板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年7月28日
山奥にたたずむちっちゃな村、このはな村のコミュニティラジオ、このはなFM。金曜夜のDJは板谷楓さん。彼女のトークと素敵な音楽で綴る番組の様子を、小説スタイルでお楽しみください(もちろんフィクションなので番組も放送局も実在しません)。
もっともなんだかんだで、作者が現実の世の中に対して抱いている不平不満を登場人物の名を借りて吐き出してるだけという話もありますが。
このはな村の設定は、第十部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月9日」および第十一部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月16日」の本文にて紹介しています。
みなさんこんばんは、板谷楓です。
週末の夜、このはな村役場分署の一階サテライトスタジオから生放送でお送りする番組、板谷楓のスイートメイプルタイム。
この番組では、このはな村のさまざまな情報と、落ち着いた音楽、そしてわたしのとりとめもない雑談を、ミックスさせてお送りしています。かたい話ではありませんので、どうかリラックスしてお聴きくださいませ。
さて、先週あたりから下界は相当な酷暑のようですね。かく言うわたしたちの住むこのはな村も、最高気温が二十五度を超えたり超えなかったりという猛暑に襲われています。
あ、最低気温ではありませんよ。このはな村は真夏でも最高気温が二十五度未満のことが多いんで、二十五度を超えるだけでも一大事なんです。
この時間は日も暮れて、涼しくなってきました。スタジオ前の中央広場にも、夕涼みがてら散歩に来る方も増えてきてました。夏ならではの賑やかな雰囲気です。
観光客の方々以外にも、夏休みを使ってこのはな村に帰って来る方々も増えて来ました。
今日は、そんな中のお一人をゲストとしてお迎えしました。それでは自己紹介をお願いします。
「みなさんこんばんは、みよたみのりです」
よーこそー、というか、おかえりー!
「た、ただいまー!」
えー、みよたみのりちゃんは今年の三月まで小学生DJとして、このはなFMに出演していました。いまは都内の私立中学校の一年生です。
みのりちゃん、学校生活はどんな感じですか?
「えっ、えっと、暑いです!」
暑い、って、それ学校だけじゃないでしょー? 家もそうだし、通学とかでも……。
「そう! 通学のときが超超超暑くて! 寮から駅まで歩いただけで汗びっしょりで、電車乗っても混んでて冷房効いてるのかわかんないし、駅から学校まで歩くとまた汗びっしょりで、大変なんですよー?」
うーん、まーそれも学校に関係してるといえばそうだけど、というかツッコみ方間違えたー! えっと、暑い話じゃなくって、あのね、学校着いてからのようすはどう?
「うーん、このはな村の小学校よりクラスも多いし、クラスの同級生も、先生の名前覚えるのも大変だったかなー」
うんうん、このはな村は学校小さいもんねー。
「うん、学校も大きいからどこに理科室があって音楽室があって、とか覚えるのが大変で、友達にひたすらついてくだけだったもん。授業もどんどん難しくなってくるけど、それより人の名前とかいろんな場所とか覚えるのが大変だなー」
都会はごちゃごちゃしてるって感じなんだ? やっぱり。
「うん、そう」
でも人が多いと、どっか行くのも大変じゃない? 人混みとか歩くのもひと苦労だと思うけど。
「うんうん、駅とか歩いてると向こうから人がどんどん歩いてきて、突撃してくる感じだもん。どこ歩けばいいか分かんなくて、でも友達はみんなスイスイ行くもんだから、ついていくので精一杯って感じだよぉ」
電車は少しは慣れた?
「ぜんっぜん、慣れない! 駅は迷路みたいだし、ホームいっぱいあるし、電車の行き先もあっちこっちバラバラだし、電車の中はお客さんいっぱいだし、それにそれに! いっちばん怖いのが、人がぎゅうぎゅうなのに窓開いてないところ! それでとなりの人がセキしたりすると、のけぞってよけちゃう!」
あー。それ怖いよねー!
「うん、だってマスクしてないんだよ!」
ええっ⁉︎
「もうどんどん、マスクしない人増えてるもん。病院は患者さんがいっぱいだって、クラスのお医者さんちの子が言ってた。診察時間終わっても診察しきれなくて、毎日夜遅くまで働いてるからお母さんやお父さんの身体の方が心配だってさ。そりゃそうだよねー」
だよねぇー。あ、クラスとかでは、感染した子はいるの?
