板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年8月25日
山奥にたたずむちっちゃな村、このはな村のコミュニティラジオ、このはなFM。金曜夜のDJは板谷楓さん。彼女のトークと素敵な音楽で綴る番組の様子を、小説スタイルでお楽しみください(もちろんフィクションなので番組も放送局も実在しません)。
もっともなんだかんだで、作者が現実の世の中に対して抱いている不平不満を登場人物の名を借りて吐き出してるだけという話もありますが。
このはな村の設定は、第十部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月9日」および第十一部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月16日」の本文にて紹介しています。
みなさんこんばんは、板谷楓です。
週末の夜、このはな村役場分署の一階サテライトスタジオから生放送でお送りする番組、板谷楓のスイートメイプルタイム。
この番組では、このはな村のさまざまな情報と、落ち着いた音楽、そしてわたしのとりとめもない雑談を、ミックスさせてお送りしています。かたい話ではありませんので、どうかリラックスしてお聴きくださいませ。
先週に引き続き、霧積優香さんをゲストにおよびしております。
「こんばんはーっ!」
優香さんは、このはな村の農家に生まれ育ち、現在は大学院で農業を研究しつつ、このはな村で新たな農作物を栽培することにチャレンジしています。ちなみに、わたしの二学年上の先輩です。
で、先週その新しく栽培を始めた農作物を紹介してもらうはずが、前置きに時間を取っちゃったので、今週に持ち越しになったわけです。
「はい、本当に失礼いたしました。一週でまとめるつもりが余計に時間をかけちゃって。楓ちゃんみたいなトークのプロと違って、時間読んで話すの苦手で……」
……ぜぇったい、ウソ。
こうやって話を引き伸ばせば、二週出演できるからって、そういうことでしょ?
「失敬な。私はこのはな村の農業について、より深く話せるように考えてるんですからねっ!」
……皆さーん、お気づきですかー? この人、確信犯ですよー! 狙って先週トークを引き延ばしたことは否定してないですよー。村の農業の話にうまいことすり替えてますよーっ。
「まーまーまー、細かいことにこだわってるとまた時間押すから、話進めましょ、おはなし、をっ」
うわー、開き直ってるー。ま、とはいえ、ここでつっかえてるとまた時間が押すので、とっとと本題入りますよ?
先週のお話で、このはな村では夏野菜とか米以外の穀物とか果物など、いろいろな作物を出荷してることは分かったんですが、さらに目新しいものを栽培しようと模索してるんですよね?
「はい、そうなんです」
で、例えば、どんなものを育てていますか?
「そうですねえ、色々ありますけど、例えば」
例えば?
「パイナップル」
今日のゲストは霧積優香さんでした、ありがとうございましたー!
「こらー! 出番終わるの早すぎでしょ!」
いやだって、このはな村でパイナップルは、いっくらなんでも、ムリ! そういう夢物語を聞きたいわけじゃないですから!
「いやいや、現実味のある話だと思いますよ? だって最近、昆虫食って話題になってるでしょ? それで日本でも食用のコオロギを養殖しようなんて試みもあるらしいけど、あれって東南アジアみたいな暑いところじゃないと難しいらしいんですね。でもそれなのに、日本でやろうという計画があって、それを国が後押ししてるわけです。だったら、パイナップルを沖縄以外で作ることだって現実味のある話じゃないですか?」
無いです! コオロギは温室で育てるって話だし、だいいち日本のもっとあったかいところに温室作るって話でしょ? 長野とか群馬とかに作るとしても、このはな村みたいな山の上には作らないし!
「そっかー。楓ちゃん虫ダメなのかー。だったらイナゴもペケ?」
そこじゃないって! まー確かに、わたしは、イナゴは、個人的にダメ、だけど。
で! 漫才トークはさておいて、何ゆえ、このはな村でパイナップルを育てようと思ったんですか?
「植物って、世代交代していくうちに、さまざまな環境に適応していく力を持ってるんですよ。もともと稲だって、東南アジアみたいな暑いところから伝わってきて、どんどん日本列島を北上して、今は北海道も日本有数の米どころだし」
なるほどー、でも、北海道って夏は意外と暑くないです? 場所にもよりますけど。
「もちろんそれはあるし、地球温暖化の影響があるとも言われています。でもそれとは別に、北海道の気候に合うよう品種改良を続けてきたたことが大きいんです」
でも、パイナップルはさすがに飛躍が……。
「だからちょっと実験してみたんですよ。パイナップルのヘタの部分を切り取って、水を入れた花瓶とかに差しておくと、ほら」
ん? おおっ! 根っこが出てる!
