閑話3.自称悪役令嬢なお嬢様【中】(セドリック視点)
お嬢の口添えもあったのだろうけれど騎士団では、頑張れば頑張った分正当に評価された。
お嬢への反抗心もあって、俺はあっという間にのし上がり、ひと月もせずに討伐隊に駆り出されることになった。
秋の討伐。
『自分の力量を上回るほどの何かがあったら、迷わず逃げて』
俺の曲がったタイを直しながら囁いたお嬢の目と同じくらい透き通った青色の空を赤黒く染めたのは我が物顔で辺りを焼き尽くした黒い龍だった。
異常種との遭遇という想定外の事態に騎士団の陣形が崩れ取り残されたが、俺の中に逃げる、という選択肢はなかった。
俺に何かあったらお嬢は『バカじゃないの』と罵りながら泣くんだろうけど。
でも、コレが街中で暴れて誰かが傷付いたら、きっとあのひねくれモノのお嬢は心を痛めるだろうから。
「まぁ、ちょこまかと色々仕掛けてくるお嬢と違って、的がでかいだけマシか」
魔力で強引にねじ伏せる。
それが俺にできた精一杯。
「そのまま抑えておけ」
その緊迫した事態を前に、前線に出て優雅に笑ったのは、キラキラに輝く金糸の髪と深い藍色の目を持つこの国の第一王子、ロア・ディ・クレティア様。
王冠のついたステッキを構えた彼は、長い詠唱を唱えるとあっという間に異常種を討伐してしまった。
「リティカがどうしてもというからカラスを貸したけど、これはまた随分面白い人材を攫って来たもんだ」
本来なら俺の人生において言葉を交わすどころかその藍色の目に映る事さえなかったはずのその人は、
「それにしてもすごいな、お前。コレを良くここまで一人で抑え込めたな」
俺ガンガンアイテム使いまくってようやくこの威力なんだけどと緊張感のない声でそう言うと、
「セドリック・アートだっけ。リティカの子飼い辞めてウチに就職しないか?」
一生安泰だし、高待遇で迎えるぞと何故か王子様にスカウトされた。
ちなみに、即座に断った。色んな人間を見てきたが、全く思考が読めない王子の浮かべるキラキラした笑顔があまりに嘘くさかったのと、お嬢の兄であるセザール様にめちゃくちゃ怒られても全く悪びれないこの王子の下につくとろくでもない事になりそうだと直感したから。
こんな飄々とした嘘つきの婚約者なんてお嬢、苦労してるんだななどと他人ごとながらお嬢に心底同情した。
が、お嬢に仕える以上この人との付き合いは避けられるはずもなく、現在にいたるまで腐れ縁が続いている。
「はぁ、リティカ、守備範囲広過ぎんだろう」
そう言って舌打ちするのは、猫被りをやめたオフモードの王子様。
「リティカが欲望に忠実なのは今に始まったことではないでしょう」
王子の魔力量の調整と魔道具のメンテナンスをしながらセザール様がため息を漏らす。
「俺と同じクラスになるより聖乙女をベストポジションで撮影する事を選ぶなんて、リティカの浮気者」
俺が一番可愛いって言った癖にと拗ねる王子はまるで年相応の少年に見える。
「ロア様。あなたもうすぐ16にもなろうかというのに、なんで"可愛い枠"に入ろうとしてるんですか」
「失礼な、俺は背丈が180オーバーになっても可愛い枠に居座る」
まだイケる、と堂々と言い切る王子。そうまでしてお嬢の視界に入りたいかと訝しげな視線を送る俺に。
「リティカの好きの大きさは撮ってる写真の枚数に比例する。ちなみに"可愛い"と感じたモノに一番反応する」
リティカは可愛いモノが好きだからな、母親似で良かったなんて真顔で何言ってるんだろうか、この王子は。
お嬢が絡むとこの人知能指数一桁になるんじゃなかろうか、とたまに思う。
確かに王妃様似の王子は綺麗で整った中性的な顔立ちだし、お嬢も常日頃可愛いなどとあっさりこの顔に騙されているが。
「あ、そうだ。リティカに絡んだヤロウ共、全員騎士団の強制労働に放り込んでおいたから」
今頃秋の討伐に向けての下準備に追われているはずだからしばらく登校できないなと笑う。
嬉々とした騎士団長の顔を思い浮かべた俺は、ため息をもらす。
まぁ、謂れのない難癖をお嬢につけた野郎共に同情する気はサラサラないが、王子やる事が割と容赦ない上に性格えげつない。
特にお嬢に関しては。
「はぁ、最近ただでさえ忙しくてなかなかリティカに会えないのに。なんで可愛い婚約者差し置いて他の女のエスコートしなきゃなんないんだろうか。どんな罰だよ」
リティカと参加したかったとやる気なく嘆く王子は、
「精霊祭後の舞踏会用のドレス。絶対藍色ベースのやつ送りつけてやる。ついでに髪飾りとピアスとネックレスも」
とお嬢への貢物を選ぶ。この人はどれだけ忙しくてもお嬢に贈るプレゼントだけは自分で選ぶし、メッセージカードも直筆。
藍色は王子のイメージカラーなんだけど、殿下は趣味がいいので大抵お嬢の好みど真ん中だ。
「独占欲強いと嫌われますよ」
リティカは束縛されるの嫌いだからと苦笑しながら至極真っ当な助言をするセザール様。
「何が腹立つ、ってここまであからさまにやっても一切リティカが気づかないことだな」
いい加減男として見て欲しいんだけど、とため息をつく王子様。
王子の長年の努力は残念ながら、お嬢に一切届かない。
お嬢、自分の事に関して鈍過ぎる。面白いから言わないけど。
「とりあえずその猫被りやめたらどうです?」
俺は王子に提案するが、
「無理。対外的なイメージあるし、油断させていた方が相手の寝首掻きやすいし、何よりリティカはすぐ顔に出る」
リティカを危険な目に合わせたくないんだと言った彼は、とても真剣な目をしていた。
「ご自身を餌にすると決めたのでしょう。ならきっちり仕事してください。聖乙女の周辺、怪し過ぎるので」
調査結果を片手にセザール様はそう返す。
「分かってる。あと3年、それまでに片をつける」
3年。
それはお嬢が王家に嫁ぐまでの時間。
「リティカを母上の二の舞にはしない。絶対に」
強い決意を宿した藍色の瞳はそう告げる。
そのために、王子が今まで努力してきたことを俺は彼のそばにいて知っている。
ねぇ、お嬢?
『追放予定の悪役令嬢』
だなんて、初めて会った時にお嬢は自分の事をそんな風に言ったけれど。
これだけ一途にお嬢の事考えてる王子が、お嬢の事国外追放してくれるとは俺には思えないんだけど。
「そんなわけでお前にも動いてもらうから。手を貸せ。セドリック」
俺のもう一人の恩人が、俺にそう命令する。
「承知しました、王子様」
俺は恭しく礼をする。
俺は、殿下とお嬢のために剣を取る。
きっと、この人とお嬢が作るこの国は今よりもっと住み良い場所になると信じて。
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