第11話 遺体の謎
私たちは慌てて中庭に出た。女主人の部屋は2階にあるという。ナイフがどこまで深く刺さっているかにもよるが、あれは果物ナイフ。人は2階から落ちたとしても本当に打ちどころが悪くなければ、致命傷にはならない。
なら、私の回復魔力で助けることは可能かもしれない。救える可能性は高い。時間との勝負だ。早く負傷者の元に向かわなくては。
しかし、中庭に倒れていた黒いローブを被った女性らしき人影は突然、炎上した。
どこからともなくローブが燃え、身体を包んでいく。
「うそ……」
思わず絶句してしまう。どうして……
火の手は一瞬で激しくなり、近くのブロック壁まで黒く焦がした。
何かの魔道具の発動か。女主が自分の身体に火をつけたとしても、ここまで激しく燃え上がらせるのは難しいだろう。最上級クラスの火属性魔力。でも、彼女の得意な魔力の属性は闇。歴史上に残る天才魔導士は別だけど、得意属性以外の魔力を最上級クラスにすることは普通はできない。むしろ、得意属性すらその域に達すれば、天才のように扱われる。
そう考えれば、彼女の身体に何か魔道具が仕込まれていて、それがナイフの一突きをトリガーに発動し、身を焦がしたと考えるべきでしょうね。
あまりに火の勢いが強いせいで、我々は消火すらろくにできずに、自然に火の手が消えるのを待つしかなかった。
残されたのは黒焦げの遺体と胸に突き刺さっていたであろうナイフ。
あまりの惨状に、グレースさんとメイドさんは悲鳴を上げて、うずくまっている。
私は状況をしっかり確認しようと、それに近づいた。
あれほどの火の勢いだったせいで、一見するだけでは性別の判断すら難しいほど損傷している。
この世界の法医学のレベルがどれほどかは詳しくは知らないけど、致命傷が火傷なのか、一酸化炭素中毒なのか、それともナイフなのかはわからないわね。
時計塔はまだ、主の部屋に影を落としている。
どこからどう考えても自殺。でも、何か引っかかる。
私がずっと疑問に思っていると、後方にいたメイドさんが奇声を上げていた。
さきほどからショックで震えていたから、よほどショッキングなのだろう。無理もない。
心配して声をかけようとした瞬間……
「呪いよ。これはきっと……真実の日時計にまつわる呪い。私達、全員呪い殺されちゃうんだ。死にたくない、死にたくないよぉ」
それはまるで怪奇伝説をモチーフにしたミステリー小説の開幕のゴングのように聞こえる。おそらく、彼女も同じ気持ちだろう。
灰色の脳細胞を持つ名探偵の名言を口ずさむ。
「私の小さな脳細胞が動き始めた」




