。じゃ、なくて……えーっとご機嫌よう?」
大収穫ですよと魚を手掴みにして眩しいほど可愛らしい笑顔で私に微笑みかける彼女を見つつ、ふっと微笑み返した私は、
「ボケの数が多すぎて拾いきれませんわ!」
ツッコミ担当を屋敷に置いて来たことを心底後悔した。
「で。何を考えているのですか、全く」
私は現在仁王立ちでヒロインの前に立ちはだかり、彼女の事を正座させている。
「いや、探すの面倒だし、もういっそのこと、吹き飛ばしちゃったほうが早いかな、なんて……思っちゃってですね」
そうかー。
思っちゃったかー。なかなかの脳筋思考に私は軽く目眩を覚える。
見覚えのあるそのハンマーは、ヒロインが魔物をぶっ飛ばす時に使う武器である。
魔法少女、しかも回復魔法の使い手なのに攻撃物理。
今更だけど、運営様は何を考えてこのヒロイン設定にしたのだろうか。
「はぁ、ぶっ飛ばしたあとはどうなさるおつもりでしたの?」
「あ、えーっと、テヘ⭐︎」
普通の人間がやったら絶対ダメなポーズをこのヒロイン悪びれることなくやりおった。
さすがヒロイン。可愛いが過ぎる。
じゃない!! 落ち着いて、リティカ。ここは多分、悪役令嬢としての腕の見せどころ。
「マーシェリーさん、あなたの事情は分かりました。だとしても、です。学園内での器物損壊及び遺失物横領は校則に反します。というより犯罪行為です。あと魚さんは池に返しなさい。というよりまずは池を元に戻しなさい」
「きぶつそんかい? いしつぶつおうりょう?」
私のセリフに何それ美味しいの? くらいの勢いで首を傾げて聞き返すライラちゃん。
あれ? もしかして話が通じてない?
不思議に思いつつも、
「物を壊さない。拾った落とし物は職員室へ」
私は指を立て端的にかつ簡単に言い直した。
「えー。でも、こんな池の底に落ちてる金貨なんて懐にしまっても誰も気づかないと思うんです」
今度は通じたらしく、ライラちゃんは不満気な顔でそう返す。
「手続き踏めばひと月後には合法的に全部マーシェリーさんの物になります。あと魚は食べちゃダメ。それは学園の所有物です。お腹が空いているなら学食に行きなさい」
「お金、持ってないんです。学食の料金バリ高だし、かと言って寮住まいなので街に抜け出すのも難しいし。抜け出して行っても王都物価高いし」
「は? そんなのカードで」
そう言いかけた私を前にきゅるるーと可愛らしいお腹の虫が鳴る。
じっと見つめる私に、
「すみません、昨日から何も食べてなくて。この森、意外と食べ物生えてなくて」
ライラちゃんは力なくそう答える。
学校入ったらいっぱい美味しいモノ食べられるって聞いたのに自炊もままならない、と嘆くヒロイン。
え? この子食料調達から自分でやる気だったの?
…………マジでか。ヒロインジョークかと思ったが。
「あそこにいる綺麗な鳥撃ち落としちゃダメですか」
翡翠色の目が怖いくらいマジだった。
「……観賞用です。ちなみに森も人工的に整備してある観賞用。薬草やハーブ類はあっちの温室です」
食料庫の場所も教えようとして、私はやめる。今教えたら襲撃に行きかねない。いや、もう冗談じゃなくて、このままだとヒロイン一発退学だ。
代わりにカバンからサンドイッチを取り出した私は、
「とりあえず、食べながら話しましょう。まずはこの学園の仕組みについて」
ヒロインが置かれている境遇を知る事にした。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!
ぜひよろしくお願いします!