閑話2.妹と厄介な婚約者。【前編】(セザール視点)
「いやーだぁ〜」
耳を劈く妹の叫び声に、またかと俺はため息をつく。
妹、リティカ・メルティーはとにかくわがままで癇癪ばかり起こしていた。
だが、リティカを嗜めるものは存在しない。
公爵である父がそれを許しているからだ。それがリティカのためにはならないと、わからない父では無いはずなのに。
こうなってしまったのは、母が亡くなってからだった。
『セザール。リティカの事をお願いね。あなたはお兄ちゃんなのだから』
母は俺によくそんなことをいいながら頭を撫でてくれた。
母は優秀な魔術師ではあったけれど、体の弱い人だった。自分の魔力に身体が耐えられない位。
周囲に反対されてもそれを押し切り、寿命を削ってまで産んだ俺の妹。
母の意向を汲むなら、リティカとは仲良くすべきなのだろうけれど。
「リティカのおねがいをきいてくれないお兄さまなんか、だいっきらい!!」
直接的ではないにしろ、母を殺したと言っても過言ではない、父を狂わせるわがままなこの妹と仲良くできる気がしなかった。
手を離したのは、どちらからだったのだろう?
俺が公爵家を見限ったのか。
それとも、俺が公爵家に見限られたのか。
どちらでもよかった。
気づいたときには父とは埋めようのないほどの溝ができていた。
だから、必然的にリティカとの距離も取るようになっていた俺に、メルティー公爵家での居場所はなかった。
メルティー公爵家嫡男として生まれたとは言え、今の陛下が治めるこの国では長子制は実質崩れていると言っていい。
公爵家を仮に継げなかったとしても、魔法省で魔術師として身を立てる。それだけで俺は生きていける。母から習った魔法は全て、この身に宿っているのだから。
そうやって、関心のないことに背を向けていた俺に、まっすぐと手を向けてきたのは、まるで人が変わったかのように急に魔法を学び始めたリティカ本人だった。
「そんなわけで、お兄様。私と協力プレイしませんか?」
リティカの提案は大抵突拍子もなくて、現実味に欠けるものも多かったけれど。
「コレ実現したら、絶対楽しいと思うんです!」
母譲りの空色の瞳がワクワクと理想を語り、いくら失敗してもめげない妹との時間が、いつの間にか楽しいと感じるようになっていた。
リティカの誕生日。
わがまま放題のリティカが唯一わがままを言わず、自分の誕生日パーティーを開くことも何かをねだることもなく、ただぼんやりと何も写さない空色の目で窓から外を眺め行き交う馬車を見ているだけの日。
その理由を俺は知っていたのに、まだ幼いリティカに声をかけてやることすらしなかった。
そんな俺が今更兄貴面をするなんてとは思ったが、師範がどう見てもリティカに似合わない趣味の悪い髪飾りなんて選ぼうとしていたからつい口を出してしまった。
だから、師範の口車に乗って母が死んでから今まで1度だって祝ってやったことのなかったその日にプレゼントを用意したのは、ただの気まぐれだ。
でも、結局それがその日リティカの手に渡る事はなかった。
「イーシス、早くお医者様!! 急いで!!」
実験の報告書を出しに行っていたせいで、約束の時間に少し遅れて行った俺の目に映ったのは、慌てた様子の師範の奥方と医師を呼びに行く師範の姿。
「何があったんですか!?」
「分からん。セザール、とにかくリティカについていろ」
苦しそうな表情で、ぐったりと意識を失っているリティカ。
「リ……ティ、カ?」
その姿が母の死んだときの光景と重なって。
「リティカ!!!!」
俺は自分でも驚くほどの声で叫んでいた。
『セザール。リティカの事をお願いね。あなたはお兄ちゃんなのだから』
リティカが生まれた日、母に頼まれたその言葉がどうしようもなく、何度も頭の中を駆け巡った。
幸い、倒れたリティカに異常は見られなかった。だが、過保護な父が軟禁のような生活を強いたため、俺がリティカに会う事は難しくなった。
リティカの誕生日に渡す予定だった、かかとの高いミュールは箱にしまわれたまま研究室に置き去りで。
兄である俺がリティカにしてやれることなど、何もなくて。
魔法省の研究室に来ることができなくなったリティカのために、せめてもと思って"映像記録水晶"の開発を進めておいた。
リティカと一緒に試行錯誤しつつ共同開発した魔道具。彼女が欲しいと言ったそれが完成したら、リティカは喜ぶだろうか?