「うちのクラスは平気だけど、何人かまとまってかかった
クラスもあったよ。それなのに学級閉鎖しないとか、それが余計怖いもん」
うわあ、そんなことになってるんだ……。みのりちゃんは大丈夫?
「ボクは平気。ボクのクラスはちゃんと先生も生徒もますくしてるし、窓も開けてるし」
あー、良かったねー。じゃあ村の検査もパスしたんだ?
「バッチリ。抗原もPCRも陰性。あと村からも抗原キット送ってくれてるからそこでもちゃんと調べてるし。精度は悪いけど自分でできて結果がすぐ分かるから便利だよね」
そっかー。役立ってるんだねー。
抗原検査キットが、なぜか会社とかで余ってるところが結構あって、お店で売ってないのになんで? って思うんだけどそれを村が買い取って、村から上京した子に送ってるんですよ。村を離れると感染対策がしにくいって意見があって、村で育った子どもたちへの、せめてもの対策なんですよね。
ところで、学校で楽しいことってある、よね? 大変なことや怖いことばかりじゃやってられないもんね?
「もちろん。勉強は楽しいし、寮でもクラスでも友達ができたから放課後とか休みとかにはゲームしたりしてる」
あ、ゲームなんだ。やっぱ今時の子は。
「今時って。あはは、楓さんだって子どもの頃からゲーム世代でしょ?」
えーでも、このはな村ではゲームより外で遊ぶとか多かったでしょ?
「あ、ゲームってカードゲームとかもだよ。あと寮の庭でメンコとかベーゴマとか。そういう遊びを大事にしようって寮の方針があって、みんなで遊んでるよ」
そうなの? じゃあ、このはな村と同じだね。
「うん。あーいう身体使ってやる遊びってハマりやすいみたい」
あ、部活は?
「部活は、園芸部」
ええっ! 意外! えっなに、何やってるの? コント? 漫才?
「んーと、ボクはピン芸で、って、その演芸じゃないってばー!」
あっ、そっか! ごめん間違えた! つかホントに演芸やってるみたいなノリツッコミだったけど、惜しいなー。
「いやいや、惜しくない惜しくない」
でも、花とかを育てるのって、このはな村と勝手が違うというか、暑くない? この時期都会で庭に出たら。
「暑い! むちゃくちゃ暑い! だから朝早く学校行ってお世話して、その代わり午後は活動なしだから、早く寮に帰って晩ごはんまでぐにゃーってしてる。ホントはお水やるのは夕方がいいみたいなんだけど」
そうなの?
「うん。朝にお水やっても陽射しで生ぬるくなっちゃうんだって。でも涼しくなるの待ってたら夜なっちゃうし、あとこれだけ暑いと朝も夕も無いよって顧問の先生も言ってるし。植物も暑すぎて、なんか元気ない子も多いなー」
うわー、大変だあ。
「うん。あ、でも、このはな村に無いようなお花もいっぱいあるよ。あのね、東京って、一年中ハイビスカスを外に置いといても大丈夫なんだって!」
へぇー。
「個体差はあるけど、熱帯の花も外に置いたままで大丈夫なんだって。だから、ランタナっていう花あるでしょ? あれも熱帯原産なんだけど、余裕で冬越すみたい。なんか葉っぱは落ちるんだけど、春になるとまた葉っぱが生えてきて花が咲くんだって。学校の植え込みにもランタナがいっぱいあるんだけど、誰も植えてないのに生えてきたって先輩が言ってて、種を小鳥が食べて運ぶみたいって言ってた。暑くても全然へこたれないし、すごいなーって」
うん、すごいねそれ。そっか、暑いところの植物はこのはな村の庭では育てられないから、出来ない体験だよね。
「うん、それは良かったなって思う」
食レポでーす。今日はまず、みのりちゃんが東京の学校で驚いたことについて教えてもらいまーす。では、どーぞっ!
「あ、はい。えっとですね、ボクの通ってる学校は私立だから給食が無くて、その代わり食堂があるんですけど、んでボクたち寮生はお弁当作ってもらえるんですけど、それだけだと足りない子もいて、おそばとか追加するんですけど、食堂のメニューが、なんか変なんですよ」
変って? どんな?
