第10話 事件
「きゃあああああ」
悲鳴で目が覚めた。やっぱりソファーで眠ったせいで少し身体が痛い。でも、身体の疲れは取れている。やっぱり身体の若さよね。普通、このいわくつきの館で悲鳴が上がれば殺人事件を連想するけど、今に限ってはそうじゃない。
だって、彼女が私の部屋にいるもの。
「なんで、なんで!?」
私がソファーで寝ていること。自分が他人の部屋にいること。昨夜の記憶があやふやなこと。
彼女の疑問はたくさんあるわね。
でも、最初に言うとことそれじゃない。混乱している人に新しい情報を与えるのは悪手。だから、こういう時は安心できる日常感を演出させた方がいいわね。
「聞きたいことはたくさんあると思うけど……とりあえず……おはよう、グレースさん?」
彼女はその言葉を聞いて少しだけ冷静になったみたい。
「お、おはようございます、ミリア様」
少しだけ気まずい朝が始まる。
※
「本当にご迷惑をおかけしました」
食堂に向かう廊下で、彼女は何度目かわからない謝罪の言葉を繰り返す。
「大丈夫よ。今度カフェで惜しいお茶ご馳走してね」
「好きなだけ飲んでください。いくら飲んでも構いません」
「1杯だけで十分よ」
私たちが食堂に入るとすでに他の客たちは席についていた。執事長とメイドさんは忙しそうに食事の準備をおこなっている。皆、こちらをちらりと見て、またテーブルに視線を戻す。
よかった。昨日の大騒ぎに対して何か言わられたらどうしようと少しだけ不安だった。
すぐに朝食が運ばれてくる。新鮮な野菜と卵料理。そして、スープとパン。シンプルながら手の込んだ朝食が運ばれてくる。
味は安定の美味しさだ。冷凍技術がしっかりしているんだろうな。たぶん、数少ない氷魔力の使い手が、しっかり食材の温度管理をしているはず。そうしなければすぐに傷んでしまう食材が多いから。
全員が食事を食べ終えた後。突然、魔道具のモニターが映り始めた。
女主の姿が見える。やはり、顔を隠していてこちらからは見ることはできない。
昨日とは違って無音で、こちらを見ていた。そして、一瞬口元を映し笑う。
何か変だ。私は映像に集中する。部屋がいつもよりも暗い。これは日時計の影響だろう。朝確認した時は0時の方向に影ができていた。つまり、リアルタイムの映像ということで間違いないはず。
「さようなら」
主は短くそう言うと、窓に向かって動き始めた。ゆっくりと窓を開けると、そちらに腰かける。彼女の手には果物ナイフが握られていた。たしか、主の部屋は2階建て。まさか……
自分の胸元にそれを突きつけて、苦しそうな息が聞こえたその瞬間、彼女の身体は窓の外へと投げだされた。




