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30.悪役令嬢の休息。

 前世の記憶が蘇った私は、王子ルートの大まかな内容と自分が悪役令嬢(リティカ・メルティー)である事(の役割)を知っている。

 それを知ってなお悪役令嬢である事を選んだ"今"に後悔はないのだけれど、ふとした瞬間に決意が揺らぎそうになる時がある。

 だから、そんな日はいつも私はここに来ていた。


「あ、師匠。お帰りなさい」


 今日は遅かったんですねとこの屋敷の主人を差し置いて食卓で夕食を頂きながら私は師匠であるイーシス・ハーディスにぞんざいに声をかける。


「おう、戻った。じゃねぇよ!! リティカ、なんでお前がここにいる」


「ん? エリィ様のお菓子が食べたくて」


 たかりに来ちゃった♡と私がいうと、


「あ、お父様おかえりなさい」


「おかえり、お父様」


 師匠の双子の娘であるララとリズがパタパタと足音を立てて奥からやって来た。


「今日はリティお姉様が来てくれたのです」


「すっごく久しぶりに遊んでくださったのよ」


 ねぇ、と仲良く話す2人の頭を私は優しい手つきで撫でる。

 6年前の冬に無事に生まれて来てくれたこの2人はエリィ様と師匠の元ですくすく成長し、今では私の事を姉のように慕ってくれている。

 教師ルートが消滅した師匠は当然今も魔法省勤めで、今でも私の良き師匠でいてくれている。


「お姉様、今日はお泊まりしてくれますか?」


「私、お姉様とご本読みたいです」


 ワクワクとキラキラした目で私に絡む双子。このうちに来ると本当に癒される。


「はぁぁ、何この可愛い生き物。私に課金するお父様の気持ちすごく分かる」


 お姉様が好きなものなんでも買ってあげると2人を愛で倒す私に、


「分かったから、とりあえずその札束しまえ。小切手切るな」


 どこの成金思考だと呆れた様子で師匠は私の頭上に軽く手刀を落とした。


 はしゃぎ疲れた2人をエリィ様が寝かしつけに行った後、エリィ様お手製のアップルパイを頂く私に、


「で、何かあったのか?」


 と師匠はおもむろに声をかける。


「……何かないと来ちゃダメなんですか?」


 いつでも来ていいって言ったくせに、と頬を膨らませる私に、


「だめなんて一言も言ってねーだろうが。お前がうちに来る時はいつも"何かあった時"しか来ねぇからわざわざ聞いてやってるんだ」


 師匠はそう言ってため息をつく。


「本当に、何もないんですよ。ただ、学園に入ってから毎日忙しくて、エリィ様やララやリズに会う時間が取れないなぁって思ったら、顔見たくなっただけなのです」


 この3人は、私にとって運命(シナリオ)を変えた証だ。

 抗い続ければ変わる。それは私にとって希望だった。

 誰にも理解されなかったとしても私のやることにちゃんと意味はあるんだって。

 私は何度だって、悪役令嬢であり続けるための決意を自分に刻む。

 悪役令嬢として立ち続けることに心が折れてしまわないように。

 自分で決めた運命(選択)から、私自身が逃げてしまうことがないように。


「まぁ、言いたくないなら言わんでもいいが」


 お前にも色々あるんだろうし、と師匠の灰色の目が優しく苦笑し、


「また息抜きしに来い。お前が自由でいられる時間なんて、あと3年しかないんだから。それまでは、俺はお前の師でいてやる」


 大きな手を私に伸ばし、ポンと私の頭にそれを置く。

 3年。私は目を閉じて師匠の提示した時間を考える。

 本来であれば王太子の婚約者である私は、学園を卒業したらロア様に嫁ぐことになる。

 そうなれば当然、宮廷魔術師見習いの身分は返上し、魔法省への自由な立ち入りもできず、師匠との師弟関係は解消。

 王太子妃になれば、こんな風に勝手気ままにフラフラと好きなところに出向き、今みたいにワガママを言う事などできなくなるのだろうけれど。


「ふふ、あれだけ無愛想で避けられるケンカも買いに行くほど尖っていたというのに、パパになってすっかり丸くなってしまいましたね、師匠。師弟関係解消したら、私もパパって呼ぼうかしら?」


