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21.悪役令嬢は揶揄いに弱い。

 私とお兄様の攻防を微笑ましげに見守っていたエリィ様に促され、場所をきれいな花で溢れる温室に移した私達はまったりとお茶を呑む。


「はぁぁぁー、おいしすぎる」


 口いっぱいに広がる幸せを噛み締めて、私はそんな感想を漏らす。


「お前、自分家で頼めばいくらでも高級菓子食べれるだろう」


「わかってないですねぇ、師匠。自分で作ることに意味があるんですぅ」


 びしっとフォークを師匠に向けた私に、


「リティカ、行儀が悪い」


 とお兄様から指導が入る。

 少し前の私なら、きっと頬を膨らませて駄々をこねたのだろうけれど。


「失礼いたしました」


 お兄様の指摘通り私は姿勢を正し淑女らしい仮面をつけて微笑むと、教本通りの所作で紅茶を口にする。

 まぁやりたい放題やってきた私ですが、前世の記憶を取り戻してからは真面目にマナーレッスンもやってるのですよ? 今では王妃様であるメアリー様に褒められるレベルだ。

 どや〜っと内心で胸を張りながら、上品に焼きりんごを食べていると、


「リティー様、我が家でくらい気を抜いてくださっていいですよ?」


「リティカの本性など割れているんだから、このメンバーで今更気取る必要もないだろ」


 大人2人が次々にそんな事を口にする。


「師範、リティカを甘やかしては」


「お前もだ、セザール」


 師匠は静かな口調で、お兄様の言葉を遮ると、


「ガキはガキらしくしていろ」


 そっけなくそう言って、紅茶を静かに飲み干した。


「ふふ、イーシスは"大事なのはオンオフの使い分けで、息抜きすることも大切。素直に大人に甘えてくれていいんですよ"って言いたいんですよ」


 イーシスは少しひねくれているのでわかりにくいかもしれませんけど、とエリィ様が先程の師匠のセリフを通訳してくれた。

 あの素っ気ないセリフをこうも好意的に解釈できるなんて、エリィ様神過ぎるわと思いつつ、師匠の顔を見るにあながち間違っていないのだと悟る。

 ああ、でもそうかもしれない。精神年齢が成人オーバーの私はともかく、お母様が亡くなってからのお兄様には今まできっと気の抜ける居場所などなかったのだ。

 公爵家はもちろん、結果を出さねば生き残れない魔法省でも。まだたった11歳の線の細い男の子だというのに。


「そういうわけには」


「……いいではありませんか、お兄様」


 断りかけたお兄様に待ったをかけた私は、ほんの少し所作を崩し、笑いかける。


「年長者の方のご意見は聞くべきですわ。それが信頼できる大人の言葉なら、なおさら」


 もしも、ヒロイン(ライラちゃん)がセザールルートに行ったなら、きっと最愛の人と結ばれてお兄様は幸せになれるんだろう。

 きっと今までの苦労も葛藤も心の中から吐き出して。

 だけど、悪いわねお兄様。悪役令嬢である私が物語を操作して王子ルートを目指す以上、そんな未来は来ないのよ!


「と、言うわけで。私、今からお兄様のことを甘やかそうと思います」


「は?」


「何なら溺愛します!」


「はぁぁぁ!?」


 私の宣言にお兄様は思わず大きな声を出す。お茶会の席で大声を上げるのはマナー違反ですわ、なんて堅苦しいお話は置いておいて。

 そもそも論として、お兄様はヒロインと結ばれなくてもかなりの優良物件だと思う。

 この国唯一の公爵家嫡男という血筋と権力。

 幼少期から魔法省入りできる実力者。

 何より攻略対象なので、顔がいい!

