29.悪役令嬢と追放フラグ。
指定された場所は、いつも通される王城の客室ではなくて、学園内にある見通しのいい庭園の一角だった。
申請すれば生徒がお茶会も開けるその場所は今時期は季節の花が咲き乱れ、絶好のデートスポットだ。
「ロア様っ、遅くなって申し訳ありません」
本当なら淑女らしくお淑やかに現れなくてはいけないのだろうけれど、今日のお茶会は絶対外せなくて、私はパタパタと慌ただしい登場をしてしまった。
「リティカ、約束の時間通りだよ。私が早く来過ぎてしまったんだ」
だから気にしないで、とキラキラっと眩しい笑顔を向けてくるのは、私の麗しい婚約者様。
私の姿を見つけると側に駆け寄り、
「リティー、今日は何していたの? 葉っぱがついてるよ」
私の髪についた葉っぱを取って少し乱れた髪を整えて微笑む。
「ふふ、ちょっとした環境整備に尽力しておりましたの」
流石に貴族令息相手に大立ち回りしてましたなんて言えない私はしれっとそんな言い訳とともにお礼を述べて微笑み返す。
「そう、リティーは綺麗好きだね。でも、無理はしないでね」
環境整備なら美化委員もいるんだし、と私の髪を優しい手つきで撫でるロア様。
くっ、今日もロア様は完璧にかっこいい王子様。
あー超眼福、写真撮りたいっ! という衝動を淑女の仮面で隠して私は素直に返事をする。
ロア様に差し出された手を取り、私はエスコートされて席に着く。
すぐさまお茶が運ばれて来て、爽やかないい匂いが鼻腔をくすぐる。
「……美味しい」
思わず漏れた一声にロア様がクスリと笑う。
「りんごと白桃のミントティー。リティカが好きかなぁって」
新作だよと少し得意げなその顔が王妃であるメアリー様によく似ていて、私は釣られて表情を崩す。
「ロア様のブレンドティーを飲めるなんて、私は国一番の果報者でございますね」
私はじっと私を見つめる濃紺の瞳を見ながら、ゆっくり味わうようにお茶を口にした。
幼少期から続く、この婚約者とのお茶会。今だに月一で続いている事に私は正直驚きを隠せない。
幼少期は仲が良くても、悪役令嬢である以上、私はいつかロア様に見向きもされないほど嫌われるのだと思っていた。
だけど、私の悪役令嬢としての色々な噂話を聞いているはずのロア様は、それでも一切態度を変えることはなく、今日も私とお茶を飲む。
王太子になんてなりたくないと言っていたらしいロア様は、みんなの期待を一心に背負って健やかに成長し、15歳のデビュタントを終えてすぐ立太子された。
この国の王太子殿下であるロア様はエタラブの王子ルート攻略対象だ。
うん、この辺はやっぱりゲーム通りなのかしらねと麗しの王子様を眺めながらそんな事を考える。
品行方正で常識的に物事を判断でき、お兄様を含む頼れる側近にも恵まれている上に、乙女の機微にも聡いまさに乙女の理想の王子様。
だけど、ゲームのロア様とは違い、現実のロア様は悪役令嬢を蔑ろにしない。
王子様育成計画、なんていっても私がした事なんて、結局ロア様のまわりをうろちょろしていただけなんだけど、ロア様の成長をずっと見守って来た身としては『ワシが育てた』ってドヤりたい。
「リティカにそんなにじっと見つめられると照れてしまうな」
しまった、ガン見し過ぎたらしい。
だけどロア様はそんな私を咎める事なく、優雅な所作でブレンドティーを口にして天使の微笑みを浮かべる。
ふわぁぁぁーー!!
めーーーーっかわなんだが!?
かっこいい上に可愛いんだが!?
どこに出しても恥ずかしくない王子様。これならヒロインもイチコロでしょう!!
