閑話2.妹と厄介な婚約者。【後編】(セザール視点)
100億クランの稼ぎ方。
リティカ個人が支払うと明言したが、どうせ父に鉱山の1つでも強請るのだろうと思っていた。
自分の名義にしてしまえば、確かにリティカが払ったことになる。
研究資金を滞りなく支払えれば、誓約魔法は解除されるだろう。
あとあと冷静になって考えてみれば、やりようはいくらでもあるかと俺は軽く考えていた。
「きゅきゅーい」
そんな奇っ怪な声とともに、ぴょんぴょんと跳びはねる青いゼリー状の塊が、突如俺に体当たりをしてきた。
なぜか簡単な初級ポーションの生成に失敗するリティカが、その失敗の過程で生み出した謎の物体……リティカはスライムと呼んでいたスイが、きゅーっと鳴いて俺に存在をアピールする。
師範は使い魔の1種だろうと言っていたが、何をどう想像したら、こんな変な生き物が生み出されるのか、一度リティカの頭の中を覗いてみたい。
「なんだ、お前また脱走してきたのか? 悪いが、俺は失敗ポーションなんて持ってないぞ?」
失敗したポーションどころか、リティカが生成に失敗した解毒薬や火傷治しなども全てきれいに平らげるスイは、悲しげな声できゅーと鳴く。
今日はリティカが王妃教育のため登城しているから、魔法省に来ていない。そのためスイは腹が減っているのだろう。
「仕方ないなぁ、実験室に多分リティカの失敗した諸々の薬品が置いてあったはずだから、取りに行くか」
「きゅきゅー!!」
言語理解ができるらしいこの使い魔はぱぁぁぁーと表情明るくして、嬉しそうにそう鳴く。心底嬉しそうな喜び方がリティカにそっくりで、俺は思わず笑い出す。使い魔も飼い主に似るらしい。
スイを肩に乗せ、くるりと踵を返したところで、
「それが、噂のリティカの使い魔?」
聞き慣れた声が俺の事を引き止める。
「あなたがここに来るだなんて、珍しいですね。ロア様」
そこにいたのは、この国の第一王子で妹の婚約者であるロア・ディ・クレティア様だった。
「久しぶり、セザール。ほら、今日はリティカが登城をしていて、ここにはいないだろ? 魔法の修練を行うのにうってつけの日だと思って」
ロア様は無邪気そうな顔をしてそう言うと、躊躇わずに手を伸ばしスイの事を捕まえる。
「きゅい!?」
「なるほど、確かにこれは珍しい。ずいぶんと、奇っ怪な生き物で、複雑な魔法を宿しているようだ」
スイは実はかなり逃げ足が速い。魔法省の魔術師ですら捕まえるのに、苦労するレベルだ。それをいともあっさり捕まえた。
「猫かぶりはやめたんですか? ロア様」
うちはこの国で唯一生き残った公爵家だ。当然、うちの派閥は陛下をそしてひいては第一王子であるロア様を推している。
歳近いこの王子との交流はそれこそ彼が生まれた時からの付き合いで、俺はロア様ができないフリをしている理由も含めて知っている数少ない人間だ。
もちろん、引く手数多の彼が何故リティカを婚約者としているのか、その本当の理由も知っている。
「王太子になるつもりがないのは、変わらないんだけど。まぁでも、いずれにしても選択肢は増やしておこうかなって」
もちろん、リティカにバレないように、と可愛い顔とは裏腹に不敵に笑う。
彼の本性を知ったらリティカは何と言うだろうか。
そう思ったら、なぜか胸の奥に重く苦い感情が湧く。
妹の婚約に口出しをするなんて、今更すぎるのはわかっているが、できたら早々にこの婚約は取り止めた方が良いのではないかと最近のリティカを見ていてそう思う。
このまま順調に歳を取り、いずれロア様に嫁いだとして、リティカが王妃になることもなければ、彼から信頼され愛される日が来ることもない。
たくさんの時間を投資して、王妃教育も魔法学の勉強もがんばって、武芸まで磨き始めたリティカ。
でも、そんなリティカの努力が実る日は、来ないのだ。これから先、リティカがどれほど努力を重ねたとしても。
「……いっそのこと」
早々に彼が目標としている王太子にならないための道筋を整えて、婚約破棄に持ち込めれば、リティカは自由になれるのではないだろうか?
