27.悪役令嬢は悪評を恐れない。
本来ならお兄様もロア様も秋の討伐には行かれなかったはずなのに、なんでこうなった案件にため息を吐きつつ、私は出立式を終え無事討伐に出向いて行った騎士団一行を見送った。
「もう気は済んだか、リティカ」
私の後ろから声がかかり振り返る。
そこには私服姿の師匠が肩にスイを乗せて呆れ顔で立っていた。
宮廷魔術師の格好ではない師匠が新鮮で、私はパチパチと空色の目を瞬かせたあと、反射的に映像記録水晶で写真を撮った。
「って、いきなり何をするんだ、お前はっ」
「はっ、私としたことがっ。師匠の私服が珍しくて、ブロマイドにしたら師匠のファンに高額で売れるかも!? なんて、つい脳内で算盤を弾いてしまいましたわ」
あの辺に需要を感じまして、と熱視線を送ってくるお嬢様達の集団を指差せば、
「師を売ろうとするな、バカ弟子がっ」
没収だ、と本日二つ目の映像記録水晶が取り上げられてしまった。
まぁ、取られたところでスペアどころか至る所に仕込んでるので、痛くもかゆくもないのですけれど、それをいうと次回から毎回身体検査とかされそうなので、黙って頬を膨らませる事にする。
「……心配、か?」
促されてもなおこの場から動かない私に、師匠はそう声をかける。
「いいえ、正直お兄様たちはきっと無事なんだろうなと思うんです」
私はフルフルと首を振り、師匠からスイを受け取って指先で撫でる。
これから討伐隊が出向く先に特異型の火龍がいたとしても、隠しキャラを入れた攻略対象が3人もいる上、装備も魔道具もガチガチに課金しまくっているのだ。
師匠がいなくても多分大丈夫だろうし、本編開始前に攻略キャラが死ぬとは考えにくい。
「ただ一つ、後悔していることがあって」
神妙な声でそういった私に、
「後悔?」
と師匠が問う。
「お兄様が行くってわかってたら、戦闘服に改造した小型の映像記録水晶仕込んだのに!! もう、なんで師匠の名代がお兄様だって言ってくれなかったんですか!?」
くっ、戦闘シーンのスチル回収しそびれたと心底悔しそうに言った私の頭上にちょっと強めに手刀が落ちてきたのは言うまでもない。
「いったぁー師匠、可愛い弟子には、というかレディーにはもう少し優しくして欲しいですわ」
師匠の容赦ない攻撃に、若干涙目の私は頭をさすりつつ抗議する。
「お前"謹慎"って言葉の意味を理解しているか?」
私の上方からため息交じりにそんな言葉が落ちてきたので、
「不適切な行いをしたことにより、一定期間立ち入ることを禁じられるなどの制限を設けられる罰の事ですね〜」
問われた通りに素直に答える。
「分かってるじゃないか。ちったぁ反省しろや。せめて形だけでも」
そう、何を隠そう私ただいま謹慎中なのだ。その証拠に魔力封じの枷をかけられ、自分で構築する魔法の類の使用を一切禁止されている。
つまり、映像記録水晶で撮ったところで私にそこから写真を取り出す術はない。
そして、魔法省への出入りは禁止。屋敷外を出歩く時は師匠の監視付きという割と厳しめの処分を受けている。
魔法省を出入りする私の今の身分は宮廷魔術師見習い。弟子の不祥事は師も同様に監督責任を問われるため、私を監視し拘束しなくてはならない師匠は今回秋の討伐に参加することができなくなった。
「ふふ、不出来な弟子を持つと大変ですね。師匠」
私はじゃらりと鎖の音を鳴らして、師匠に笑いかける。
「全く、他にやりようがあっただろうが」
師匠は私のやらかしに対し、ため息をつく。
「えー? わざとでは無いのですよ。ちょっとついうっかり手が滑ってしまって、たまたま持っていた水の呪文の入った魔石を盛大にばらまいちゃった、ってだけの話ですわ」
わざとであろうがそうでなかろうが、魔術師見習いが魔石や魔道具を使って一般人を害する行為は、固く禁じられている。
「たまたま持ち歩く量じゃねぇだろうが、アレは。しかもばらまいちゃったついでに、その場にいた令嬢達全員もれなく水浸しじゃねーか」
それは秋の討伐を前にしたパーティでの出来事。
お父様の力で揉み消されることがないように、それはもう大人数の前、私は一切の言い逃れができない状況で大量の魔石をばらまいた。
「あら、人の婚約者に粉をかけようとしていた害獣をもれなく全部まとめてきれいに駆除しただけですよ。それに、スイを使って皆さんのドレスの水分も床にばら撒かれた水も全部回収しましたわ」
ふふっと笑った私に、やっぱりわざとじゃねぇかと師匠は呆れ顔だ。
せっかく綺麗に乾かしてあげたのに、初めて見るスライムは気持ち悪かったらしく会場からパニックになって逃げ出す令嬢多発。
後日速やかに私に1月の謹慎処分が通知された。
「……なぁ、なんでそこまでして俺を討伐に行かせたくなかったんだ?」
師匠がきれいな灰色の瞳で、じっと私を見つめてそう聞いたけれど、
