第2話 偽物
「何を言っているんですかぁ? 私は正真正銘のグレースですよ!!」
たしかに上手く化けている。おそらく闇魔力関係の能力。闇魔力は、私が使う光魔力の対極に存在する魔術体系。
魔力の中でも特に特徴をつかみにくい系統。身体変化やなにかしらの魔力干渉を得意とする異質の力。
その中には、誰かに化けるような魔力もある。私もそれを使ってグレースさんに何度かいたずらされたことがあるわ。寮長に変身した彼女に気づかずに、持ち物検査にびくびくしたり。
彼女の変身はどこか抜けているところがあるから、集中すれば見抜くことはできた。その癖が今回の件で生きた。
グレースさんの変身よりかなり精巧な手口だ。彼女の癖や口調など完璧に近い演技ができていた。たぶん、親友の私でなければ気づくことはできなかった。椅子を引く手が利き手ではなかったのが最初の違和感。でも、それだけでは断定できない。
だから、普通に会話を進めることで、泳がせることにした。無意識レベルでなければ、左手を使うように徹底していた。なかなかの腕前を誇る相手ね。きっと怪盗や裏社会側の人間よね。ここまでの徹底ぶりから、こういう場面で生死をかけているプロの香りは感じた。
「利き手やしゃべり方、仕草とか完璧に再現されていたわ。親友の私じゃなければ気づかなかったはずよ」
「だから……」
「でもね、普通は利き手にそんなきれいなメモを書くことはできないわ。左手利きの彼女なら、右手にメモするはずよね。思わず術の使い手の深層心理的な癖が出てしまった。そう考えれば、すべて納得できる」
私の冷たい言葉に、偽グレースさんはうつむいて「バレちゃったか。さすがは名探偵ね」と低い声に変わった。女性だけど他人を圧倒するようなドスの利いた声。女マフィアのボスみたいな……
「本物のグレースさんはどこにいるの? 私のお友達を傷つける人は誰であろうと許さない」
「大丈夫よ。その馬車で少し眠っているだけ。あと数分待てば目覚めるはず。ごめんなさいね、王太子殿下の殺人事件を一瞬で解決した名探偵さんが本当にすごいのか気になってね」
「人を試すようなことをして……とても不快です。早く正体を現しなさい、無礼者」
「理由があってそれはできないのよね、ごめんなさい。おわびに、私の屋敷に招待するわ。それで許してくれないかしら?」
「何をバカなことを。友達に危害を加えた相手を信用しろと? それも顔を見せることもできない相手を?」
「それもそうね。でも、あなたはきっと頷いてくれるはず。だって、私は名探偵であるあなたに極上のミステリーを提供できるのだから。謎から逃げることなんて、あなたたちのような人種には無理でしょ?」
そして、彼女は手書きのメモを私に手渡す。
「これは?」
「私が所有する"時計の館"への招待状よ。名探偵様への依頼状でもあるわ。依頼内容は、裏面に書かれている。もし、受けてくれるなら、指定の時間にこちらに来て」
言い終わるか終わらないかの間に彼女の姿はすっと消えた。転移結晶による移動か。一つ買うだけでも宝石よりも高いはずなのに、相当なお金持ちね。
お金持ち。館。ミステリー。ただ者ではない雰囲気の館の主。すべての条件がそろっている。これで興奮しない探偵なんていない。自分の深い業を自覚しながら、私は夢中で依頼状を読み続けた。




