22.悪役令嬢の失敗。
お兄様との関係が変わったと言うのなら、私が断罪イベントの日を迎え、この国を去る日が来てもお兄様は味方でいてくれるかもしれない。
そうだと、いいなぁと心から思う。
国外追放のための準備は学園に上がる前から始める予定だし、断罪イベントが起こらないように手を尽くし、穏便に国外追放されて出て行くつもりではあるけれど、公爵令嬢の身分を剥奪されてしまったら色々と問題が生じるのだ。
マリティに身柄を移す時の手続きとか。
国外で家を買うときの保証人問題とか。
平民となった女の子が成人するまでの私財管理を含めた後ろ盾の確保とか。
私にベタ甘のお父様とかお父様とかお父様とか。
「……なんだよ」
チラッと私の方を見たお兄様は、写真は撮らせないからなと呆れたような顔をする。
悪役令嬢と仲良しならばそのライバルと恋に落ちる事もないでしょう。
「ふふ、私お兄様とは末永く仲良くいたします」
悪役令嬢の兄なんて大変ね、と心の中で付け足しながら、国外追放される時の協力はお兄様に頼もうと私はお兄様にロックオンした。
「そう言えば、私に御用とは何だったのです?」
首をかしげる私に、黙ったままのお兄様。
「セザールの目的はもう達成してる。それよりもリティカ、コンテストの話をしてもいいか?」
助け船を出すように師匠がそう言って話題を変える。
お兄様の目的って、お茶しかしてませんけど? と思いつつ、コンテストの進捗状況については気になっていたので、是非にと話の続きを促す。
「応募の数がかなりあるんだよなぁ。金に糸目をつけない企画なんてそうそうあるものでもないしな」
100億クランはかなりインパクトが大きかったようで、魔術師たちのやる気と興味を掻き立てた。
結果、魔物の討伐のために実践的な武器から道中野外で快適に過ごすための便利グッズまで多彩な応募があったらしい。
私では絶対思いつかないようなアイデアの数々を眺めつつ、魔術師達の自由な発想に脱帽する。
「で、実際使う事になる騎士団の連中とも話しつつ、討伐に出向く上で有用性、有効性の高いモノに限定していくつか秋の討伐で実際使ってみることにした」
「秋の……討伐?」
「秋は魔物の繁殖時期だからな」
秋の討伐なんて、来月の話じゃないと私は驚いたように目を見開いて、
「……そんな簡単に魔道具が作れるわけ」
ないのよ、普通は。
だって、研究にも試作にもお金がかかる。だから私はアイデアだけでも応募可にしたのに。
「いつもは鬼の形相で首を横に振る財務大臣が、レアな材料に関しても何故かあっさり申請を通してくれたんだよ。不思議なことに」
驚く私に不思議そうに首を傾げる師匠。
「へ? 予算要求に厳しい財務大臣が……ですか?」
「ああ、今回だけという特例措置で」
お前の企画だから親父さんが圧かけたんじゃね? などと師匠は言うが、私が知る限り仕事が絡んだときのヴァレンティ侯爵はお父様の圧に負ける人ではない。
と言うことは、もしかして例の件で、私にできた借りを重く受け止めて融通してくれた?
「みんなやる気だからあっという間に試作品だらけ。これは折良く討伐あるし、現場で試すしかねぇな、と」
秋の討伐で試してグランプリを決める事になったと師匠は驚く私に報告する。
「……まさか、師匠も討伐に出向く気じゃないですよね?」
「行くに決まってるだろ、審査員だし」
そうでなくともこんな面白そうな現場出向かないわけないだろうとさも当然のように魔道具オタクの師匠は言い放つ。
……ヴァレンティ侯爵、余計な事をっ!!
