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閑話1.リティカ・メルティーついての考察(ロア視点)

 リティカ・メルティー公爵令嬢。

 同い年の俺の可愛い(愚かな)婚約者。

 俺がリティカと婚約したのは彼女が8つを過ぎた日の事だった。

 リティカの事は幼少期から知っていた。現在、唯一この国に残っている公爵家の娘。

 王位に最も遠かった父上に全てを賭け、父上を王にまで押し上げたカーティス・メルティー公爵。

 そんな先見の明がある有能で勝負師(ギャンブラー)なカーティスが目に入れても痛くないほどに可愛がっているリティカは、与えられたものを当然と受け入れ、傍若無人でわがままで自分に叶わない願いなどないと思っているほど浅はかで他者を顧みない貴族らしい傲慢な女の子だった。

 まぁ、正直積極的に付き合いたいタイプではない。

 それでも数多の候補者がいる中で、俺が彼女との婚約を決めたのは、彼女が一番王妃に相応しくないと思ったからだ。

 王太子になりたくない俺にとって、これ以上ない好条件の相手。

 それがリティカ・メルティーだった。


 大衆に好まれる物語のほとんどが、愛する2人が結ばれてハッピーエンドで幕を下ろす。だが、現実はそれから先も続いていく。

 ハッピーエンドのその先が、必ずしも幸せとは限らない。

 そう思い知ったのは、母上が毒に侵され倒れられた時の事だった。

 生まれた時から人よりもずっと恵まれた環境にいた、という自覚はある。

 玉座に1番遠いところから国の混乱を収めて、一国の王にまで上り詰めた国民に支持される強い父。

 その父を傍で献身的に支え続けている心優しく、たくましい、聡明な母。

 その2人の間に生まれた、年端もいかない頃からずば抜けて才の高かったたった1人の正統な第一王子。

 当然、みんなに望まれて次代を背負うのは自分だと思っていた。

 だが、実際は違った。

 たくさんの人間が第一王子である自分に媚びを売る。第一王子は素晴らしいと称賛する裏で、何度も何度も暗殺されかけて生死をさまよったこともある。

 俺の目の前に現れる貴族たちが当たり前のように、使い分ける表の顔と裏の顔。

 それに振り回されて、辟易する日常。それだけなら別に良かった。

 父上が王位を継承した時点で長子制などすでに崩れたも同然。俺にもし何かがあったとして、これから生まれてくるであろう弟が後継になればいい。

 母上がまだ目立たないお腹をさすりながら"素敵なお兄ちゃんになってね"と嬉しそうに笑う顔を見ながら、俺はそんなことを考えていた。

 だが、それが叶う日は来なかった。

 一命を取り止められた母上は、二度と子を産めない体になっていた。

 色を失った父上の横顔と人前で決して泣いた事などなかった母上が取り乱し泣き叫んでいたのを見て決めた。

 王位継承権を放棄しよう。

 これ以上、何かを失う前に。


 今まで積み重ねたモノに比べれば、全部を放棄し愚者を演じる事も、わがままなリティカ(婚約者)の相手もそれほど難しくはなかった。

 リティカは裏も表もなく、ただ素直に自分の欲望に忠実なだけ。

 好きも嫌いもはっきりしていて、譲らないその一貫性のある姿勢には感心すら覚える。

 カーティスを真似て彼女には愛情という嘘の下、なんでも与えた。

 そうしていつか、ドロドロに甘やかされたその先で俺の事も巻き込んで破滅してくれればいい。

 そう思っていた。

 ……はず、だった。

 

『ロア様! 安心してください。ロア様の事は、必ず私がお守りいたしますので』


 占いをしたいとせがむリティカに付き合った以外は、何も変わらないいつもの親睦会(茶会)

 彼女は一体、それで何を見たのだろうか?

 ヒトが変わったかのように、その日からリティカは勉学に励み出した。

 その上何故か俺にまで勉強だの運動だのをさせようとする。

 リティカが持ってくる範囲はすでに履修済みだし、騎士に混ざって訓練など目立つ事この上ない。

 初めはどうせリティカのことだからすぐ飽きるだろうと適当に付き合っていたのだが、彼女の本気度は予想以上だった。

 誘惑しても遊びにのらず、体調不良を訴えても、仮病だと見抜いて追いかけてくる。

 リティカはこうと決めたら一直線なのだ。そこには駆け引きなど、一切なくただ真っ直ぐ飛び込んでくる。

 勘弁して欲しい。

 俺は目立ちたくないし、やれば大抵のことはなんでもできてしまうので、愚者を演じられなくなる。


「はぁ、とんだ誤算だ」


 リティカの追い回しから逃げ切って、ため息をついた俺を見て、


「あらあら、珍しくロアが苦戦しているわね」


 母上は楽しそうに笑う。


「……楽しそうですね、母上」


「そりゃね。大概そつなくこなすあなたが、たった1人の女の子にいいように振り回されているなんて子どもらしい面を見て、母親として微笑ましく思わないわけがないじゃない」


