32.悪役令嬢の全力ベクトル。
「いいこと、セド。ここで聖乙女であるライラちゃんの祈りが捧げられるじゃない?」
私が丸をつけたそこは式典の中心部。その周りに私はさらに円を書き込んでいく。
「で、ここから成績順に生徒が並んで行くでしょう?」
精霊祭では式典中祈りを捧げる生徒を中心に、円を描くように入学時の成績順に並ぶことが慣例となっている。
本来式典に参加する人間以外立ち入ることができないのだけれど、公爵家のコネと情報網をフル稼働して生徒たちが並ぶ位置を割り出した。
「と、言うわけでココ! この位置がスチルを回収するベストポジションなのよ!」
お分かりかしら? と私は並び順の20番目の位置を指差す。そこはちょうどライラちゃんの右斜め後ろに位置する場所だ。
「…………式典をよく見たいのであれば、成績上位になって正面にいればよかったのではないのですか?」
「まぁセド、それではせっかくの衣装と光魔法が映えないじゃない! 礼拝堂で祈りを捧げるライブ感も込みで撮りたいのよ!!」
正面からただ単純に被写体を撮るだけだなんて、躍動感に欠けてしまう。私は何度も見返したいような、みんなに"いいね"がもらえるレベルの美スチルを納めたいのだ。
まぁ、SNSがないから放出するところがないんだけど。それは置いておいて。
「すっごく大変だったんだから! 模試を受けて常連の成績上位者割り出して、当日の点数を予測したり、試験内容から筆記と実技の点数の配分考えたりして、どうすればこの位置を取れるのか検討に検討に検討を重ねて、ようやくこの番号とったのよ? ね、私試験に全力でしょう」
誤解は解けたかしら? と私はドヤ顔で胸を張る。
「それは、この位置の生徒を買収して、代わりに撮影してもらうじゃダメだったんですか?」
「ダメに決まっているでしょう。自分で見たいし、自分で撮りたいの! それに先生に怒られるリスクまで背負わなくてはいけないし。こんなこと他の人には頼めないわよ」
何を言ってるのかしら? と首をかしげる私に、
「あー、うん。俺お嬢のこと侮ってました」
盛大にため息をついたセドは、
「常々お嬢のことアホだなと思ってましたけど、俺の予想の斜め上を行くアホでしたね。次回から気をつけます」
と金眼に呆れの色を乗せてそう言った。
「あなた主人に対して失礼すぎない?」
私は推し活に全力なだけだというのに、ひどい言われようだ。
セドの言いように頬を膨らませる私を見てクスッと笑ったセドは、
「まぁ、でも俺お嬢のちょっと残念でアホな子なとこ嫌いじゃないです」
怒られる時は一緒に怒られてあげますと言ったセドの顔があまりに良かったので私はセドの頭を何度もいい子いい子と撫でてあげた。
悪役令嬢らしく悪事ばかり繰り返している私の一体どこを崇拝しているのかわからないけれど、とりあえず誤解も解けてセドの機嫌も直ったようなので、めでたしめでたし。
精霊祭は最高のスチルを回収するぞと私は改めて意気込む。
「ふふ、精霊祭楽しみね。セドもせっかく学園に入学したのだから、私の護衛ばかりしていないでもっと有意義に遊びなさい?」
「お嬢は目を離すとすぐトラブルに巻き込まれるんで遠慮します」
そう促す私に、セドはキパッと何ならかぶせ気味に断りを入れる。
そんなセドをじっと見ながら、私は静かに深いため息をつく。
セドリック・アートは本家のエタラブでは暗殺者ルートの攻略対象であったとはいえ、私が無理矢理私の駒として公爵家に引き抜いて6年。
今ではどこに出しても恥ずかしくない有能なイケメンに成長した。
幼少期に参加した秋の討伐以降数年騎士団に勤める傍らで、公爵家で礼儀作法と魔法学を始めとした様々な学を身に付けた。
身分で言えばセドは平民かもしれないが、騎士団に放り込んで鍛えられた彼の実績は学園への入学を許可されるほど高く評価されており、セドがその気になれば騎士爵だって取れる。
容姿端麗で有能なセドが年頃を迎える前には、多くの貴族が彼と養子縁組をしたがったけれど、セドは数多の誘いを断ってなぜか私の専属執事をやっている。
「ねぇ、セド。わかっていると思うけれど、私とあなたの間にあるのはただの雇用関係。お金で結ばれただけの縁よ」
「存じておりますが?」
それが何か? と私よりも随分高くなった視線をよこすセドを見上げながら、
「お金の切れ目が縁の切れ目。そんな私に忠誠を誓う必要なんてないのよ」
何度も言い続けてきた言葉を繰り返す。
「ねぇ、セド。お金なら充分貯まったでしょう? 今のあなたなら引く手数多。騎士団での功績だけでなく、こんなわがままなお嬢様に5年以上仕えられている実績だってある。行きたいところがあるなら、自分で選んでいいのよ? 紹介状だって、今ならいくらでも書けるから」
私は、6年前の秋の討伐で私のために彼を利用した。
そんな自分勝手な私のために人生を無駄にしてほしくない。
公爵家使用人の肩書があれば、再就職先だって選び放題だし、まだ公爵令嬢としての身分のある私が紹介状書けば入り込めないところはないのだけど。
「お嬢に心配されるまでもなく、俺は自分の居場所を自分で選んでいます。公爵家以上に好条件で雇ってくれるところはありませんし、お嬢以外に仕えたい相手もおりませんので」
セドはいつも同じ返事を繰り返す。
「それに、お嬢には俺が必要でしょう?」
自信に溢れた得意気な目。
誰の事も信じることができなかった、傷ついた子どもはもういない。
「それは、セドがいてくれた方が私はすごく助かるけど」
「なら、お嬢が悩む必要などないでしょう? 好きなだけ利用してください。給金分はキッチリ働きますから」
そう言って私に傅きセドは穏やかに笑う。
その顔や仕草は思わず見惚れるほどかっこいい。さすが隠しキャラ。数多の乙女を沼に突き落としてきただけはある。
本来のルートではライラちゃんにこんなふうに笑いかけていたのだろうか?
課金ルートを知らないので、何とも言えないのだけれど、悪役令嬢の私がこのスチルを回収してしまっても良いのか非常に悩ましい。
悩ましいのだけど!
「とりあえずこの構図でスチル回収したいから、聖乙女相手にやってくれる?」
すっかり沼落ちしている私は、映像記録水晶を取り出して、もう一回と真剣な顔でセドに強請る。
「嫌です。俺が傅くのはお嬢だけなんで」
お嬢相手なら何度でもやりますけど、なんて言われるけどこれじゃあいつまでもスチルとして手元に残しておけないじゃない!
映像記録水晶にはセルフタイマーついてないのよ。お兄様にいくら強請っても、絶対ヤダってつけてくれないし。
むぅぅぅ、セドもお兄様も意地悪だわと頬を膨らませる私は、追放されるまでにこのスチルを絶対収めるぞと心に硬く決意した。
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