と私は、盛大に舌打ちをしたくなるのを抑え、
「身重の妻を置いていくなんて、愛妻家の風上にもおけませんよ!」
私はそう言って、師匠の参加を引き止める。
「エリィならもともと実家に帰る予定だったから問題ないぞ」
「そうですねぇ、私の生家は北の地の辺鄙なところにあるので、移動するなら今時期ぐらいでないと。下手したら、もう雪がちらついてる可能性もありますし」
「へ? 北……の地?」
冬物の準備をしなくてはと言うエリィ様。
あの時は、白昼夢で見た師匠の格好からまだ時間があるのだと思っていた。
だけど、あの日見た白昼夢は王都での出来事ではなく、北の地で起きる光景なのだとしたら?
「絶対だめっ!!」
私はとんでもない読み違いをしていたのだということにようやく気づく。
「リティカ?」
訝しげな声で師匠から名を呼ばれ、私ははっと我に返る。
「……だ、だって……そんな……急に」
まだ師匠やエリィ様を王都に引き止めるための準備ができていない私は、言葉を紡げずにいい淀む。
エリィ様が身ごもっているのが双子だと知ったのも今が初めてだ。双子であるならば、私が思っていた以上にお腹が大きくなるのが早いのだろう。つまり、あの白昼夢で見た日は、私が想定していたよりもずっと早く訪れる。
どうして気づかなかったの?
きゅっと、己の浅はかさや情報収集能力の低さを後悔しつつ、私は唇をかみしめる。
「リティカ、コレはお前が口を挟めるようなことではないんだ。そもそも師範は」
「それでも! それでも私は……」
私は私を嗜めるお兄様の言葉を叫ぶように遮る。
脳裏にはあの光景が浮かぶ。エリィ様が棺に横たわり、泣き崩れる師匠の姿が。
「……リティー様?」
不思議そうなエリィ様の声に私は拳を握りしめる。
絶対に行かせるわけにはいかない。
「……双子の出産とはすごく大変なものだと聞きます。それなのに、この時期に師匠が討伐に出向く必要ありますか?」
「だから、エリィの実家に」
「エリィ様にしたってそんな辺鄙な地にわざわざ行かなくても人手が必要なら、公爵家に来たらいいじゃないですか。乳母でも専属の使用人でも産婆さんでも、お医者さんでも、薬師でも、私が全部手配しますから」
それなのに何の策も思い浮かばない自分が情けない。
「……だから、2人とも行かないで」
どこにも行かないで、と私は大粒の涙をこぼしながらそう懇願する。
「リティカ、いくら寂しくてもそんなふうに言ってはいけない。師範も奥方も困ってしまうだろう? 師範達を困らせてはいけない。それに師範が討伐についていくのはいつものことだし、師範ならすぐにお戻りになられる」
「そんなの……そんなのわからないじゃない!」
私はそう言って、お兄様の言葉を否定する。
「絶対に"大丈夫"なんて保証、どこにもないじゃない!」
師匠は強い。
そうでなくとも攻略対象なのだから、本編開始前に死ぬ事はないだろう。
だけど、エリィ様は……。
運営の作ったシナリオは分からない。だけど、そこに持って行こうとする強制力のようなモノを感じて私はゾッとする。
『すぐに帰ってくるから、いい子で待っていてね』
ゲームで見た光景が、私の頭の中で勝手にリプレイされる。
お兄様にその言葉を残していなくなったのは、私と同じコスモス色の髪をした、優しく微笑む綺麗な女性。
「だって、お母様は……王都に帰って来れなかったじゃない!!」
これは私の記憶ではない。
私が覚えているわけがないのだ。
なぜなら、お母様は私が物心つく前に亡くなっているのだから。
それなのに、お母様の顔や声が私の中に刻み込まれたようにはっきりと浮かんで来て、消えてくれない。
「……私の、せいで」
私を産まなければきっともう少し長く生きていられただろう、お母様。
生きていたらきっとその才で様々な魔術式を構築し、魔法文化をさらに発展させただろう国の有能な人材。
私が奪ってしまった、お父様とお兄様の大切な方。
「リティカ!!」
お兄様の悲しげな瞳と目が合ったけれど、私はまともに見ることができなくてすぐにそらす。
「……っ、ごめん……なさい」
自分でも何に対しての謝罪なのかわからずそう口にして、私はまともに見れない3人に背を向けて飛び出すように師匠の家を後にした。
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