 心底おかしそうに笑う母上を見て、つい眉間に皺が寄る。

 当然、母上は俺が何もできないフリをしているのを知っているし、その理由もご存知だ。

 だと言うのに、たった1人の息子に対して助け舟の1つも出してくれない。


「不満そうね、ロア。でも残念。親友の娘であるリティカは血はつながっていなくても、私にとっては娘みたいなものなのよ。代母だし」


 だからどちらに対しても肩入れはしないとおいしそうにミルクティーを口にしてそう宣言する。


「はぁ、もう。そんなに王妃になりたいなら、いっそカーティス(リティカの父親)みたいに勝ち馬を見つけてそいつに乗れば良いのに」


 俺じゃなくてさぁ、と自分で彼女を婚約者に選んだことを棚に上げ、愚痴るようにそう漏らした俺に、


「当人同士にその意思があるのなら、婚約の白紙撤回手伝ってあげましょうか?」


 母上は静かにそう尋ねる。


「そんな事」


 できるわけがない。だってこれは国王である陛下の御裁可が通った国による契約だ。

 何よりリティカに激甘のカーティスが彼女の経歴に傷がつく事を許すわけがない。


「できるわよ」


 だが、母上はあっさりと否定する。


「リティカが望めば通らない事はないでしょう。元々カーティスはリティカを手放したくなかったのだし」


 リティカが婚約しただけで寝込んで3日も出勤拒否する困ったさんよ? と母上は笑う。


「カーティスの事だもの。陛下の意向と本人の希望で折れただけだし、これ幸いと無効を主張するわ」


 確かに父上もカーティスとわざわざ喧嘩などしたくもないだろうし、カーティスを抱き込めば意外と簡単に撤回できる気がする。

 俺が王太子にならないのだと知れば、きっとリティカは俺から離れていく。彼女はなんでも一番が好きだから。

 

「……ありかもしれない」


「そう。じゃ、早速リティカと話しましょ。いつまでもこんなやる気のない子に捕まっていたら、リティカが可哀想だし」


「俺が悪いのかよ」


「当たり前でしょう。リティカのやる気に水を差して足を引っ張っているのだから」


 私、素直で可愛い娘が欲しかったのよねと母上は可愛くない息子にそう言って、早々に席を立った。

 相変わらず、思い立ったらすぐのヒトだ。


『私はあくまでロア様の婚約者です。そこを譲る気はありません』


 俺が王太子にならないと聞いたリティカは、躊躇うことなくそう言った。


『ロア様が私をパートナーとしてお望みでないのなら、いつでも白紙撤回して頂いて構いません。私、できたらロア様には陛下とメアリー様のように恋愛結婚して欲しいなって思っているので』


 だけど、俺が望めばこの婚約をなかったことにしても構わないという。


『それまでは私がロア様をお守りいたします』


 この前もリティカにそう言われた。あれは本気だったのか、と今知った。

 貴族の令嬢など守られることが前提で後に隠れることが当たり前。王子なのだから、私のことを守ってくださいと責任を押し付けてくる令嬢たちが多い中で、リティカは俺を守ると言う。


『私、この国もロア様のことも大好きなので』


 その向けられた"大好き"は、第一王子だからでも、将来王になる人間だからでもなく、単純に(ロア)だから?

 そう思ったらリティカの言葉に不意に泣きそうになった。


「ですって、ロア」


 リティカがいなくなってから、俺がいることに気づいていたらしい母上から声がかかった。


「リティカが頑張ってたのは大好きな誰かのためなのねぇ」


 リティカはよくも悪くもまっすぐで、こうと決めたら一直線だ。

 その素直さはいつもいつでも自分を偽って逃げている俺にはまぶしい位で。


「リティカと婚約解消したいなら、他に好きな子でも見つけなさいな。あの子ならきっと、貪欲に学び、強くたくましくなるから。あなたと婚約を解消したところでいくらでも良縁に恵まれるでしょうし」


「ヤダ」


 母上の言葉にほぼ反射的にそう答えていた。


「なら、どうすれば失わずに済むのか考えなさい。ヒトの努力と好意を踏み躙ってはダメよ?」


 ポンと頭に乗せられた手の重みと言葉を考えて、俺は頷く。

 俺は自分で思っているより、ずっと単純な人間だったらしい。

 俺はその日から面倒事から逃げることをやめた。

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