第7話 アジテーターという黒幕
―3日後―
私は、同級生のグレースとカフェで落ち合っていた。
ふたりでお茶を飲みながら世間話をする。
最初は気を使って、王子の問題については何も言わなかったグレースだが、やはりばつが悪いのか、気を使っているのがよく分かった。
「ねぇ、グレースさん。クリス王子とアン様のことだけど……」
「は、はい!!」
ついにこの時が来たかとグレースは覚悟を固めているように見えた。だが、次の言葉は彼女の想像を超えた発言だったはずだ。
「すべて、あなたの計画通りってことでいいのよね?」
「なっ!!」
彼女は驚いて目を白黒させている。
「何を言っているんですか、ミリアさま?」
「だってそうでしょう。あなたは言っていたじゃない。クリス王子にアン様の本当の姿を知らせたって。そして、あの事件が発生した。あなたは、まるでこうなることを狙ってすべてを裏で操っていたんじゃないの」
「……そんなことは言いがかりです」
「ええ、そうね。でも、学園の方が教えてくださったのよ。あなたとアン様がお話をしているところをね。あなたは物静かな女性だから、驚いたって……あなたは、王子に注意したうえで、アン様にも情報を伝えていたのですよね。王子があなたとの関係を解消しているはずだって。違う?」
※
「アンさん。本当にいいんですか。もし、ミリアさまのことをないがしろにして、殿下との浮気の成就を狙うなんて……そんなの人間のやっていいことじゃないっ!!」
「どうとでも言いなさい。ミリアはいつか追放になるわ。そして、人知れずに処刑される。それがノベルゲームとして定まっているこの世界の運命っ!! 私が殿下と結ばれるのは神様によってきめられているの」
「のべる? 何を言っているんですか」
「いいこと? 王太子殿下と婚約することができれば、私が法律になるの。あなたも早くミリアを裏切ってこちらについた方がいいわよ。じゃないと一生後悔することになるもの」
「……」
※
目撃者は言っていた。激高していたアン子爵令嬢には気づかれないように、グレースさんが録音の魔石を隠し持っていたと。そして、彼女はその証拠データをうまく利用したのだろう。国王陛下に渡したのか、王子本人に聞かせたのか。それはわからない。でも、私のためになんとかしようとしてくれたのよね。
「あなたは、あえて二人の関係に亀裂を作らせて、仲たがいさせた。まさか、殺しあうとまでは思っていなかったのだと思うけど。たぶん、理由は私のためでしょ」
「違います。私は家族を苦しめたあの女に復讐するために……」
「隠さなくても大丈夫よ。全部知っているもの。やはりそれがきっかけなのね? あなたは親友の私のために義憤に駆られて……」
ミリアが優しく声をかけると、彼女は観念したように首をゆっくり振る。
「違います。それはたしかに許せなかったけど、それだけではありません」
「なら、なぜ?」
「わからないんですか」
「ええ、わからないわ」
「やっぱり気づいていなかったんですね、私の気持ちに?」
グレースは少し残念そうに笑った。目には涙がたまっている。
その潤んだ目を伏せて、彼女は強引に私のくちびるを奪った。婚約者にも許していなかったファーストキスを……
顔は紅潮し、心臓の高鳴りが早くなる。何が起きたのかわからない。
「どういうこと?」
かろうじて言葉を紡ぐも、彼女は目を伏せながら本心を語る。絶対に気づいてはいけなかった本心を。
「私は、あなたのことが……ミリアさまのことを……愛していたんですよ」
彼女はささやくような声で、震えながらそう告白する。
「……」
予想外の告白に動揺し言葉を失った。
「だから、許せなかったんです。あなたという素敵な方と婚約していながら、浮気を繰り返していた王太子殿下に……あの浮気相手の女も……だから、破滅してしまえばいいと思ったんです。まさか、王太子殿下が殺人をしてしまうとは思わなかったけど……でも、ざまぁ見ろと思っていた自分がいました。あなたを裏切った二人が破滅して、私は嬉しかった」
そして、その瞬間、彼女は冷たい目をしながら笑った。
私は、彼女のその様子を見ながら恐怖する。前世で探偵をやっていた時ですら、犯人にそんな感情をおぼえたことはなかった。
だが、目の前の親友からは圧倒的な才能を感じてしまった。
他人を狂わせて凶行へと誘導させる狂気とも言えるほどの才能を……
道を一歩でも踏み外してしまえば、彼女はその狂気の世界に誘われてしまうだろう。
「さぁ、ミリアさま。私を断罪してください」
だが、彼女を断罪することもできないのである。彼女はあくまで事実を伝えただけなのだから。直接的なことは何一つしていない。この様子なら本当に事実を伝えただけだろう。
だからこそ、犯罪者として彼女をさばくことはできない。
「残念ながらあなたは事実を誰かに知らせただけ。罪を犯したのは、ふたりの責任であなたのせいではないわ」
「では、私はこの罪悪感をずっと抱えながら生きていかなくてはいけないということですか?」
「そうね、残念ながら」
「……では、ミリアさま。ひとつだけ、都合のいいお願いを聞いてくださいませんか」
「ええ。私はあなたのことを親友だと思っているわ。なんでも言って」
「さっきの告白は忘れてください。だから、私とずっと友達でいてください。名探偵のお友達に」
「ええ、もちろんよ」
こうして彼女たちは秘密を共有しながら生きる約束をした。
天才的な探偵とそれを愛する天才的な犯罪の扇動者は友人として共に生きる契約を取り交わした。
ふたりは、ゆっくりとカフェを出て街へと歩き始めた。




