17.悪役令嬢は他の悪役に退場を願う。
『私はあなたのことも救って差し上げたいのです!』
だから、絶対あきらめないと私に向かって手を伸ばす聖女様。
『頼んだ覚えなどないわ!』
伸ばされた手を掴む事なく、私は魔法を詠唱する。私の魔法に応えるように、地中から湧き出すモンスター。
『聖女の力など喰らい尽くしておしまい』
わぁ、我ながら三下っぽいセリフ。戦闘開始数秒で片付けられそうな悪役じゃない?
そんな私の心の声とは裏腹に、
『この国に混沌を! 聖女は闇に呑まれてしまいなさいっ!』
私の悪役ムーブは続く。
あれ? 私の目指している悪役令嬢とはこんな感じだったかしら?
そもそも、こんなシーン"エタラブ"にあったっけ?
悪役令嬢の罪はせいぜい……。
******
「メルティー嬢。私の授業中に堂々と眠るとは何事です?」
聞き覚えのある声で私の意識が浮上する。どうやら夢を見ていたらしい。
「授業……?」
ん? 何の?
と、まだ若干夢の残像に引っ張られている私はそう言って首をかしげる。
私の空色の瞳に、ヴァレンティ侯爵夫人が楽しげに鞭を手で弄んでいる様子が映る。
「ああ、本当に嘆かわしい。無駄な時間ですこと! あなたのような人間に、王妃教育をするだけ無駄だと言うのに」
目を擦った私は、大きくあくびと伸びをして、ゆっくりと侯爵夫人に目を向ける。
「その点については激しく同意ですわ」
私は目を瞬かせ、挑発するような視線を流すと、映像記録水晶を起動させる。
「本当、無駄な時間。私が基準以上を満たしてしまった後は、まるで中身のない幼児部レベルの問題集のおしつけとご自身の自慢話ばかり。これが王妃教育だなんて、なんて嘆かわしいのかしら?」
「口ごたえをするおつもりですか? 王宮から正式に王妃教育に任命されている、王室教師であるこの私に」
「ええ、もちろん。間違っている事は間違っていると、自分の意見の1つも言えずに、どうして将来王に仕えられますか?」
主体性ってとても大事な能力だと思いますけど、と私は煽るように口角を上げる。
「なんて、生意気な!」
侯爵夫人の目つきが厳しいものに変わり、瞳の中に私に対する憎悪の念が現れる。
そこからは、またいつものような罵詈雑言を浴びせられる。
「……ホント、無駄な時間」
ある程度の証拠が取れたところで、私はぽつりとつぶやく。
「なんですって?」
私は悪役令嬢としての才を磨くために、非常に多忙な日々を送っている。
だから、こんな無駄な時間はそろそろ終わりにしなくては。
「無駄、と言ったのです。だって時間は有限なのですから」
そう言った途端に侯爵夫人はピシッと威嚇するように鞭で机を叩いた。
「本当に品性の欠片もなく、身の程もわきまえない、傲慢な人間ね。躾が必要だわ」
侯爵夫人が鞭で私の顎を上げ、自分に視線を向けさせる。
「そうねぇ。手だけじゃ足らないみたいだから、脱ぎなさい」
「は?」
突然の侯爵夫人の要求に、思わず素で返してしまった。
いけないわ、リティカ。悪役令嬢はこんなことで動揺したりしない! と自分に言い聞かせるも、このおばさん何言ってんの!? と言う気持ちが抑えられない。
「背中を出しなさい。痛みとしてあなたの間違いを体で感じなければ、あなたは改めないでしょう?」
私は内心で大きくため息をつく。
なるほど最近、証拠隠滅のために授業後に私にぶっかけるポーションのレベルが上がってきたなとは思っていたけれど、ついにサディスティックに目覚めたらしい。
私をいじめようとする目が恍惚としている。
「これは、あなたのための躾です。教師に従えない、あなたが悪いのです」
何度も何度も洗脳するかのように侯爵夫人がずっと私に言い続けてきた言葉の暴力。
私の中身が本当に幼い子どもであったなら、その通りに受け取って間違った方向に育っていたのだろう。可哀想なゲームの中のリティカ。でも私はそうはならない。
「さぁ、服を脱いで床に座り後ろを向きなさい」
再び促された私は、煽りすぎたかとため息をついて後ろを向くと仕方なくブラウスのボタンを外す。
むち打ちは手や腕でもまぁまぁ痛かったけど、容赦なく背中に打ち込まれたらどれぐらい痛いのだろう。
今日で最後だから。
覚悟を決めた、私は床に座り背中を晒す。
「いい眺めね。おとなしく最初から従っていればよかったのよ! 身の程を知りなさい」
侯爵夫人は満足げな声とともに、私の後方で鞭を構えた。
私が痛みに備えて、目を閉じたときだった。
「一体、何をしている?」
そんな声とともにノックもなくドアが開く。
「ロア様?」
王妃教育実施中は基本的に立ち入り禁止だ。
どうして、ロア様がここに? と私は驚きで目を瞬かせる。
私の格好を見て表情を一層険しくさせたロア様が私に駆け寄ると無言で上着をふわりとかけてくれた。
「侯爵夫人、よもや私の婚約者をその手に持っている鞭で打とうとしていたのではあるまいな」
ぞっとするほど冷たい声に私の方が気圧される。
いつものホワホワふわふわした可愛い王子様はどこ行った!? と私はロア様から視線を外せなくなる。
「で、殿下! こ、これは……この子があまりに言うことを聞かず、必要なペナルティーで」
動揺しているのは私だけではないらしい。震える声で答えようとした侯爵夫人に、
「黙れ、発言を許可した覚えはない」
ロア様は言い訳すらさせない。
「ヴァレンティ侯爵家には追って沙汰を出す。逃れられると思わない事だ」
冷たい、冷たい、ロア様の声。
『リティカ・メルティー公爵令嬢。今この時を以ってお前との婚約を破棄する』
その声が、態度が、ゲームで見た悪役令嬢断罪イベントを思い出させる。
ダメだ。
このままじゃ、絶対ダメ! ロア様があんな風になってしまう。
私は奥歯を噛み締め、カタカタと震える身体に喝を入れると立ち上がってロア様の襟首を掴む。
「私の獲物を横取りだなんて、いけない王子様ですこと」
私は悪役令嬢だ。
こんな所で攻略キャラに負けたりしないっ!
「……リティカ」
困惑した藍色の瞳を目に映した私は、ロア様を牽制する。
「これは、王妃教育の一環ですわ。ロア様は手出し無用です」
録画を止めた映像記録水晶から一部の写真を魔法で転写し取り出すとロア様に見せる。
そこには私を鞭で叩こうと構える侯爵夫人が映し出されていた。
「勿論、証拠映像もございます。それともこれからあなたを支えていこうかというこの私が、この程度の些事御せないとでもお思いで?」
悪役令嬢らしく傲慢に、華麗に私は笑って見せると放心している侯爵夫人に写真を投げつける。
「ヴァレンティ侯爵夫人、次のレッスンは、法廷でお会いしましょう? ごきげんよう」
私は優雅にスカートの裾を持ち上げて、淑女らしく礼をして、ロア様を促し部屋を後にした。
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