38.悪役令嬢の謀。
「私は、あなたを守れるかな」
まだまだ敵が多いこの国で、王太子になる事を選んだ、私の可愛い王子様。
誰かの悪意に煩わされる事なく、ずっと優しいあなたのままで、これから先も笑っていて欲しい。
「もうすぐだから、待っていてね」
私はリティーと私を呼んで、私のためにお茶を淹れてくれるロア様を思い浮かべる。
あの時間は、もうすぐ私のモノじゃなくなる。それでも構わない。
私はロア様が本心を曝せないようなお飾りの婚約者だ。そんな私がこれから国を背負う彼の隣にいたとしても、何の助けにもならない。
私が彼にしてあげられる事は本当に少ない、と改めて自分の無力さを痛感する。
魔障って、どれくらい痛いんだろう?
私の記憶にあるロア様はいつも笑っていて、痛いなんて訴えたことはない。足を引っ張る人間が多い中、王子様のウィークポイントなど簡単に外部に晒せるわけもない。そんな事をすれば良からぬ事を考える人間だって出てくるだろうから。
だから、誰にも悟らせないように彼は笑う。
きっと身体が軋むほど痛い日だってあっただろうに、当たり前のように一人で耐えているのだ。
「もう、一人でそんな思いはさせないから」
私は前世の記憶を取り戻すよりさらに前、何度か熱にうなされるロア様を見た事がある。
婚約者になる前だったから、きっと6つか7つの頃だったと思う。
高熱なのに放って置かれるロア様を一人にしておきたくなくて、こっそり王城のロア様の部屋に忍び込んだ事が何度もある。
だからといって、何かができたわけではない。熱にうなされる幼いロア様の手をただ握っていることしかできなかった。
今にして思えば子どもの私がこっそり誰にもバレずに王子様の部屋に忍び込むなんて芸当できるわけないので、あれは陛下をはじめとした周囲の大人達に黙認されていたのだと思う。
いくら現在の王政の立役者である公爵の娘とはいえ、婚約者でもない幼子が体調不良の王子様の周りをうろつくなんて暴挙が許されていたのにはそれなりの理由がある。
その当時、私にはほとんど魔力が宿っていなかったのだ。だからロア様の側にいられた。
熱にうなされるロア様を放っておいたのではない、と今なら分かる。誰も近づけなかったのだ。
王城にいる強い魔力を持つ人間は、魔障を起こしているロア様にとって毒にしかならないから。
あれだけ優しいメアリー様が熱で倒れる我が子を抱きしめる事すらできないなんて、どれだけ辛かった事だろう。
私はメアリー様が泣いているところを見た事がない。でも、きっと私の知らないところで泣いている。
笑顔を浮かべて、強い人間を演じながら。
「大丈夫ですよ、メアリー様。もうすぐ、全部片づきますから」
私はつぶやくように、私を見守り育ててくれたもう一人の母の名を口にする。私がいなくなったとしても、きっとメアリー様ならロア様が選んだライラちゃんを優しく受け入れてくれるだろう。
「……このまま、2人が上手くいってくれたら」
もうロア様は魔障の体質に悩まされる事も、毒をはじめとした暗殺に怯える事もなくなる。
ロア様の隣には絶対ライラちゃんが必要だ。
私は、長いようで短い6年を想う。
ようやく、ロア様は運命の相手と出会った。私の役目はここからが本番。
私はなんとしてでも悪役令嬢を演じ切る。
課金できなかった前世では見られなかった最高のエンディング。
王子ルートのハッピーエンドはロア様の魔障を治し、お互い背中を預け合う関係を築いて、この国とそこに生きるヒトを導いて、未来永劫幸せに生きるの。
私にはできないけれど、ライラちゃんなら、全部解決できるから。
他人任せの計画で申し訳ないけれど、課金は惜しまないので!
「物語は悪役以外幸せでないとね!」
まぁ物語を演出するために正直色々やり過ぎて、追放だけで済むか微妙なラインなので、この辺りの匙加減は気をつけようと思う。
みんな幸せになって、私は追放される。その先の物語を、私はまだ知らないけれど。
「あなただって、本当はそれを望んでいたのでしょう? リティカ」
私は断罪されたゲームの中の悪役令嬢、リティカ・メルティーを想う。
私とは違う、ゲームキャラクターとしての彼女。
きっと、彼女も王子様を愛していたのだ。多分、正しく愛されたことがなかったから、上手な愛し方が分からなかっただけで。
運営が作ったゲームのリティカと話す事などできないのだから彼女の真意は分からない。
でも、きっと分かりやすく悪役が断罪された方が平民であるライラちゃんがそのあと王妃として受け入れられやすいと思ったのではないかしら?
そうでなければ、美貌も権力も財力も兼ね備えているこの国唯一の公爵令嬢がどうしてわざわざ自ら手を汚し嫌われ役を買ってまで公開断罪なんて結末を辿るのだ。
「でも、それじゃダメなのよ。だって、私が愛しているのは、王子様だけじゃないんだから」
恋物語が終焉を迎えてもこれから先が続いていく現実世界。
ハッピーエンドのその先で、推し達が活躍する世界。その舞台まで整えてこそ、物語を支配したと言えるでしょう。
「あー悪役って本当忙しい」
さて、推し達が輝くために今日も悪役令嬢らしく活動しますか。
今後の方針が決まったところで大きく伸びをして悪役らしい笑みを浮かべた私は、ノートをマジックバッグにしまった。
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