最終回 転生者
「ふふふ」
彼女は何も言わずにただ笑っている。それが答えだとばかりに。
「あなたは真実の日時計を手に入れて、こちらの世界に人間を転生させた。何らかの目的で」
「それは予想できているのかしら?」
「証拠は何もありませんからね。あくまで妄想レベルの推論ですが」
これはヒントも何もなかった。だから、推理でも何でもない。
「聞かせて頂戴。それがあっていれば、私もすべて話す」
「では……おそらく、館の後継者はすべて転生者なんでしょう。歴代の主の子供が別の世界からの転生者になる。そうすれば、あの英語の文字が継承されているのも納得できる。異界の文字がしっかり受け継がれているだけで普通ではありませんから」
返答を受けて、彼女は真面目な顔に変わる。
そして、楽しそうに拍手を始めた。
「すごい、すごいわ。まさか、ここまでとはね。さすがは、真実の日時計が選んだ後継者ね」
「すべてを認めるということでよろしいですか?」
「そうね、あなたの推論通りよ。私は後継者を探すために、真実の日時計を使って人間を転生させた。あなたもわかっていると思うけど、言い伝えでは1人しか呼んではいけなかったのに、私は禁忌を犯して複数人の人間を召喚したのよ。この前、あなたが解決した婚約破棄殺人事件の被害者もその一人。私が力を乱用しすぎたせいで、一族に生まれるはずの転生者が他の家にも生まれるようになってしまったみたいだけど」
「なぜ、そのようなことを」
「このつまらない世界を壊すため」
さきほどまでの陽気な笑い方とは打って変わって冷たい殺人鬼の微笑を浮かべた。
「壊すって」
「私ってね、前世では凶悪犯だったのよ。完全犯罪クリエイター。知っているでしょ、高橋先生?」
日本人の名前を久しぶりに呼ばれたことで、それが自分の昔の名前だと気づくのに時間がかかる。
なぜ知っているのか。そんな顔をすると彼女は不気味に笑った。
「なぜって、私を捕まえた時と思考が同じだからよ。論理の作り方、逃げ道の塞ぎ方。やっぱり、あなたは高橋探偵の生まれ変わり。そうでしょう?」
完全犯罪クリエイター。それはネット上でとある凶悪犯につけられた二つ名だ。
密室殺人、偽装殺人、第3者を利用した殺人教唆。
彼女が作り出したほとんどの事件は、迷宮入りしたとされる悪のカリスマの名前だ。
殺人を芸術と呼ぶ狂気に満ちたサイコパス。
私が名探偵と世間に知られるようになったのは、彼女と決闘に勝利したことが大きい。
結局、彼女は余罪が多くあると考えられていたけど、捜査当局もすべて立証することはできずに、私とかかわったことで表面化した3つの事件だけを立件することしかできなかった。
その後、死刑となったものの、刑死後に発表された手記で自身の引き起こした殺人記録をアートと称して詳細に発表。自身は悪の伝説となり、捜査当局は凶悪犯に出し抜かれたことで、「屈辱」を味わったと言われるわ。
「ええ、でも、今回もあなたの負けよ」
「やっと認めてくれたわ。この世界ってね、あなたみたいな天才がいないせいでつまらなかったのよ。だから、この時を待っていたわ。あなたはやっぱり優秀だった。これから、楽しくなりそう」
部屋を出ていこうとする彼女に向かって、私は叫ぶ。
「無駄よ。すでにあなたを確保するために、中央には連絡済み。橋が復旧すれば、すぐに兵士たちがここに」
「残念。さすがにそれくらいは用心しているわよ。むこうでは、不意打ちであなたに負けたからね。またね、名探偵さん?」
彼女の左手が輝き始める。転移結晶か。私はこの世界での彼女の素顔を知らない。だから、逃げられてしまえば……
「さぁ、これからが本当のゲームの始まりよ。楽しませてね」
「いいわ、こっちの世界でも、もう一度あなたを捕まえてみせる。そして、もう一度、あなたを死刑台に送ってあげるわ」
「楽しみにしているわね」
彼女の姿は光に包まれて消えた。
※
「そうですか、結局逃げられてしまいましたか」
グレースさんは残念そうな表情を浮かべる。
「ごめんなさい。慌てて、執事長の部屋に行ったけど、そちらも逃げられてしまったわ」
彼女には転生者の件は、秘密にしておいた。どう話せばいいのか、わからないから。
「大丈夫です。私がミリア様の力になりますから。一緒に悪を追い詰めましょう」
「そうね、あなたと一緒なら大丈夫って気がするわ」
私たちは笑いあう。明日は、いよいよ橋の修理が完了するらしい。この館にももうすぐさようならね。ちなみに、私は時計塔の地下の部屋にも行ってみた。秘宝が置かれていたはずの祭壇にはなにもなかった。
「ですよ、私たちはもう難事件を2つも解決しているんですからね!!」
彼女はそう言うと元気に、部屋を出ていった。
釈然としない事件。でも、彼女の明るさは清涼剤のように心を癒してくれる。
だけど……
※
「さっきの告白は忘れてください。だから、私とずっと友達でいてください。名探偵のお友達に」
※
今回の事件がなければ気づくはずはなかった違和感が私の心を支配する。
グレースさん。あなたは何者なの?
※
―グレース視点―
私はひとりで廊下を歩く。
すべて解決。よかった。やっぱり、彼女は推理している時が一番生き生きしている。
「こちらの世界でも、二人で頑張りましょうね。高橋せんせ!」
第二章完結です!
とりあえず、いったん作品を完結として、トリックのネタが思いついたらちまちま章を増やしていく予定です!
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