そんならしくないことを思い浮かべながら。
だから突然魔法省に現れたリティカの姿に驚いた。
「第一回、研究費争奪戦☆ 集え! 叡智の結晶グランプリ。開催決定です!」
リティカの突拍子のない提案にも、彼女が俺の用意したミュールを履いていたことにも。
驚き過ぎて目が離せなくなった。
だというのに、資金調達を約束し、誓約魔法を背負った当の本人は俺の心配など気にする様子もなく、楽しそうに笑う。
全く、ヒトの気も知らないで。
いつもみたいに小言を並べてやろうかと思った俺が口を開くより前に、
「お兄様にも期待しています。映像記録水晶素晴らしい出来ですね。私がいない間に完成していると思いませんでした」
そう言って取り出した"映像記録水晶"を手に取って。
「すごく欲しかったんですよ、コレ! こんなに早く手に入るなんて。本当にありがとうございます!!」
心底うれしそうにリティカは笑った。
さすが、お兄様! と褒められて俺は目を丸くする。
その言葉が、相手を利用し懐柔しようとするものではなく、リティカの本心からの言葉なのだと今ならわかる。
それくらい、一緒にいたのだという事実に今更ながら驚いた。
性能実験をしたいというリティカに許可を出す。元々リティカのために開発したモノなのだから俺に異論はない。
まぁ、コレを使った資金調達方法が非常に気になるところだが。
師範が部屋から出ていき、帰り支度を始めたところで、
「あと、このミュールもありがとうございます。お誕生日、お兄様が祝ってくれるなんて思ってなかったから、すごく……ものすごーく嬉しいです」
リティカはそう話しかけてきた。
視線を向ければミュールにつけていた俺が書いたそっけないメッセージカードを手に空色の瞳を柔らかく細めはにかんだ。
「なんでこれをリティカが持っている? まさかヒトの部屋を漁ったのか?」
だと言うのに俺はリティカに対し、反射的に睨み付けるような視線と冷たい声音を向けてしまう。
あーまた、リティカにきつい言い方をしてしまった。
だけどリティカはそんな俺の物言いに怖がることなく、
「スイが勝手に持ってきてしまって。開けたら、お兄様の字で"リティカ誕生日おめでとう"って書いてあったから」
履いて来ちゃった、と微笑む。
「今更なんですが、私が頂いてもいいですか?」
俺のことを苦手とし、嫌っていたリティカ。……いや、避けていたのは俺の方か。
「……欲しいならやる。俺が持っていても仕方ないし」
我ながら可愛げのないセリフ。
今の俺が言える精一杯。
そんな俺を見て両手で口元を覆ったリティカはキラキラした視線を向けてくる。
「……なんだよ」
「お兄様の照れ顔尊いっ。美少年のツンデレ最っ高か!!」
などとワケの分からない言葉を叫んでどこからか取り出した映像記録水晶で連写し始めたので、とりあえず鉄拳を加えておいた。
「あうぅ、暴力反対なのですよ。お兄様」
「……先日倒れたばっかりなのに、魔力を無駄遣いするんじゃない」
そういった俺をまじまじと見たリティカは、驚いたように目を瞬かせ、とてもいい笑顔で元気にハイと返事をする。
怒られていると言うのに、なぜそんなに嬉しそうな顔する?
これ見よがしにため息をつく俺を見てもニコニコと笑うリティカ。
リティカになついている使い魔も謎だが、1番得体がしれないのは実は俺の妹なのかもしれない。
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