 そんなお兄様のマイナスポイントを挙げるならば、悪役令嬢付きってことくらいだけど、それにしたっていずれは国外追放されて私いなくなりますし。

 うん、ヒロインじゃなくとも婚約者のいない優良物件など、普通に引く手数多。相手選びたい放題ですね。

 なので、どう考えてもモテキャラなお兄様を甘やかしてくださる方がいないのなら、そんな運命の相手に出会うまでここは(精神年齢が)大人である私が甘やかせばいいのだわという結論にいたった。


「お兄様も甘やかされたかったんですね。わかります」


「全然違う」


 冷ややかな視線と共にキッパリそう言い切るお兄様。

 ふっ、突っぱねてますけど、リティカ(わたくし)には分かっております。

 お兄様照れてらっしゃるんですね。お兄様ツンデレだから。


「何を考えているのか当てたくないんだが、とりあえず違う」


「まぁまぁ、そう言わずに。はい、あーん♪」


 私は使っていなかった方のスプーンで小さく切り分けた焼きりんごにアイスをつけてお兄様に差し出す。

 一瞬、面食らったような顔で私と差し出されたスプーンを見て、紫暗の瞳をパチクリと瞬かせたお兄様は、盛大にため息を漏らす。


「アイス、溶けちゃいますよ?」


 私は怒られないのをいい事ににこにこにこにことゴリ押してみる。

 まぁ流石にいきなり"あーん"はハードル高かったかしら?

 仕方ないな、と下げようとしたところで身体をこちらに寄せたお兄様が、私の手首を掴むとそのまま一口で焼きりんごを食べてしまった。


「もうやらないからな」


 指先で口元を拭うお兄様の仕草に、この年にしてこの色香、イケメンって幼少期から何をやってもイケメンなんだなぁとしみじみ思った私は、


「今のもう一度お願いします」


 ワンモアプリーズとカメラを取り出して真剣な顔でおかわりを希望する。


「話を聞け、そしてカメラをしまえ」


「もう、カメラで定着するなら映像記録水晶なんて長い名前付けなきゃよかったじゃないですか! 減るもんじゃないし、もう一回くらいやってくれたっていいじゃありませんか?」


「ヤダ。お前その写真どうする気だ!?」


「布教活動と資金稼ぎに使うだけですぅー! 悪用しませんからぁ〜〜」


「悪用する気満々じゃないか!!」


 ギャーギャーと2人して騒いでいたら、


「ふふ、お二人は本当に仲がいいですね」


 とエリィ様から声がかかる。


「仲が、良い?」


 私とお兄様が?

 キョトンとする私に、


「ええ、とっても。この子たちもリティー様たちのように仲良しになって欲しいですわ」


 そう言って、随分大きくなったお腹をそっと撫でるエリィ様。

 そんなエリィ様を見ながら私の脳内に、ある光景が浮かぶ。それは今から6年後、この世界で本編が始まった頃のリティカの記憶。


『学園で話しかけてくるなよ』


 祝いの言葉ひとつない、冷め切った兄妹関係。


『俺がお前を助ける事は無い』


 その宣言通り、お兄様は断罪される私のことを気に留めてくださった事は1度たりともなかった。

 誰1人、味方のいない悪役令嬢。

 孤立無縁のリティカ・メルティー。


「どうした、リティカ?」


 そう言って心配そうに向けられた優しい声と紫暗の瞳に、私の意識ははっと現在に戻る。


「どこか具合でも悪いのか?」


 そう言って私に伸ばされた、私より大きな手。


「無理をするな。また倒れても困る」


 そっけないその言葉と優しい手つきには、私に対しての愛情が感じられる。


「お兄様と私、仲良し?」


「……であれば、いいとは思っている」


 そんな言葉と共に歩み寄りの姿勢を見せてくれたお兄様。

 ああ、違うのだ。

 ゲームのリティカ(悪役令嬢)と今ここにいるお兄様の妹(わたくし)は。

 私は両方に手を当て、自分の頬が熱を持つのを感じる。


「どうした、顔が赤いが」


「ちがっ、別になんでもございません!」


「ふふ、リティー様照れてらっしゃる」


 可愛らしいとエリィ様に微笑まれ、なおさら頬に熱が集中する。


「みやぁーー! い、言わないでくださいまし」


 からかうのはいいけれど、からかわれるのには慣れていないのよ。

 恥ずかしさと嬉しさと照れで感情をもてあました私は、ううっと呻き声を上げつつ、気持ちを落ち着けるように紅茶を口にした。

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