閑話3.自称悪役令嬢なお嬢様【上】(セドリック視点)
貴族、という生き物は反吐が出るほど嫌いだった。
物心ついた頃から、ヒトとして扱われた事などなかった。
この見た目のせいで、愛玩動物のように扱われた事もあるし。
生まれ持った魔力のせいで、暗器のように使われた。
その日を凌げるわずかな硬貨。俺についた価値はそれだけで。
転々と。
転々と。
誰かに売り買いされる毎日。
別に生きていたかったわけではない。ただ死ぬ理由がなかっただけだ。
そんな俺を買った今度のご主人様は、俺と歳の変わらない、傲慢な公爵令嬢。
『忠誠心なんかいらないわ』
綺麗な笑顔で残酷なまでに俺に正しく現実を突きつけた彼女が求めたのは、ただ金だけで結ばれたシンプルな関係。
『自分を変えられるのは自分だけよ。私を利用なさい、セドリック』
望み通り、利用してやるよ。
大切に守られて、高い位置からヒトをゴミのように見下す、苦労知らずのお嬢様。
金で買った飼い犬に手を噛まれて、泣き崩れる時、彼女はどんな表情を浮かべるだろう。
そんな仄暗い感情を抱えた俺を見返す空色の瞳は、ただ楽しげに笑っていた。
この国で唯一の公爵令嬢であるリティカ・メルティーその人は、ヒトのプライドをへし折る天才だった。
「困ったわね。私、口約束って嫌いなのよね。効力ないから。契約内容ははっきり書面に残したいのだけど、文字の読み書きができないなんて」
俺の自己申告を聞き、空色の大きな瞳を瞬かせたお嬢様は、
「じゃあ、まずは読み書きのマスターからはじめましょうか」
教えてあげると当たり前のようにそういった。
「必要ない」
ただ相手を屠るだけの道具に、文字の読み書きなど教える人間はいなかった。
そもそも書面に残す意味もよくわからない。
そう返す俺に。
「あなた変わってるわね。自分からワゴンの叩き売りセール品になりたいだなんて」
普通、自分の能力は嘘を織り交ぜ、見栄を張ってでも高く見せるものよ? と彼女は嘲笑する。
「ああ゛!?」
「喰い物にされたくないなら覚えておきなさい。貫き通せば、どんな嘘も真実になる。搾取されたくないと嘆くくせになんの努力もしないで配られたカードだけで戦おうだなんて、とんだ世間知らずもいたものだわ」
どう見ても世間知らずの箱入りは目の前のお嬢様の方なのに、俺を世間知らずだと宣う。
「あら、不満そうね、セド。じゃあ試してみましょうか?」
パチンと楽しげに手を叩く彼女は、あなたの得意分野で勝負してあげると傲慢な口調でそういうと、
「せっかくだから、勝った方が負けた方に命令を下せるようにしましょうか」
小首を傾げて得意げに笑った。
ルールは簡単。背を地面につけた方の負け。決着は手首に巻いた魔法を編んだ紐が切れる事で判定する。
正直、力押しすれば一瞬で勝てると思っていた。
「こんなか弱い私に負けるだなんて。悔しいでしょう、セドリック」
だというのに、ほんの僅かな隙をつきあらかじめ仕掛けてあった魔法陣で全ての魔法を無効化したお嬢様は、俺の事を落とし穴に落として打ち負かした。
ご丁寧に地面に描かれた魔術式で発現するゴーレムを落とし穴に仕込んでおり、ゴーレムに抱きつかれた時点で地面に背がついたのと同じ効果を発揮し、紐が切れた。
「事前に罠を張るのはアリなのかよ」
「あら、ダメだなんてルールを設けた覚えはないわ」
当然のようにそう言い放ったお嬢様は、
「文字さえ書ければこんな事もできるし、読めさえすれば術式が発動する前に消せたはずよ。こんな子ども騙し、私のお兄様には効かないでしょうね」
沢山の術式が書かれた札を手にドヤ顔で笑う。
どう見ても俺より弱い魔力しか保持していないお嬢様に負けた。
勝敗を分けたのは、知識量。
「理解したみたいね、賢くて嬉しいわ」
その時のお嬢が俺に提示したのは、学ぶことで能力を有効に使う事ができる可能性。
「ふふ、じゃあ約束通り最初の命令ね。まずは、しっかり食べて休みなさい。あなた、私の事を笑い者にする気? カビたパンを食べさせたなんて知れたら公爵家の恥だわ」
俺にそう命令した。
彼女の物言いは、いつだって、冷たくて、尊大で。
「郷に入れば郷に従うものよ。誰もあなたの食べ物を取ったりしないから、隠して取り置く必要はないの。温かいモノは温かいうちに食べなさい」
私の名誉に関わるのよと、まるで自分の事しか考えていないようなふりをして。
俺を傷つけずに従わせるためのものだった。
そろそろいいかしら、と放り込まれた騎士団は居心地が良かった。
騎士団に放り込まれてから、沢山の噂話を聞いた。
リティカ・メルティーは、同じ年頃の貴族、特に女の子達からの評判は最悪だった。
傍若無人で、ワガママで。
誰かを傷つけることも厭わない。
金にモノを言わせて、自分の思い通りに事を運び。
婚約者である第一王子を縛りつける悪魔のような女の子。
王子から愛されていると勘違いしている彼女の代わりになるべく、未来の側室候補として王子に近づこうモノなら、その権力で粛正される。
アレは、絶大な影響力を持つ公爵家の令嬢だから、何をしても許されるだけ、と幾人も俺に囁いて公爵家から離れる事を善人顔で勧めてくる奴ら。
どうして、分からないんだろう?
お嬢のその物言いで、その行動で、いつも誰かが救われているというのに。
だけど、お嬢は憤る俺を前にいつだって涼しい顔をして笑う。
「言いたい奴には言わせておきなさい? 弱い犬ほどよく吠えるって本当ね」
ああ、でも序列が分かる分だけ犬の方がお利口かしら?
そう言ったお嬢の手に握られていたのが様々な人間の秘密だと俺が知るのはもう少し後の話だ。
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