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23.悪役令嬢としてできる事。

 師匠の家を飛び出した私は、王城の敷地内のハズレにひっそりと存在する小さな東屋の中に逃げ込んでいた。

 ここは昔から私の安息地帯だった。

 女の子は大変だから、とメアリー様がお父様にも内緒でこっそり用意してくれた私だけの秘密基地。

 家にいたくない時、気が乗らない勉強から逃げる時、考え事をしたい時、私はいつもこの場所で一人で泣いていた。

 ここには目眩しの魔法がかけてある鍵を持っていないと入って来れないから、人に見せたくない自分でいても許されたから。


 最悪だ。

 私は膝を抱えてぐすぐすと無様に泣く。

 かっこいい悪役令嬢は絶対こんな事をしないのに、溢れて来る涙が止められなくて顔を伏せる。


「……どうして?」


 沢山の分岐点が存在する乙女ゲームの世界。

 お兄様との関係性だって変えられた。だというのに、一番変えたいところは変わらないというの?


「ただの悪役令嬢(キャラクター)が、運営(神様)の作ったシナリオを変えるなんて、無理……なのかな?」


 自分が転生者なのだと自覚してから、ずっとずっと頑張ってきた。

 なのに、このままでは私は誰も守れない。


「……うぅっ……ぐすっ」


 とにかく考えなきゃ、と思うのに思考が上手く働かない。

 これからどうすればいいのかわからずに、私は情けなく膝を抱えたまま動けずにいる。

 何が最高の悪役令嬢だ。泣き崩れるだけなんて、ただの子どもじゃない。

 自分の無力さを噛み締めていると、


「きゅーきゅ」


 聞き覚えのある鳴き声がした。


「……スイ?」


「きゅー」


 音もなくどこからか現れたスイが控えめな声を上げる。

 最近スイの行動範囲が広がったと思っていたけれど、魔法省を抜け出してこんなところにまで散歩に来ていたらしい。

 この不思議なスライムには、目眩しの魔法が効かないのかしら? そう思いながら私はスイに指先を伸ばす。


「きゅきゅきゅー」


 ぴとっと私の指先に体を寄せて、小さく鳴くスイ。餌をねだる時とは、まるで違う声。


「心配、してくれるの?」


「きゅー」


 差し出した私の手にぴょこんと飛び乗ると、肯定するかのようにプルプルと半透明のカラダを震わせる。

 するとほんのりとスイが熱を帯び、手のひらを温める。


「ふふ、あったかい。カイロみたい」


 この世界にはない、前世で使っていた便利アイテムの名前を思い浮かべて、私はくすりと笑みを漏らす。


「……"カイロ"と言うのは、新しい魔道具の名前かな?」


「ロア……様、どうして?」


 落ちてきた声に驚いて、私は目を瞬かせる。

 目が合った濃紺の瞳が、優しく笑う。


「リティー、みーつけた」


 まるで、かくれんぼをしているときの終わりの合図のようにそういったロア様は、


「セザールが心配して探していた。きっとリティーならここにいるんじゃないかと思って探しに来たんだ」


 ロア様はストンと私の隣に腰を下ろすと、いつもみたいに可愛い笑顔で微笑んで、


「ハンカチどうぞ」


 私にきれいな刺繍入りのハンカチを差し出してくれた。


 お兄様に聞いて探しに来てくれたと言うロア様は、だからといって帰ろうと促すわけでも誰かに知らせを送るわけでもなく、ただ隣に座ってスイと戯れていた。


「私が一番にリティーを見つけられると自負していたんだけど、今日はスイに先を越されたな」


「きゅー」


 スイがロア様の手の中でどやーと声を上げる。


「ふふ、スイはリティーが好きなんだね」


 私と一緒だとニコニコ笑うロア様はスイを指で突きながら、


「まぁ、リティーの"一番"は私だけど」


 とスイに話しかける。


「きゅゆ!? きゅきゅきゅきゅーー!!」


 ロア様の言葉に猛抗議を上げるスイ。


「あははー何言ってるかさっぱりわかんない」


 そんなスイを見て楽しげに笑うロア様。


「きゅーー!」


 ぴょんぴょん跳ねて怒るスイ。


「まぁ、事実だから」


 スライム相手にキラキラした笑顔で応対するロア様。


「きゅーきゅ、きゅ」


 それに対し拗ねたような声でスイは反論する。

 会話が成立しているのかいないのか全く分からないのだけど、とりあえず私に言えることは一つだけ。


「尊いっ」


 ロア様とスイ、めちゃくちゃ可愛いな。

 というかこの1人と1匹はいったいいつ知り合ったのか?

 疑問は尽きないのだけれど、映像記録水晶を師匠の家に置いて来てしまった私にはスチルとして残すことができないので、可愛いを堪能しつつ脳内メモリーにその光景を焼き付けた。


