13.悪役令嬢と課金シナリオ。
「せっかくなので、みんなでアップルパイ食べませんか?」
私がそう言った時だった。
「きゅきゅーい」
そんな声とともに淡い水色をしたアイツがやってきた。
近づいてきたそれはぴょんとジャンプし我が物顔で私の肩の上に乗る。
「ちょ、スイ。コレはダメ! 食べちゃダメ! 絶対あげない!!」
私は必死にスイことスライムからアップルパイを死守しようと腕を伸ばす。
「えーなにこれ? こんな生き物初めて見るんだけど」
エリィ様が興味深々にスイを眺めながら師匠に尋ねる。
「ああ、それ。リティカが生成した。多分使い魔の一種。こんな形状のやつ見たことないけど」
普通は哺乳類の形をしてることが多いんだけどなと師匠はのんきにエリィ様に解説しているが、今だけはできたら私の方を優先してほしい。
この子食い意地が張っているから、マジでアップルパイを全部取られかねない。
「ししょー」
「はぁ、情けない声を出すんじゃない。バカ弟子め」
「バカでも役立たずでもいいから助けてくださいっ! エリィ様のアップルパイ食べられちゃいます!!」
助けてと真摯に訴えた私を見た師匠は仕方なさそうに私の失敗したポーションを机に置く。
するとスイはすぐさま私から離れ、ポーションを瓶ごと身体で包み込んだ。
取り込み中らしく、身体にシュワシュワと気泡が浮かぶ。
「ふぅ、危なかった」
何とか守り切ったアップルパイを机に置いて私は息を吐き出す。
私はため息混じりにスイを見る。
満足気なスイの身体の色は水色からピンクに染まっていた。
スイは魔法省に出入りしたての頃私が失敗したポーションから偶然生まれた。
この世界にスライムは居ないらしくはじめは大層珍しがられたが、今ではすっかり魔法省に馴染んでいる。
スイは私の生成するポーションを食べる以外特徴はなく、私は私で毎日失敗を繰り返すポーションの置き場に困っていたので、スイに与え続けていた。
それから約半年。何という事だろう。初めはただプルプルしていただけの塊が今では自在に動き回り、鳴き声を発するようになり、餌を強請るようになった。
が、何かの役に立つかと言われると、私の癒し担当兼ゴミ処理係としか言いようがない。
「リティカ、お前いい加減自分の使い魔くらい扱えるようになれよ」
「いや、だってテイムもしてないんですよ? 完全なノラですって。魔法省に住み着いてるし」
それこそはじめの頃は公爵家に連れ帰ることもあったのだが、自在に動き回れるようなった今、スイは簡単にはカゴに入ってくれない。
まぁ呼べば来るし、呼ばなくても私の肩に乗るし、基本的には私の作ったポーションをはじめとした薬品か私が手に持っている食べ物以外食べないので無害なんだけど。
「早くテイムして連れて帰れよ」
「いや、テイムさせてくれないっていうか、そもそもウチで飼うのもどうかと」
スライム連れた悪役令嬢ってどうなんだろうか、と常に付き従っているスイを想像して私は失笑する。
うーん、絵面的に笑うしかない。スイはとっても可愛いけども。スイを見ていると和むので悪役っぽさがだいぶ緩和されてしまう。
取り込みが完了したスイは、きゅーっと満足気に一声あげると、大人しく私の肩に乗る。
はじめに比べると色んなモノを取り込んだスイは大きくなったけれど、子どもの私の両手に乗るくらい小さいのでまぁ邪魔にはならない。
「わぁ、可愛い。私も手に乗せてみてもいいですか?」
「どうぞ。噛みついたりしないので、そっと触ってあげてください」
ゼリー状のスイの身体は触れると冷たいのだけれど、不思議とスイに触れても濡れる事はなく、ゼリー状の物体が残ることもベタつく事もない。
私は手を出してスイを自分の手に移し、ワクワクという表情を浮かべるエリィ様の手にそっと乗せる。
その時だった。私の手がエリィ様の手に触れた瞬間、聞き覚えのあるBGMと共に私の脳内に見た事のないシーンが流れ込む。
『エリィ……何で……こんな事にっ』
棺の中に沢山の花と共に横たわるお腹の大きなエリィ様。
『離れたりしなければよかった。俺が、そばにいさえすれば……』
愛する人を失って深い深い後悔と共に涙を流す師匠の姿。
そして、師匠は宮廷魔術師をやめ魔法省を去る。
課金ストーリーは見た事がないのだけれど、コレは師匠ルートの回想シーンだと直感する。
だけど、どうして?
