25.悪役令嬢の交渉術。
一通り食事が終わった所で、
「あんた、何者なんだ」
とセドリックが口を開く。
「追放予定の悪役令嬢(希望)」
私はクスッと正体を明かす。
「は?」
意味不明と呟いて素直に眉間に皺を寄せるセドリック。
「ふふ、ただの公爵令嬢よ」
「公爵……令嬢?」
この国で公爵令嬢は私だけ。
名前に等しい私の名乗りにセドリックは首を傾げる。
「それは……明かしていいの、か?」
「いやぁーね、こんな目立つ容姿をしているのよ? ほんの少し調べれば、すぐ私に辿り着くわ。あなたがいた組織がどれだけ末端で、無知だったとしてもね」
まぁその組織ももうないんだけど、と私は目立つコスモス色の髪を手で掬い笑ったあと、じっとセドリックの金色の目を見つめる。
『……なんて、綺麗な目なんでしょう』
きっとヒロインならこんな風に褒めて、あなたは悪くないわなんて優しく慰めるのでしょうけれど。
生憎と私にはそんな風に懐柔できるだけの時間も技術も持ち合わせていない。
アレは、ヒロインだから許される特権。
こんなにもヒトに敵意を向け、何も信じていない人間に、表面的な優しい言葉など言ったところで何ひとつ響かない。
今の私にできる事なんて限られている。
持っているのは、財とコネクション。そして、悪役令嬢としての知識だけ。
だから、私は正直に悪役令嬢らしい物言いで彼と向き合う事にする。
「分かるでしょう? あなた目立つ容姿してるもの。白い髪に金色の目。金持ちが好みそうなモノを持っていて、それでいて身を守る方法を知らない。だから喰い物にされるのよ」
身に覚えがあるのではなくて? と私が小首を傾げれば、睨むような視線を隠す事なく寄越してくる。
「"無知"知らないと言うことはそれだけで弱者に成り果てる。あなたのその境遇は、あなた自身が招いたものよ」
知識がなければ、何一つ守れないのと私は淡々と話す。
「持てる者とそうでない者。生まれながらにして配られたカードは皆違う。ヒトは、平等などではないのよ」
泥水を啜ってきたのなら分かるでしょうと私は微笑んで紅茶に手を伸ばす。
「悔しい? それとも同情して欲しい?」
ごめんなさい、私そう言うの持ち合わせてないの、と私は綺麗な笑顔を作って残酷な現実を突き付ける。
「何もせずただ流されるままに力を使い、己の無力さを嘆きながら、甘やかして、優しく慰めて、助け出してくれる誰かを待つの? 残念ね、誰も助けてなんてくれないわ。誰も今のあなた自身に興味などないのだから」
せいぜい、興味を引けるのはその目立つ容姿くらいかしら?
と私は真っ白いミルクを紅茶に垂らしクルクルとスプーンでかき混ぜる。
「何も……知らない、くせにっ」
「ええ、知らないわ。だから、今知ろうとしている。セドリック・アートの事をね」
「なんで、名前」
ゆっくりミルクティーを一口呑んで、
「私、占いが得意なの」
未来が見えるのよと私は堂々と嘘を吐く。
「ヒト買いや人攫い、不当な労働はこの国では認められていないわ」
少なくとも表向きはと言った私に、
「綺麗事だな」
呆れたようにセドリックは吐き捨てる。
「でしょうね。だからあなた達のような人間が使い捨てられるし、私もあなたの嫌いな人種側で間違いないわ」
「反吐が出るな」
セドリックの素直な反応に私は満足気に頷く。
「私、悪事を犯して国外追放される予定なの。だから人攫いだの人身売買だのの経歴が1つ2つ増えたところで痛くも痒くもないわ」
私は清く正しい正統派の悪役令嬢なのよと微笑み、
「さて、それを踏まえた上で選択の時間です」
パチンと楽しげに両手を叩く。
「私はあなたを助けたわけではないし、利用する気満々よ。だけどこれはあなたにとっても現状を打開できるチャンスだと思わない?」
「……チャンス?」
訝しげな金色の目を覗き込みながら、私は弱い自分を隠すように悪役令嬢らしく自信ありげで傲慢な微笑みを意識する。
交渉する時には付け入る隙を見せてはいけないのだと、私はお父様のやり方を見て知っていたから。
「私見た目通りか弱いただの貴族令嬢なの。だから私は私の代わりに戦ってくれるあなたの力を必要としているわ」
王子ルートにおいて、いてもいなくても問題ないセドリック。
本来ならロア様を狙う暗殺者で、恋のライバルなんて側に置く必要ないのだけれど。
隠しキャラらしく、彼はチートタイプだ。
生まれた時から忌み子と蔑まれるほどの魔力を持て余し、幼少期に売られた先で暗殺者として育てられあらゆる戦闘技術を叩き込まれている。
現時点においては彼ほど有能で使える人間はいない。
「コレは前金。ああ、別に持ち逃げしても構わないわよ? 私にとっては端金だし」
挑発するように私はクスッと笑って金貨の詰まった袋を彼の前に積む。
「でも、這い上がるチャンスを掴みたいなら、残る事をオススメするわ。私なら、もっとあなたの能力を有効に使ってあげられる」
私の事を値踏みするかのような不躾な視線。もし彼がもっと年数を積んだ手練れだったなら、私の言葉など耳に入らなかっただろうな、と金色の目から読み取れる感情を受け止めながら私は言葉を選ぶ。
「忠誠心なんかいらないわ。私が欲しいのは"結果"だけ。話に乗るならあなたが使い物になるかどうか、今度の秋の討伐であなたの実力を証明してくださる?」
元よりお金で忠誠心が買えるだなんて思っていないし、こんなもので命を張れだなんて言えないけれど。
「自信がないなら、尻尾を巻いて逃げても構わなくってよ? だけど私に協力するならその能力に見合った金貨と生活を保証してあげる」
私は師匠ルートを完全に潰すために、自分にない能力を持つ彼に課金する。
「自分を変えられるのは自分だけよ。私を利用なさい、セドリック」
そう言って私は言葉を締めくくる。
その金色の目で私と金貨を見比べたセドリックは、
「悪魔みたいな女だな、アンタ」
「あら、うれしい。悪役令嬢には、最高の褒め言葉ね」
にこっと微笑む私を見て、セドリックは金貨を私に押し返す。
「今もらっても困る。預かっておいてくれ。出て行くときに一括でもらうから」
「ふふ、交渉成立ね」
了承を告げた私は金貨を魔術の組まれたバッグに仕舞うと、
「持ってなさい。これは全部あなたのお金だから」
バッグとペアになっているカードを渡す。
そのカードは鍵であると同時に入れたモノが見られるようになっている。
セドリックは今度は素直にそれを受け取った。
「これからよろしくね、セド」
「ああ」
短く素っ気ない返事。
私を信じてなんていないだろうけれど、差し出した手を弾く事なく、握り返したセドリックにほっとして、私は悪役令嬢の仮面が外れた事にも気づかずに、普段通りに微笑んでいた。
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