「ロア様は、どうやってここに?」


「んー内緒」


 しぃーっと人差し指を唇に当てて小首を傾げるロア様はとにかく可愛いくて、私は素直に誤魔化される事にした。

 思い返せば、私は"かくれんぼ"でロア様に勝てた事が一度もない。


「ロア様、実は暇なんですか?」


「ふふ、そうだねぇ。最近リティーが遊んでくれないから暇だねぇ〜」


 ねぇ、と小首を傾げてスイをふにふにと押して遊ぶロア様。


「コレ私も一匹欲しいなー」


「残念ながら、増産予定はございません」


 スイがスライムらしく分裂でもすれば別だけど、と心の中で付け足して私はクスリと笑みを漏らす。


「ロア様は"かくれんぼ"得意ですね」


「リティーがかくれるの下手なんだよ」


 ふふっと楽しそうな声で笑うロア様を見て、私は彼のお嫁さんになりたいと思った日の事を思い出す。

 人よりずっと恵まれている環境にいるはずなのに、それを自覚することのなかった前世を思い出す前の私。

 沢山のモノを与えられていたのに、それでもどうしようもなく、泣き叫びたくなる衝動に駆られる日があった。

 私を通して、別の誰か(お母様)を見ているお父様。

 言葉を交わす事さえない、お兄様。

 ワガママ放題の私の陰口を叩きながら、適当に宥めすかす周りの大人達。

 沢山の人がいる広いお屋敷のなかで、ひとりぼっちで、空っぽの自分と向き合う恐怖と虚無感。

 私は"寂しかった"のだと今なら分かる。

 どこまでが許されるのか知りたくて、困らせるみたいに突然ふらっといなくなる私。

 だけどお屋敷のみんなはお父様も含めて本当の私の事をよく知らないから、私がどこに隠れても誰も私を見つけてくれない。

 何をしても怒られないのは、私が全く期待されていないから。

 どんなわがままも通るのは、私が何の影響力もない愛玩動物と変わらないから。

 本当の意味で誰にも愛されていない、まるで中身のない人形のような(リティカ)

 それに気づいたのは、いくつの時だっけ? 

 はっきり言葉にできないくらい幼かった私は、それでもこれから先もそれが続くのかと思うと目の前が真っ暗になった。

 いっそのこと、誰も私のことを知らないどこかに行ってしまえたらいいのに。

 そんなことできるわけない私にできたのは、結局いつも通り隠れることだけだったのだけれど、そんな私の事をロア様はいつだって見つけ出してくれた。

 いつも、どこに隠れても、必ず今日みたいにリティカ(わたくし)を見つけてくれる。

 そして、無理矢理連れ戻す事はなく、いつも側で私が動き出すのを待ってくれているのだ。


「……やっぱり、ロア様が見つけるのがお上手なのだと思いますわ」


 と言いながら私は隣に座るロア様に寄りかかる。

 そんなロア様だから、私は好きになったのだ。

 ロア様が私の事を好きでなかったとしても、少なくともロア様は私自身を見てくれる。それで充分だった。

 だから、家門の力で後ろ盾になってあげたくて、お嫁さん(王太子妃)になりたいと思ったのだ。ロア様の地位を確立させられるのは、自分しかいないと勘違いして。

 前世を思い出せて本当に良かったと、今なら思う。


「……私、ロア様を幸せにしたいです」


 この婚約(私とロア様の関係)は人生上は間違いだったけれど、ゲーム的には正解で。


「リティーが私を幸せにしてくれるの?」


 お邪魔ムシの悪役令嬢は王子ルートではヒロインと攻略対象(ロア様)を結びつけるキューピットだから。

 私は、悪役令嬢である事を誇りに思う。


「ええ、もちろんですわ」


 ロア様の幸せもヒロインの活躍も見たいと願う欲張りな悪役令嬢の私は、年頃になったら正しく彼から婚約破棄されるのだ。

 だから、やっぱり王子ルート以外は潰さなくてはと改めて決意する。


「ロア様、いつも私のワガママに付き合ってくださりありがとうございます」


「さて、何のことだろう?」


 くすりと笑う、ロア様はいつもと変わらない口調でそういった。


「あ〜もぅ! ロア様、優しさの塊かっ! ロア様は優しさと可愛いでできてるの? 尊いが過ぎる」


 私の王子様可愛い、推せる要素しか見当たらないと私はクスクス笑う。


「あはは、リティカは時々意味不明な言葉を口にするね」


「いえ、結構真面目に言っているのですけれど」


 分かったようなフリをして、上辺を撫でた言葉を口にすることもなく、そこにいてくれる誰か。

 私はロア様のその優しさに何度救われたか分からない。

 だから。


「私、ロア様が大好きですよ」


 いつか悪役令嬢である私はロア様に嫌われてしまうのだけど、きっとリティカ・メルティーはずっとロア様の事をヒロイン共々推し続けるんだろう。


「……知ってるよ」


 窓から差し込む月の光に照らされて、ロア様の蜂蜜色の金糸がキラキラと輝く。眩くて尊い、私の可愛い王子様。

 彼をはじめとした私の"大好き"を守るためならば、私は喜んで悪事に手を染めようと思う。

 だって、きっと悪役令嬢にしかできないこともあるでしょう?


「ロア様、カラスを一羽貸してくださる? お父様にもお兄様にも内緒で」


「今度は何をするつもりなんだい? リティー」


「ふふ、大した事は致しませんよ?」


 私は藍色の瞳を覗き込んでイタズラを企む子どものように笑う。


「ちょっと、人を攫って(探して)こようかと思いまして」


 ゲームの知識を持っている悪役令嬢にしかできないこと。

 それはきっと、シナリオを歪めるために必要なこと。


「それは、リティカがしなきゃいけない?」


 訝しげな視線をよこす、ロア様に笑顔でうなずくと、


「大丈夫。リティカはいつでもロア様の味方です」

 

 シナリオ通り、あなたにこの国から追放されるその日までと心の中で付け足して、私はロア様にそう誓う。


「危ない事はダメだよ?」


「危なくないように、カラスを貸して頂きたいのです」


 言い出したら聞かない、ワガママな婚約者の申し出に少しだけ思案するように宙を仰いだロア様は、


「ちゃんとおうちに帰ること。約束できる?」


「当たり前じゃないですか、私の居場所はここにしかないのですから」


 私はロア様に小指を差し出す。


「はぁ、リティーは言い出したら聞かないから」


 この間のお詫びにとロア様は指切りをしてカラス(私兵)を貸してくれる約束をした。

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