私には、課金ストーリーの知識はないはずなのに。
「カ……リティカ!!」
師匠の声で私の意識は現実に戻る。
「あれ? 師匠?」
「お前、立ったまま寝るなんて器用過ぎだろ」
ぼんやりとした意識のまま私はその場に座り込む。
「リティー様、大丈夫ですか?」
血の気が引いているだろう私の事を心配そうに覗き込むエリィ様。
私は先程見た白昼夢を反芻する。
「うぇ……けほっ……気持ち、悪っ」
口元を押さえて吐きそうな私の背をさするエリィ様は、
「イーシス、早くお医者様!! 急いで!!」
師匠にそう指示を出す。
「大丈夫、大丈夫ですよ。ゆっくり深呼吸して、リティカ様。そうです、ゆっくり、ゆっくり」
まだ生きてここにいるエリィ様の声に安心しながら、私の耳にはヒロインのセリフがこだまする。
『お辛かったですね、先生。私、先生の支えになりたいです』
やめて。そんな一言で片付けないで。
その人に触らないで。その人には大事なヒトがいるんだから。
私は初めてヒロインに対して嫌悪感と運営に対して怒りを覚えた。
これが、課金のシナリオ?
だとしたら私に言えるのは一言。
『ふざけるな』だ。
私は手放す意識の中で、悪態を吐く。
これがシナリオなのだとしたら、私は運営様にだって逆らってやる。
だって私はこの世界の悪役令嬢なのだから。
家に戻る頃にはすっかり落ち着いていたのだけど、心配性のお父様からの許可が降りず、私はベッドで9歳の誕生日を過ごすこととなった。
まぁ元々誕生日パーティーなんてする予定はなかったから問題はないのだけど。
私はベッドにごろんと横になりなぜ課金ルートの一部が見えたのかを考える。
が、当然答えは出てこない。
初めて自分がこの世界の悪役令嬢なのだと気づいたときは、ロア様の魔力を使って占いをした時だった。
だけど今回は占いなんてしていないし、未来視できるほどの魔力なんて私は持ち合わせていない。
「まぁ、分からない事は置いておきましょう。それよりも問題は」
どうやってエリィ様の死亡フラグをへし折るか?
白昼夢で見たエリィ様は今より大きくなったお腹をして、棺の前で崩れる師匠は冬物のコートを羽織っていた。
という事はまだ時間はあるはずだ。
「絶対何か、手があるはずよ」
優しくて素敵なエリィ様。公爵令嬢である私にも礼節をわきまえながらも、損得勘定抜きで接してくれる人。
エリィ様は今や私にとっても大事な方だ。
「絶対、死なせない」
そこで、ふと、白昼夢で見た師匠のセリフが蘇る。
『離れたりしなければよかった。俺がそばにいさえすれば……』
きっと師匠と離れてどこかに行っている間に何かが起きたのだ。
だけど、あんなに大きなお腹でどこか遠くに行くだろうか?
「……もしかして、領地?」
もし、可能性があるとするならそれは里帰りではないだろうか?
嫁いだ貴族令嬢が生家に戻るパターンは大きく2つ。離縁した時か、出産時だ。
確かに師匠は宮廷魔術師だし、屋敷には使用人もたくさんいるけれど、王宮からの要請があれば長期不在にすることも多い。
はじめての出産、子育て。
見知らぬ土地で行うよりも、いっそ慣れ親しんだ領地でと考える可能性が高い。
「なら、エリィ様が領地に行けないようにしてしまえば。いえ、それだと対策としては不完全ね」
私は思い出せる限りの白昼夢の情報と前世でプレイした情報を書き出す。
プレイ自体は王子ルートだけだけど、そこで起きたこの国の出来事の時間軸自体は変わらないはずだ。
「本編開始はライラちゃんの入学。つまり同い年の私が学園に入る6年後」
本編でライラちゃんとロア様が話していた事を必死に思い出す。
彼らは野外実習に出た際、魔物の討伐に巻き込まれるシーンがあった。
ライラちゃんはあの時、初めて聖女の力を無自覚に発動するのだ。
確かその時ライラちゃんを支えていたロア様が言っていた。
「6年前に大規模な魔物との戦闘があったって。その当時魔物被害を食い止めたのはイーシス。イーシスが宮廷魔術師を止めてしまってから各地で魔物の被害が広がっているって、ロア様はおっしゃっていたわ」
つまりこれがエリィ様と師匠が離れた理由。だから、エリィ様はおそらく領地に帰ったのだ。
「……師匠が討伐に出向かなければ、未来は変わる?」
師匠は口は悪いし、態度もでかいけど、あれで戦闘能力バリ高だ。下手な護衛を雇うより師匠がそばにいる方が、何かあったとき回避できる可能性が高い。
「エリィ様を領地に帰さず、師匠を討伐に行かせない方法」
おそらくこれがシナリオを崩す最適解。その上で魔物の被害が出ないようにしなくてはいけない。
「ゲーム、もっとやりこんでおけばよかった」
今更こんなこと言ってもしょうがないのだけれど、私はため息をつかずにはいられない。
「まだ時間はある。今世財力もあるんだから、絶対フラグを叩き折ってやる」
前世ただの庶民だった私は知っている。この世界とはお金があればたいていの危機を乗り越えられると言う事を。
「公爵令嬢、舐めないでよね」
私は会ったことのない運営様に向かって吠えるようにそう言うと、これからの対策をまとめていった。
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