「そう! パイナップルは水栽培ができるんです!」
すごーい。実はどこに成るんですか?
「この茎の真ん中から、にょきにょきっと生えて来ますよ。二年か三年くらいかかりますけど。水栽培で根っこが伸びてきたら、土に植え替えて。植物だからお世話はちゃんとしなきゃですけどね」
へー、いま水栽培の写真見せてもらってるんですけど、すごく根っこが伸びて、ガラスの花瓶の底まで届いてます。これを花瓶から上げて、土に植えたんですか?
「そうです。そのあとも順調に育ってくれましたよ」
で、その後は?
「……」
……その後は……?
「冬になって、外に置いといたら、霜が降りて一発アウト」
こらー! 失敗したケースを紹介してどうするー!
「いやいや、失敗からの試行錯誤の過程をお伝えするのも重要じゃないですか。その上で適した農作物を探すわけですよ」
まあ、一理あるけど……。それで次は何を?
「そうですね、食べ物に限らず、花き類も需要が高いですから、それにチャレンジしようと思ってですね」
おおー。それで、どんなお花を育てたんですか?
「ハイビスカス」
優香さーん、番組なめてませんかー? というか農業なめてませんかー?
「なめてないってばー! こっちはちゃんと育ってくれてるんだからー!」
あ、そうなんですか? で、商品化は出来そうなんですか?
「もう少し研究が必要かなー。温室がキャパオーバーになりつつあるから」
温室? そこまで本気なんですね。でもこのはな村で温室って難しくないですか? 多分冬は雪で潰れるし、夏はひょうが降って穴が開くし。
「それは平気」
そうなんですか? なんか丈夫なつくりとかになってるとか?
「だって、家の中だから」
ない?
「だから、私の部屋の窓際に、私がレースのカーテン作ったとき、余った布でハイビスカスを囲ってさ。でもそろそろ私の部屋だけでは限界かなあ」
優香さん? 今日は、趣味のお話を聞いてるんじゃないんですけど? 農業の、お話を聞きたいんですけど?
「じゃあ、柑橘」
か、んきつ? だからぁ、ミカンとかレモンとか、冬は激寒のこのはな村では、
「橙」
だいだい? あっそうか、あれはけっこう寒さに強くて、うちの庭に植わってるかも。あと垣根に使うトゲトゲの木にもミカンみたいの成ってるの見たことあります!
「カラタチですね。カラタチもダイダイも寒さに強い柑橘類なので、このはな村でもお正月の鏡餅に飾ったり、あと皮を生薬にしていますね。今のところ庭木でしかないですけど、効率的な栽培方法は開発可能だと思いますよ。ただ……」
ただ?
「みかんなどの柑橘類はライバルとなる産地が多いんです。やっぱり温暖な地域には勝てないですね。輸入物との競争もあって、量がダブついているところもあるみたいで……」
あのう、いい加減ツッコミ疲れでですね、ずっと曲流して終わらせたろかとも思ったんですが、優香さんが言うには、今週用意してきた食レポが答えだ! ってことなんです。というか、まだ今週は何を食レポするのか聞いてないんですけど?
「もう準備できてますよ。ほら」
あ、優香さんが保冷袋を取り出して、その中から出てきたのは……。
ん、いちご? わあ! 美味しそう。色も真っ赤だし。えっこれ、どこで買ってきたんですか?
「ん? 買ってないですよ」
買ってない? ということは、誰かにもらったんですか?
「もらってもないよ」
え? じゃあ、どこから……?
「もう答えは一つしか無いんじゃない?」
うーん……。あーわかった!
「そう、それ!」
万引き!
いやー、いつかやるとは思ってたんですけどねー、大人しそうな顔して実はお腹がブラックだからー。
わーわー、暴力反対! 誰に教わったんですかプロレス技なんて!
「ちがーう! これは霧積の名誉をかけた正統なる抗議意思の表明じゃあ! つーか、ボケツッコミは長引かせると本題に入れないから、良い加減話を進めなさいっ!」
自分からボケといてこれだもんなーと愚痴りつつ、では絶賛大暴れ中の霧積さんにお答えいただきましょうか。このイチゴ、どこから手に入れたのですか?