王妃になれなくてがっかりするかもしれない。
好きになった相手に振り向いてもらえなくて泣くかもしれない。
だけど、それ以上に利用され都合よく使われているのだと、リティカが気づくより前にロア様から妹を取り返せたら。
一時の淡い感情など忘れさせ、リティカは魔術師としてこのままここで一緒に研究を続けることができるかもしれない。
俺は、そんなことを考える。
「怖い顔だな、セザール。そんなに堂々と睨みつけてくれるなよ」
メルティー公爵家とはこれから先も長い付き合いになる予定なんだからとロア様が苦笑する。
「俺は、あなたが嫌いです」
「別にそれで構わないさ。お前は好き嫌いなんて短絡的な感情で相手を選り好み、仕事を放棄したりしないしな」
俺の考えや為人を見透かす年下の王子は、本当に似てない兄妹だな、とそう言って静かに微笑んだ。
「ぷーぅきゅ!!」
「スイ、どうした?」
俺たちの間に流れる微妙な空気を感じ取ったのか、それとも単純にロア様に掴まれていることに嫌気がさしたのか、スイは怒ったように大きな声で一声鳴くと体を発光させる。
一瞬、その大きな光に目がくらんだ隙をついて、スイはまんまとロア様の手から逃げ失せた。
「ははっ、面白い生き物だな。って、コレは?」
スイが消えた廊下には、ノートが1冊落ちていた。逃げるときに落としていったのだろう。
「……また勝手に」
拾い上げた俺は何気なくそのノートをペラペラとめくる。そこには見慣れたリティカの筆跡が綴られていた。
「コレ……は」
俺はそこに綴られていた内容に驚き、言葉を失くす。
「どうした、セザール」
ひょこっと横から覗き見たロア様も、驚いた様子で、息をのんだ。
そこに綴られていたのは、俺の知らない王妃教育の内容。
リティカが受けた、暴言と暴行の記録。
『→子どもの自己申告だけでは、証拠としては薄い。判例に当てはめるなら……』
毎度ポーションで証拠隠滅される状況で、どうすれば、コレを証明できるのか?
そこには彼女なりの考察が書いてあった。
『んーそうですねぇ。資金調達、でしょうかね?』
映像記録水晶の用途について尋ねたとき、そういったリティカの声が耳に蘇る。
「……リティカ」
今日は王城で王妃教育を受ける日だ。
もしこれが本当の事だとするならば、リティカは今この瞬間にもヴァレンティ侯爵夫人に鞭で打たれているかもしれない。
「ふざけるな」
そういったのは自分の声ではなかった。
怒りに満ちた、冷たい声。
隣を見ればぞっとするほど冷酷な目をしたロア様がいて、抑え切れない魔力が彼から漏れ出していた。
「ロア様、いけません」
ロア様は生まれながら陛下譲りの強い魔力を持っている。
このままでは手順を無視した魔法を構築し、何もかも巻き込んで全てを無に帰すまで力任せに魔力を暴走させてしまう。
抑えなくては、と俺が無効化するための術式を詠唱するより早く、
「止めるな、命令だ」
たった一言で、俺の発動しかけた魔法を解いたロア様は目の前からいなくなった。
父を始めとした関係者に連絡を入れた俺が現場に駆けつけたときには、ロア様の魔力に当てられたリティカが気を失った後だった。
「リティー! リティカ!! ごめん、本当にごめん。お願いだから、目を開けて……リティー」
何度もリティカの名を呼びながら、泣いているロア様からは暴走した魔力は感じられなかった。
あの状態を自力で抑えたのか、と驚くと同時にまるで大切なモノでも扱うかのようにロア様がリティカを抱きしめている光景に息を飲む。
ロア様にとってリティカはただ単純に都合の良い相手だっただけのはずで。
父と同様にリティカの将来の事など何一つ考えず、リティカに破滅をもたらす存在だと思っていたのに。
「リティカ、ごめん」
心の底から後悔し、リティカにそっと触れるその姿に偽りがあるようには見えなくて。
早々にリティカを取り戻そうと思っていたさっきまでの考えが失せそうになる。
「……リティカを医務室に運びます。ロア様お手をお離し下さい」
俺はそう言って、ロア様に声をかける。
「ダメだ、運ぶなら俺が」
「俺の妹なので、俺が運びます。それに今のあなたでは無理です。鍛え直して出直してください」
バッサリそう言い切った俺は、リティカを抱え上げる。
「セザール……すまない」
「魔力に当てられただけでしょうから、すぐ目を覚ましますよ。リティカは割と丈夫な子なので」
そう言って、俺は歩き出す。
まるで叱られた子犬のように、しゅんと肩を落としとぼとぼとついてくるロア様に俺は淡々とした口調でそう告げる。
「被害がリティカだけで済んでよかったです」
「全然、良くない」
きゅっと唇をかみしめて、フルフルと首を振ったロア様は、
「もっと、強くならないと」
と指先に視線を落とす。
「ロア様」
サボり魔で、やる気なく面倒を回避していたロア様が、そう言ってグッと拳を握りしめるのを見て、俺はクスリと笑う。
「笑うな。次はお姫様抱っこ譲らないからな!」
びしっと、俺に人差し指を突きつけて、そんなことを宣言するロア様。
「……そもそもリティカが倒れるような事態を作るのはやめてもらえます?」
どこに対抗意識を燃やしているんだと苦笑しつつ、俺は少しふてくされたような顔をする妹の婚約者を眺める。
前言撤回。
どうやら妹の努力は報われそうだ。
ほっとしたような、それでいて少し残念なようなそんな感情を覚えつつ、俺はもうしばらくこの2人の関係について静観することにした。
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