20.悪役令嬢と撮影イベント。
時間はあっという間に流れていき、世界はすっかり秋色に染まっていた。
秋、といえばおいしいもので溢れる季節なのは、前世でも今世でも変わらない。
「わぁ〜すごくいい匂い」
おいしい予感しかしない匂いを前にワクワクが抑え切れない私に、
「本当ですね。綺麗に焼けてます」
おやつにしましょうか、とエリィ様が笑う。
エリィ様がオーブンから取り出してくれたのはアップルパイ……ではなくて、丸ごと焼きりんごだ。
うん、我ながらいい出来! と満足気に眺めつつ私はここに至るまでの苦労を回想し遠い目をする。
料理を習いたいと言った私にエリィ様は驚いた様子だったけれど、すぐに快諾してくれた。
ちなみに報酬は断られたけれど、泣き落としてなんとか雇用契約に持ち込みました。さすが私。
アップルパイは初心者にはハードルが高すぎて、消し炭に。
クッキーやカップケーキなど簡単なお菓子にも挑戦したけれど、私が作ると何故か違う物体と成り果てた。
ちなみにそれらは全てスイが平らげたので証拠は隠滅済みだ。
「ふわぁぁーー!! ようやくまともに食べられそうな一品がっ」
師匠に作ってもらった魔道具で簡単に芯をくりぬいて、分量を計ってもらった砂糖とバターと蜂蜜を入れて、エリィ様に調整してもらった温度で焼いているので失敗しようがないのだが、今までが今までなだけに感動もひとしおだ。
「ふふ、リティー様とってもがんばりましたもんね」
手際よく焼きりんごを切り分け、センスよく皿に盛り付けながらエリィ様は優しく笑って褒めてくれる。
料理のセンスが壊滅的な私に対し、叱ることも投げ出すこともせず、今日も付き合ってくれているエリィ様。まじで女神すぎる。
「ふふ、今日は特別にアイスも乗せちゃいましょうか!」
「さすがエリィ様! わかってらっしゃる」
聖母だ! 聖母がいらっしゃると私は肩を震わせ、目を輝かせてそう叫ぶ。
アップルパイのバニラアイス添えがあれだけ美味しいのだ。
焼きりんごにアイス! 最強すぎる組み合わせに私の期待値が跳ね上がる。
「なんだ、珍しく成功してるじゃないか」
そういって顔を覗かせたのは、この屋敷の主人である師匠だった。
エリィ様は魔力がなく、魔法はもちろん自力では魔道具が一切使えない。だから料理を習うにあたり、場所はエリィ様が使い慣れたもので溢れている師匠の屋敷のキッチンをお借りしているのだけれど。
「いいタイミング。ちょうど紅茶を淹れたの。イーシスも一緒に……あら、セザール様」
「……お兄様?」
師匠の後にいた人物に、私は驚いて目を丸くする。もちろんお兄様も師匠に師事しているし、一緒にいること自体は珍しくもないのだけれど、魔法省以外の場所でこの2人が連れ立っているところを私はあまり見たことがない。
エタラブ本編ですら、この2人は基本的に一緒に行動していないのだ。
お兄様は基本的に自立型で、無駄なことはしない主義だし。
「リティカに用があるんだと。だから連れて来てやった」
私の視線を受けて師匠は簡単に状況を説明する。
ああ、なるほど。
だから私服なのですね、と私は納得する。それにしても、と私はお兄様の本日の衣装をマジマジと見る。
全身黒で統一し、秋物のコートを羽織りブーツを履いているだけなのに、凛とした佇まいから気品が溢れていて目を引く。
さすが攻略対象。足長っ。スラリと伸びた脚線美の破壊力がヤバい。私のお兄様かっこよ過ぎじゃないでしょうか!?
「……なんだよ」
しまった。私とした事がまじまじと無遠慮に見過ぎましたわ。
だって、お兄様お家では相変わらずほとんど話しかけてくださらないし、映像記録水晶が完成してしまった今、お兄様との接点ってなかなか持てないのですもの。
眼福〜って欲望のまま美少年ウォッチングをしたって許されると思う。
ものすごく仲が良いわけではないけれど、私これでもお兄様の妹ですし。
「本日は休暇をお取りと伺っておりましたが、私に何のご用ですの? お兄様」
コホンとわざとらしく咳をして私はお兄様に笑顔を向ける。
お屋敷ではなく、わざわざ外でしなくてはならないお話。
私には心当たりがないので、お兄様の出方を伺うしかないのだけれど。
「リティカ……その」
口を開いたお兄様は、珍しく言い淀む。私は首を傾げて、続く言葉をじっと待っていたのだけれど、全然言葉が出てこない。
「お兄様?」
促しても沈黙のまま、お兄様の紫暗の瞳は躊躇いの色を浮かべる。
お兄様の性格からして私に急ぎの案件ならさっさと言って済ませるだろうし……本当に一体どうしてしまったのかしら?
お兄様がここに来た理由が全くわからなくて、私は首をひねったあと焼きりんごの存在を思い出し、ポンと手を叩く。
「そうだ! お兄様、一緒に食べませんか? 今からお茶をするところなのです」
このままではせっかくの熱々焼きりんごも冷めてしまうし、アイスが溶けてしまう。
急ぎでないなら、話を聞くのは食べた後でもいいでしょう。
そんな結論に至った私は、お兄様をお茶に誘う。
「……いい、のか?」
驚いたように目を見開いて私にそう尋ねるお兄様に、きょとんと私は首を傾げる。
「……? 焼きりんごはお嫌いですか?」
いや、まぁ確かにお屋敷で一緒に過ごすことが少なく、セザールルート未プレイの私はお兄様の好みを把握していないけれど。
この美味しそうな匂いに抗える人間なんているだろうか? 否、いない!!
「……嫌い、じゃない。ただ、リティカから茶に誘われる日が来るとは、思わなかっただけだ」
ふいっと照れたように視線を逸らしたお兄様。
あぁ、うん。つまり好きってことですね、このツンデレさんめ。尊いかっ!!
ふっ、と口元を緩めた私は映像記録水晶を取り出すと、そのままお兄様を激写した。
「バカ、やめろ」
「えー嫌ですぅ。だってお兄様可愛いんだもん」
私は悪役令嬢ですよ?
尊い対象の貴重なデレを前にスチル回収せずに何をしろとおっしゃるの?
ってわけで、嫌がるお兄様に親指を立てつつ私はイベント会場よろしく撮影会を強行したのだった。
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