「はい、これはですね、なんと、私が作りましたー!」
「あれ? 反応が薄いですわね? 画期的なことなんですけどねー?」
いやいや、さんざんボケ倒されたもんだから、なんというかもう、サプライズ成分が自分の心の中から消費され切ったといいますか……。
「あー、やり過ぎたなあー。でも! ここから真面目に解説します! 実はこの季節に日本でイチゴが獲れるって、画期的なことなんですよ?」
画期的? うんまあ、イチゴが、もともと春のデザートだってのは分かるけど、冬も温室栽培で作ってますよね。クリスマスケーキとかの需要があるから。今の時代、作物と季節ってあまり関係ない場合も多いって思う……。
「確かに、温室栽培で冬でもイチゴは食べられるようになりました」
はい。
「でも、逆は?」
逆? というと、うーん、ビニールハウスの中で冷房かけたり?
「それはさすがにコスト高すぎるかなー? もっと簡単な方法、というかこのはな村もまわりの市町村も昔からやってる方法を使ってるっていえば、もうわかるでしょ」
えー? 知ってますよそれくらい。夏も涼しいから春野菜が夏でも獲れる、みたいなことですよね? キャベツとかレタスとか。
ということは、このイチゴも?
「びんぽーん! 春の味覚であるイチゴを、真夏に収穫できるようにしたのがこのイチゴなんです!」
そうなんですかー。でもこのイチゴ、とっても甘くて美味しいですねー。
「ふふん。でしょ?」
でも、どうして今になって作り始めたんですか?
「よくぞ聞いてくれました!」
いや、聞いてほしそうな顔してたから。
「日本の気候では、夏にイチゴの農業用栽培をするのは無理とされてきました。暑すぎますから。スイーツなどに使われるイチゴは、ほとんど輸入に頼っているのが現状です」
ふむふむ、輸入ってことは価格の変動が激しいですよね。
「そういうことです。でも逆に言えば今の季節、まして円安と燃料費高騰のダブルパンチが当分続きそうなこの時代に、国産イチゴを低コストで作ることができれば?」
……売れますね。
「そう。数年前からすでに、青森県などで夏に出荷するイチゴの栽培が始まっていますから、このはな村でも不可能ではないですよね?」
おー。青森県で出来るなら、このはな村でも出来そうですね。
「その通り。ついては、このはな村の環境により適したイチゴの品種を作ろうということで、農業試験場と協力してできたのがこれ。さくやひめと、ちるひめです」
おおー。さくやひめ、は、コノハナサクヤヒメですよね? このはな村の守り神、天狼神社の真の祭神、ですね。でも、ちるひめというお方は、どんな神様なんです?
「チルヒメは、イワナガヒメという呼び名の方が知られていますね。サクヤヒメのお姉さんです。色々あって妹さんの方が有名ですけど、二品種あるので姉妹両方の名前を新品種に付けさせてもらいました」
うんうん、いい名前ですよね。もぐもぐ。んで、このはな村の環境に適した品種ということですけど、どんな特徴があるんですか?
「イチゴって、寒さを経験しないと実がならないんです。このはな村は五月でも霜が降りるとか普通にありますから、その気候を利用すれば、夏に収穫できます」
ですねですね。あ、でもさすがに、このはな村でも夏の昼間はちょっとは暑くなりますよ?
「そこがポイントで、ある程度まで暑さに耐えられるように品種改良した上で、なるべく涼しい場所で栽培するんです。さらにポイントとしては、苗は水栽培するんです」
水栽培? あ、冷やすってことですか?
「そうです。だいたい梅雨後半の雨が多くなる季節から植え始めて、雨水をうまく誘導して流れを作れば、適度に栄養も与えられて苗がうまく育ちます。水栽培に強いというのもこの品種の特徴ですね」
ということは、イチゴの苗は、冬だと錯覚するんですか?
「はい。だからある程度育ったところで送水を止めると、今度は春だと思って、ぐんぐん成長します。水を止める時期を調整することで、収穫時期もずらせます」
へえー、すごいですね。でもイチゴってとても手間のかかる気がするんですけど。このはな村は農地面積が広いぶん、ひとつの作物に手がかけられないのが特徴だし……。
「もちろん、そこも考えられた品種なんです。病虫害や鳥害、鳥に実を食べられたりというのを防ぐためにもハウスで栽培するのが良いのですが、あ、イチゴの食べるところは厳密には実ではないですが便宜上そう呼んでおきます。で、このはな村は夏になるといきなりの豪雨とかひょうとか強風があるんで、ビニールハウスは作ってもすぐ壊れてしまいます。だから雨風やひょうを受け流せるネットで代用します。もちろん雨はネットを通して実にぶつかりますが、それに耐えるくらいの強さを実に持たせています」
あー、だからなのかな、果皮? の部分がちょっと固いというか、弾力が、あります?