満を持して王子ルートに送り込めるわと内心でガッツポーズを決める私は、
「ロア様、お写真一枚よろしくて?」
真剣な顔で映像記録水晶を取り出す。
「あはは、リティカはそればかりだね」
お好きなだけどうぞと気軽に許可を出す。普通なら不敬罪で怒られそうなものなのだけど、この7年にも及ぶ婚約期間を通して私達は気の置けない友人のような関係になっていた。
これならきっと公衆の面前で断罪イベントなんて起きないんじゃないかなと映像記録水晶を構えながらそんな事を考える。
王子ルートでヒロインとロア様がハッピーエンドを迎えたら、ひっそりと婚約破棄されて、堂々とこの国から追放されたい。
私はそのために今日も悪役令嬢をやっているのだから。
「ねぇ、リティー。せっかくなら、一緒に撮らない?」
はぁ、今日もいい画が撮れたと満足気な私にロア様がそう尋ねる。
「一緒、に?」
驚いた私は空色の瞳を瞬かせ、少し間を置いてからゆっくり首を振る。
「ごめんなさい、私"撮る専"なので!」
攻略対象やヒロインならともかく、悪役令嬢のスチルなんてどこにも需要ないでしょっと私は内心で苦笑する。
ましてやロア様とツーショットなど恐れ多過ぎる。
「私ばかり撮られては不公平だと思わないか?」
むぅとちょっと拗ねた顔をするロア様も可愛い。
私的にこれ以上にない被写体なのだけど、一人で連写されるのは嫌なのかしら、と思った私ははたと名案を思いつく。
「あ、誰かと一緒に写真撮りたいならお兄様なんてどうです?」
私、天才かもしれないわ。
攻略対象×攻略対象。淑女達の黄色悲鳴確実のいいスチルが収められること間違いなし! と自信満々に提案したのだけど。
「……それは、誰得なんだろうか。……うん、やっぱりいい。聞きたくない」
私が目を輝かせながらプレゼンボードを取り出して需要について説明するより早くロア様に却下された。
お茶を飲みながら一通り近況を話した後、
「今日は、リティカに大事な話があるんだ」
とロア様が切り出した。
「なんでしょうか?」
私は改まったその態度に緊張しながら尋ねる。
「今度の精霊祭。聖乙女が精霊と神への祈りを捧げる事になっただろう。だから、私がその後の舞踏会で彼女をエスコートする事に決まった」
私はロア様の言葉を反芻し、何度も空色の目を瞬かせる。
「そう、ですか」
精霊祭、とはこの学園で毎年行われるイベントで、その年の入学試験で最も優れた魔法の成績を納めた女子生徒が、その年の代表として精霊と神に祈りを捧げる厳かな儀式だ。
そしてその誉ある代表を務めるのがこの世界のヒロイン、ライラちゃんなのだ。
ちなみに悪役令嬢である私との絡みはまだないのだけれど、ライラちゃんの無双ぶりは私の耳にも入って来ている。
はぁぁぁ〜ライラちゃんの祈りを生で見られるなんて!!
マジで転生して良かった。どうしよう、当日は映像記録水晶何個設置すればいいかしら?
なんて内心でウキウキしている私に、
「それで、今回のファーストダンスは彼女と踊る事になったんだ」
ロア様は静かに告げる。
私は誠実に事実を伝えてくれようとするロア様のその瞳に息を呑む。
ライラちゃんが"聖乙女"の愛称で呼ばれるようになった時から、そうなんじゃないかとは思っていた。
だって学園中ライラちゃんが光魔法でロア様を助けた、2人の出会いで話題が持ちきりだったのだから。
「けど、リティカがもし嫌だと言うなら」
「何を言っているのです?」
私は出来る限り穏やかな声で、ロア様の言葉を遮る。
この人はどこまでも私に優しい。だから、これ以上を言わせてはいけない。
「……リティカ」
困ったような声で、ロア様が私を呼ぶ。
本来、ファーストダンスとは婚約者と踊るものだ。それを婚約者である私を差し置いてライラちゃんと踊るという。
それはつまり。
「ロア様は、私を学園中の笑い者にするおつもりですか?」
私の目論み通り、王子ルートに入った、ということだ。
「舞踏会、といっても公のモノではなく、あくまで学園内でのこと。この程度のこと許容できなければ、私学園中の皆様に笑われてしまいますわ。嫉妬深く婚約者を束縛する自信のない女だ、って」
ふふっと私はロア様の濃紺の瞳を見て笑う。
「ぜひエスコートして差し上げてくださいませ。ライラさんは平民の出身。夜会もダンスも慣れてないでしょうから」
私は爽やかなミントティーを飲みながら、言葉を紡ぐ。
「それに、彼女は聖乙女。将来の聖女候補であり希少な光魔法の使い手です。今後の事を思えば、ロア様といる事で立場を固めるのは彼女にとってもロア様にとっても良い事だと思いますよ」
「……リティカは、それでいいの?」
とロア様が静かに尋ねる。
ええ、もちろん! とここは前のめり気味に元気よく肯定するところだ。
なのに、口を開く前にズキっと、胸にちいさなトゲでも刺さったかのような痛みを覚える。
ズキっ?
ん? と私は首を傾げる。
私はずっとこの日を待っていた。
だから、とても嬉しい、はず……よね?
「私の事は気になさらないでください。王太子ともあろう方がレディに恥をかかせてはなりませんよ?」
なのに、なんで私は自分の言葉で胸が軋むんだろう?
せっかく、推しと推しの晴れ姿が見られるというのに。
「ああ、お茶がなくなりましたね。本日はコレでお開きといたしましょうか」
不思議に思いつつも自分に追放フラグが立った事を確信した私は、何か言いたげなロア様に淑女らしく礼をして本日のお茶会を終了させた。
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