第4話 時計の館
私たちの馬車は、時計の館に入っていく。客品用に作られた馬車止めにはすでに3台の馬車が止まっている。時計の館という名前の通り、屋敷全体が日時計になっているようね。変則的な形の塔は、日光が当たる角度によって時刻を示している。
日時計とは、その名の通り原始的な時計だ。私がいた時代には、紀元前3000年のエジプトでも使用されていたとされる。まぁ古代の日時計は問題も多くて、古代ローマや古代ギリシア時代にやっと完成したとされるはず。
中世ヨーロッパ以降に機械時計発明されても、当時の機械時計は故障が多く、日時計のアナログさが優位に立っていたらしい。さすがに現代科学文明では、お金持ちの道楽にしか使われていなかったけどね。思い出すのはシャーロックホームズの聖地巡礼のついでに見たロンドンの日時計ね。
あれは水平式の日時計だったけど。今回の屋敷全体を使った日時計は柱型。古代ギリシア人が完成させた日時計の形式。季節ごとに文字列を変えなくてはいけないという欠点があるもののそれを事前に見越して、季節ごとに時刻線を引いておけば問題が解決できてしまう。
意外とコスパがいい日時計ね。
「お待ちしておりました、グレース様。ミリア様ですね。ようこそ、時計の館へ」
頭が禿げ上がった優しそうな老紳士が出迎えてくれる。おそらくこの館の執事長だろう。教養豊かな朗らかな笑顔が安心感を与えてくれる。
「はい、あなたは?」と私が言うと……
「申し遅れました。この時計の館で執事長を務めているモルガンです。本日は主に変わって、お客様を出迎えるホストを仰せつかっております。何か要望があれば、私におっしゃってください」
「でも、私はこの館の主に依頼されて……」
「ええ、聞き及んでおりますよ。主は夕食後にあなた様達にお会いすると申しております。ですので、しばらくお待ちください。この館の料理長は、かつて王宮で修業した男ですので、腕は確かです。ミリア様でも必ずお気に召すでしょう」
やはり、私の素性も完璧に調べ上げられているみたいね。少し嫌味な感じの言葉に心がちくりとしたけど、気にしないわ。これくらいなら貴族社会でのそれのほうが心がくじけそうになるから。
「そうですよ。ミリア様はあらゆる知識に精通していますし、グルメですからね。学生寮の食堂でもどんな隠し味もわかってしまう神の舌と言われてましたから。料理長さんも本気でかかってきてくださいね」
親友の無邪気な言葉にどんなに救われただろうか。やっぱり、私には彼女しかいない。
「ええ、それはもちろん。主からも当代最高の名探偵にご助力いただけることを光栄と言っておりますので」
怪しい初老の執事長はまさに慇懃無礼。キャラが立っていて、いいわね。やっぱり館の執事長はこれくらいじゃないと。そんなバカなことを考えながら、私たちの館生活が始まろうとしていた。




