第25話 犯人
部屋には、"私立探偵"のマーラさんが入って来た。
「グレースさんに呼び出されたんだけど。お話って何、ミリアさん?」
彼女は、好奇心に目を輝かせている。
そうね。ミステリーの話だからね。
「ええ、ちょっと相談したいのよ。ミステリーについてね」
「わぁ、名探偵のあなたにそう言ってもらえるなんて嬉しいわ。ぜひとも」
さぁ、始めましょうか。ミステリーに狂った女との対決を。
※
「今回の事件で、女主人さんの遺体が火に包まれてしまった。どうして、彼女はこんな風に手の込んだ自殺をしたのかしら。そもそも、なぜ私たちを招待してまでこんなことをしたの。時計塔の謎を解明したかったら自分が生きていないと意味がないじゃない」
相談と言いつつも、私は彼女に問いかけに近い言葉を送る。
「そうね。社会への復讐やなにかしらのメッセージを含んでいるとかはどう? 結局、真実の日時計の力は強すぎるから、この館の一族はずっとそれに縛り続けられていたらしいし。真実の日時計を解放して、自分の死で一族の呪いも終わらせるとか?」
たしかに、考えられる説ね。私は優しく肯く。
「その様子だと、名探偵さんは別の考えを持っているのね。教えてくださる?」
今度は力強く答えた。
「私は一種の偽装殺人だと思っています」
「偽装殺人?」
「女主人は、私をこの館に招待した時、魔力でグレースさんに化けて出てきました。私は彼女の素顔を知りません。魔力通信で姿を見せた時もカノジョは仮面で顔を隠していた。執事長さんやメイドさんも素顔を知らないということは、この屋敷にいる誰もが彼女の顔を知らないんですよ。この意味が分かりますか」
「ええ」
「そうです。あの遺体は激しい炎に包まれたせいで性別の判定すらできない。さらに、女主人は魔力で変装もできる。この屋敷の招待客やメイドさんに化けていても誰もわからないんですよ。そうですよね」
「そうね」
どうして、私に対してそれを言うのかしら?と少しだけとぼけたニュアンスをこめて話す。
「女主人は、私のことを"名探偵"と呼んでいました。その時はさほど疑問に思わなかったんですよ。この世界にもミステリー小説みたいなものがあるのは知っていましたから。でもね、この世界のミステリー小説は、"私達"の前世の世界とは違うんです。レベル的に言えば、私たちミステリー好きの聖書であるエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』が書かれるよりも前の文明レベル。つまり、ミステリー小説のようなものはあるけど、きちんとカテゴリー化できていないんです」
「私たちの前世の世界? 急にオカルトみたいな話を……」
「いいですか。『モルグ街の殺人』の探偵役である"C・オーギュスト・デュパン"は事件を華麗に解決しますが、彼は貴族です。探偵が事件を解決するという、私たちの世界では常識であった事実も、この世界ではまだ常識化されていないんですよ。そもそも、探偵は18世紀に"フランソワ・ヴィドック"がフランス警察の密偵として動いていたことから始まっています。この世界は、"中世"ヨーロッパに魔力を与えた世界。探偵という職業がそもそも存在していないんですよ。だから、私たち以外に探偵という言葉は、認知されていないんです。あなたは、私を客人たちに"名探偵"と紹介していた。でも、みんなぽかんとして、文脈で意味を推測していた」
「……」
「この世界で、探偵という言葉を知っているのは、転生した人間だけ。つまり、かなり希少です。私のことを名探偵と――この世界に非ざる言葉を使って呼ぶ人間が他にいるでしょうか」
私の問いかけにやっぱり黙り続けている。
「これは簡単なことなんですよ。私立探偵を名乗ったあなたが、この館の女主人と同一人物という結論だけが導き出される」
一呼吸置いた後、ミステリーマニアは苦笑を浮かべて言葉を紡ぐ。
「おもしろいわね。もう少し考えを聞かせてちょうだい」
「おそらく、あの遺体は身寄りのない人物のものでしょう。そうすれば、足がつかなくなる。あの映像の女性はそもそも雇われた女だったのかもしれない。脚本通り演じきった後、偽装工作と口封じのために殺された。どこかに発火装置のような魔力道具を仕込んでいたんでしょうね」
私が冷たい目線を送ると、彼女はクックッと低い笑いを抑えている。その様子はどこか余裕があるように見えた。やはり、ここまでは想定通りか。
「正解よ。さっすが名探偵さん。おもしろいわね。いいトリックだと思ったんだけどなァ。やっぱり焼死体と入れ替えトリックはありきたりだったかなぁ。ねえ、探偵さん。次はもう一つの事件よね。聞かせてくれない? このトリックはね、名探偵のあなたのことを近くで見たかったからやったの。やっぱりゾクゾクするわね」
サイコパスは笑った。