「はて、何のことでございましょう? 私はただ、ロア様に近づく令嬢が気に入らなかっただけですわ」
私はただ肩をすくめて、そう返す。
ここが前世でやった乙女ゲームの世界に似ている事も、白昼夢でみたエリィ様が亡くなる未来も、いっそ話してしまうかと思ったこともある。
だけど、ここまで来ても師匠を討伐に行かせないことが本当にエリィ様の死亡フラグ回避につながるのか確証は持てていない。
何より誰かに話してしまうことでまた別の分岐点が発生してしまい、白昼夢で見た未来が現実になることが怖かった。
「なら、そういう事にしておいても構わんが。……リティカ、この国の王は一夫多妻制だ」
「存じておりますよ」
「お前、こんなことを続ければいくらこの国唯一の公爵令嬢であっても王太子妃の座を追われる羽目になるぞ」
「まだただの婚約者ですし、ただの王太子妃候補です。それに別に王太子妃になれなくったって構わないんです」
と私はいたずらっぽく告白をする。
「は?」
「ふふ、私、わがままだから。愛する旦那様には私だけを愛して欲しい。だから私、王家には嫁げません」
お兄様には内緒ですよと私はしぃーと人差し指を唇につけると、
「さて、師匠。そろそろ帰りましょうか。謹慎中の身でふらふらしてるの外聞悪いし」
そう言って師匠の前を歩く。
「って、お前はまた勝手に」
「ほら、早く来ないと置いていきますよ、師匠」
そう言って、私は歩き出す。
打てる手は全て打った。
後は未来を待つだけだ。ヒトからの悪評など怖くない。だって、私は追放予定の悪役令嬢なのだから。
******
母子共に元気であることと、生まれたのは双子の女の子だという知らせを私が受け取ったのは、冷たく澄んだ空気が王都を包んだ朝のことだった。
『私、里帰りしないから』
と私が何かを仕掛けるより早くそう宣言したエリィ様は大きなトラブルもなく穏やかに王都で過ごされた。
エリィ様が落ち着くまではとお見舞いを躊躇っていた私を迎えに来てくれた師匠に連れられて、師匠の屋敷に足を踏み入れる。
「リティー様、いらっしゃいませ」
いつもと変わらないふわりとしたエリィ様の幸せそうな笑顔。
「エリィ様、ご出産おめでとうございます!」
駆け寄った私が見たのは、エリィ様譲りの柔らかな栗毛色をした髪をしてスヤスヤと眠っている女の子と師匠譲りの灰色の目をぱっちりと開いている女の子。
「か、かわいっ……ふわぁぁぁー可愛いしか出てこないっ」
あまりの可愛いらしさに語彙力が消失した私に、
「リティー様、抱っこしてみます?」
とエリィ様が優しく尋ねる。
「え!? だ、えーー? 触っても大丈夫なんですか?」
こんな小さくて壊れそうな生き物を? と躊躇う私をベッドに座らせて、
「はじめまして、リティー様。こっちがララでこの子はリズです」
エリィ様はそういって起きている方の女の子、リズをそっと抱えて私の手を取り一緒に抱かせてくれる。
「あったかい……それに、すごく可愛い」
ようこそ、クレティア王国へ。
私は無事に生まれて来てくれた命にそう囁く。
するとベッドで寝ていたララも目を覚まし、小さく泣き声を上げる。
「ほら、イーシス抱っこしてあげて」
「俺もまだ慣れてないんだけど」
「やらないと慣れない。はい、パパ頑張って」
にこにこにこにこと容赦ないエリィ様に促され師匠がぎこちなくララを抱きあげる。
「ふふ、よかったわね〜ララ。パパが抱っこしてくれて」
「本当、エリィお疲れ様。俺もこれからもっと頑張るよ」
見つめ合いながらそう言って幸せそうに笑い合う2人。
ああ、私はこの光景が見たかったんだわと胸が熱くなる。
「師匠! 師匠!! 写真っ!! 今撮らなくていつ撮るの!?」
私はリズをエリィ様の腕に返し、ずっと見たかった幸せな光景を映像記録水晶に閉じ込める。
「ふふ。スチル回収完了、です!」
その瞬間、私の頭の中であのエリィ様の棺の前で泣き崩れた師匠を切り取ったスチルが砕けた音がした。
「……どうした、リティカ?」
訝しげな師匠と目が合い私はふるふると首を振る。
「いえ、ただ」
教師ルートが完全に消えた。私は何故かはっきりそれを確信する。
「幸せだな、って思っただけです」
守りたい、と思った光景がある。
私の大好きで大切な人達。
その人達がこの国でハッピーエンドを迎えるためならば。
私は悪役令嬢らしく、物語を支配する。
「よーし、これからもスチル回収、頑張るぞー!」
私は新たな決意と共にそう叫び、魔法で写し出した幸せなスチルを抱きしめたのだった。
--第1章了
☆次回から新章学園編スタートです。
悪役令嬢リティカの物語はまだ続きます。
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