 私は目を開けて空色の瞳に師匠を映し、揶揄うような口調でそう笑う。


「リティカ、お前はどこから目線で言ってんだ? ってかこんな大きな娘持った覚えねぇよ」


 バカ弟子がと言いながら私の頭に軽く手刀を落とす師匠。

 この何気ないやり取りも、あと何度できるのだろうと私はこの国で過ごせる私の残された時間を想う。

 その時間は先程師匠が提示した3年よりもずっと短いと言う事を、悪役令嬢である私は知っている。


「ねぇ、師匠。私、これでも師匠の弟子になれたことに感謝しているのですよ?」


 乙女ゲーム(シナリオ)がハッピーエンドを迎えても、現実の世界はそこから先も続くのだ。

 たとえ、私がこの国から追放されたとしても。


「なんだ、急に」


「急、っていうか。大事な事は言葉にしておく派なんです。だってほら、私が学園卒業しちゃったら、私と師匠の間には圧倒的なまでに身分と権力差が生じちゃうじゃないですか?」


「いやらしい言い方するんじゃねぇよ」


 けっ、未来の王妃がぁぁと言い捨てる師匠に私は苦笑する。実際は師匠が思っているのとは真逆なのだけど、嘘ではない。

 追放されて公爵令嬢の身分を剥奪され平民になれば、私に残るのはこの美貌と財力だけだ。

 魔法伯の称号を持つ国一番の魔術師様に謁見するなど、簡単にはできなくなるだろう。


「ふふ、事実ですもの。なので、私が魔術師見習いを辞職したら、研究費の予算増えるように尽力しますよ」


 派閥争いと無縁の一般人になれば、魔法省に匿名で寄付(課金)し放題、と私は追放後のやりたいことリストに入れている。


「はいはい、期待してる」


 師匠はいつもと変わらず私の宣言を軽く流す。


「あー信じてないですね! ワガママとおねだりはリティカ(わたくし)の専売特許なのですよ?」


 私これでも師匠のファンなんです、と映像記録水晶を取り出して私は笑う。

 これも嘘ではない。

 エタラブは前世でどハマりしていたわけではないけれど、ここで悪役令嬢として過ごした今の私の推しはヒロインやロア様のみならず、登場人物丸っと全て……つまりすっかり箱推し状態だ。


「……だから、また師匠達に会いに来てもいいですか?」


 迷惑をかけたりしないから、と言った私の頭を師匠はぐしゃぐしゃと撫でる。


「お前がしでかした事で迷惑だと思った事は一度もない。ガキが大人に気遣ってんじゃねぇよ、バカ弟子が」


 ああ、私が何をしても味方でいてくれる、と。

 だから、いつでも来ていい、と。

 そう言ってくれているのだと、私は師匠の言葉を意訳する。

 本当に、私の師匠はどうしようもなく捻くれているんだから。


「ふふ、師匠くらいですよ。私の事を普通の子ども扱いするのなんて」


 そう言った私は映像記録水晶に自分が幸せだと思った光景を焼き付ける。


「リティカは本当にそれ(記録)が好きだな」


「"撮る専"なので。もはやこのために生きていると言っても過言ではないです!」


 過言だろうよ、と呆れ顔の師匠を見ながら私は映像記録水晶をそっと撫でる。

 この国から追放されて、大好きな人達と離れたら、きっと私は何度だってスチルを見返して悪役令嬢だった日々を振り返るのだろう。

 だから、その日がやって来るまでは。


「ふふ、スチル回収頑張ります」


 いい画撮れたら師匠にも分けてあげますねと私は満足気に笑った。

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