第3話 道中
「ふたりで旅行なんて楽しみですね!!」
ウキウキのグレースさんはいつも以上にオシャレなフリルがついた服を着ていた。結局、私はあの誘惑から逃れることはできなかった。
ゴロゴロと馬車は舗装されていない土の道を行く。
だって、そうでしょう。館よ、館。綾辻先生の館シリーズなんて、ミステリー好きには必修科目みたいなものだし。奇怪な館で引き起こされる凄惨な事件を名探偵が華麗に解決する。最高のシチュエーション。叙述トリック、抜け道、密室……まさに、館はミステリー小説で言うところの硬派な事件現場よ。名探偵と館が組み合わされば――
最強。
私が向こうで現役の時は、館とゾンビを組み合わせた変わり種もあったし。他にもメタ視点を徹底したあのミステリーも大好物。もう何が起きるかわからない。
「ごめんなさい、巻き込んじゃって」
目を覚ましたグレースさんに話したら、「行きましょう。ミリア様ならそんな謎すぐ解けますよ。それに、その時計の館の近くに、行ってみたい観光スポットがあるんですよ。お仕事終わったら行きましょう」なんてウキウキで準備を始めてしまった。
あの謎の女性からもらった手紙には、この館に潜む秘密を解き明かして欲しい。詳しくは現地で。報酬はしっかり払う。そんなことが書いてあった。正直に言えば、王宮からいただいた慰謝料のおかげでお金には困っていない。
そもそも私の家の伯爵家はかなり裕福だし、弟が家を継ぐことになるので、私は自由に生きることができてしまう。この世界でも名探偵として生きていくこともできちゃうんだよなぁ。それはそれで魅力的。もともと王太子殿下の婚約者という役割があったから、目立たないように生きてきた。この世界にも小説はあるけど、中世ヨーロッパ風世界観の影響かな。
エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人』みたいなものもないのよね。そもそも、あれは1841年に初版が発売されたはず。中世ヨーロッパが何年までかは学者でも論争があるだろうけど半世紀レベルの文明の遅れがある。科学に変わって魔力が進化した世界ということもあって、部分的な産業革命が早く発生しているのが救いだけどね。
ミステリーに飢えすぎて自分でも書こうとしていたくらいだから。
やっぱりこんな魅力的な提案は断ることができなかった。
「見えてきましたよ」
グレースさんが馬車の窓から身を乗り出す。
そこには面白い館が存在していた。
円形の広い屋敷の中央に窓もない高い塔が建っている。
「なるほど日時計を模しているのね」
最高にミステリアスな場所ね。おもしろいわ。震えるような感情の高ぶりを感じながら、私たちは屋敷の門をくぐった。