「単純に固くすると、かえって傷が付きますし、しなやかさを持たせて、強いイチゴにしています。これが食感も良くしてると思いますよ」
はい、とても美味しいし、歯ざわりもなかなかですね。
で、気になるのは、これ、売れるんですか?
「とっとっと、いきなり失敬な。今年から販売開始で、すでに今日から村の道の駅で売ってますよ。なかなか売れ行き好調だそうです」
あーなるほど。
「なるほど?」
このために、今週も出番が欲しかったわけですね?
「そーゆーことっ」
板谷楓のスイートメイプルタイム、お開きの時間が迫ってまいりました。
今回は霧積優香さんをゲストにお呼びしました。が、何というか、新しく売り出したイチゴのプロモーションしたいなら最初から言ってよってカンジですけど。
「えーだって、こっちからお願いすると借り作っちゃうし、いくら村のためになる告知ならタダでいいよと言っても、告知だけして帰るのもゲストとしてどうかなーって思うから……」
要は、自分がたくさん出たかったんでしょ?
「……うん」
ま、今になってスタジオ前にわらわら集まってきた人たちを見れば、最初からそういうつもりだったのは分かりますけど? というか、なんでこんなとこでバーベキュー始まってるんですか?
「え? そりゃあ、楓ちゃんに、このはな村の美味しい野菜を食べてもらおうっていう、このはな農産品出荷組合第三開拓村分会の総意に決まってるじゃないですかー」
あ、ありがとう、と素直に言いたいところですけど、んー、このはな村に住んでれば毎日このはな村の野菜は食べてるし、実はこれも含めてプロモーションなわけでしょ?
「ぴんぽーん! それではこれより、このはな村の美味しい野菜をふんだんに使ったバーベキュー大会の模様を、このはな農産品出荷組合公式動画チャンネルで生配信しまーす!」
あっひゃー、そこまで周到に準備してたとは、やられました。でも中央広場でパーリーするってことは役場の許可取ってるわけでしょ、って、
グルかー!
「そ。役場にも同級生がいるんだから、そこは上手いこと話は通しておいたんさ。でも手続きがお盆挟んで遅れたから今日になっちゃったのよ。ちなみに楓ちゃんにサプライズとかいうの一切なし、純粋に、ロハで最大の宣伝効果引き出したろっていう商売上の理由でーっす!」
すっかり、やられちゃいました。告知だけだとこっちもあまり時間あげられないってことを分かってて、このはな村の農業について話す時間を伸ばそうという、相変わらず策士だよなー、もう。
ま、やられたものは仕方ないので。お相手は板谷楓でした。
それではまた次回、ごきげんよう。
で、優香さん、どんだけ飲んでるの?
「決めつけてもらっても困るなあ、でも大体ほんの三杯くらい?」
ほんの、って量じゃないってばー……。
架空の世界を作るのって楽しいですね。それが異世界か現実世界か、なんてことは実はあまり関係なくて、どちらの場合も実在の場所が影響したりしなかったりするものだと思います。「空想都市」「架空鉄道」なんてキーワードで探すと、想像力豊かな架空の都市や鉄道を楽しむことができます。
作者は、このはな村という架空の村を作っています。ですがその設定を空想の地図として形にはしていません。それは単に絵図の類を作るのが苦手だからなのですが、では文章ならちゃんとその空想の設定を落とし込めているのかといえば、さて……。
イチゴは年間通して需要がある作物(農業の世界では果実的野菜という定義だそうです。木に成らず一年以内で収穫できるから。本文でそこまで踏み込むと話がややこしくなるのでやめましたが)ですが、夏は国内産地からの供給がほぼ止まってしまうのだとか。しかして寒冷地ならその時期を狙った栽培が可能なので、そういった試みは実際あるそうです。
本来ならば、国内にはほったらかしの農地が有り余っているのですから、それを活用することにより食料自給率を上げることこそ「国を守る」ことに直結すると思うのですが……。
その思いは前回分にも反映されています。このはな村では小麦の作付けを増やしていますから。何かこのままだと米すら外国産に駆逐される、それも国内に生産力があるにも関わらずそれを捨てさせてまで外国米を優先させる日が来てもおかしくないとおもってしまいます(現に牛乳は国内で捨てるほど生産されているのに輸入は止められていません)。
空想の地図という趣味は、現実を反映することが必然なんだそうです。小説も現状とは無縁でいられないし、もしその縁を切ったものがあったら取るに足らないものになる、そう思います。
もっともそれは十分条件ではないので、作者の文章が現実を反映したからといって面白いかは分かりませんが。