「定食とかじゃないと、野菜が付いてこないんですよ。おそばのネギだけじゃ野菜足りないし、カレーも野菜付いてこないし入ってる野菜も少ないし」
あー。でもそういう食堂とかって、意外と多いんじゃないかな、そのパターン。別に野菜サラダとか買えることもあるけど。
「うん、そうなんだけど、あんまし食べる子いないなー。野菜より肉とか炭水化物! って、みんな言ってるけど」
うん、実際、お店で外食ばかりだと野菜が不足するっていう人多いんだよね。そこで、今日はみのりちゃんセレクトのメニューなんですよね。
「そうです。今日の食レポは」
食レポは?
「このはな村の美味しい野菜がてんこ盛り! 野菜丼でーす!」
やったー! ぱちぱちー!
……って、ならないですね、なんか。スタジオのガラスの向こうには観光の方々が見学にいらしてますけど、反応が鈍いと言いますか、キョトンとされてる感じがしますね。
「うーん、仕方ないですよねー。野菜って料理だと脇役のことが多いから、それメインって感じだと盛り上がりにくいのは分かるけど」
だよねー。よしじゃあ、わたしがプレゼンします。
このはな村は県内有数の野菜の生産地ですが、食べられるのに出荷できない野菜もあります。流通の量や大きさなどの規格に合わない場合ですね。
そういった野菜も、このはな村では無駄にしません。それを使って、安くて美味しいものを作ろうと考案されたのが、この野菜丼です。
具は野菜だけですけど、味付けは色々あって、わたしは今日は塩味、みのりちゃんのは?
「チリソース! 最近、辛いの食べられるようになってハマってるの!」
では実食しましょう、いただきまーす。
「いっただきまーっす!」
美味しいー! 野菜だけだなんて信じられない、深〜い味わいです。塩味とは言え、あんかけにおだしを溶かしたりはしてますよ。でも野菜そのものに味があるのを感じます。甘味や旨味があるんですね。みのりちゃんのはどう?
「美味しいでふ、すんごく。ピリッとした辛さに野菜の甘さが合わさってるから、辛すぎなくてちょうどいいです」
うん、なんかとっても美味しそうで、これでお肉入ってないのが信じられないって感じ。
この野菜丼は、先程も説明したように、村で余った野菜を使っています。他にはお米と味付け用のタレやソースだけというシンプルなものです。
野菜は季節によって変わりますが、今のこのはな村は夏野菜の出始めですので、ナスやトマト・ピーマンなどが入っています。
あと、普通はあまり出荷されない野菜の部位、って言っていいのかな。間引きしたとうもろこしをヤングコーンと言って食べるのはお馴染みでしょうけど、季節によって、大根の葉っぱとか、おいもの茎とかも食べますね。これは昔の農村ではわりとどこでも普通だったみたいですけど。
そういった売られない野菜でも、食べたらとっても美味しいんで、食べない手は無いですよね、ってことです。
ちなみに原価がそんな感じなので、テイクアウトなら二百円くらいから食べられます。お得でしょ? スタジオの外にも、うなずいてくれてる方がいらっしゃいますね。この季節はスタジオのある中央広場の周りに、夜も食べ物の屋台が出ます。野菜丼もいくつか出てますから、食べ比べもおすすめですよ。
板谷楓のスイートメイプルタイム、お開きの時間が迫ってまいりました。今回は、みよたみのりちゃんにゲストで入ってもらいました。久しぶりのラジオ、どうでしたか?
「楽しかったです。昼間はキンチョーするかなってちょっと心配してたんですけど、全然平気でした」
わー度胸すわってるねー。
「話し相手が良かったからー、心のコリコリほぐしてくれたー」
えっえっ、やだあー! そういうことサラッと言っちゃうような子に、いつからなったの、もおー!
「ふふん、思春期男子ですから」
うわー、ドヤって顔してるー! ませちゃってもう! でも思春期男子って、そのカッコで説得力無いから!
「これはこれですよー。学校とかじゃ、こういうコーデ出来ないんだよー?」
あーそれは分かるけどー。あのですね、このはな FMを去年からお聴きの方はご存知かと思いますが、みのりちゃん、ちょっと前の流行り言葉で言うと、男の娘です。
「そうでーっす! 男の娘でーっす!」
おおー、相変わらず堂々と言うねー。えーっと、トランス、じゃ無いんだよね?
「ううん、トランスじゃ無いですよー。だって男子校通いだもん」
ちなみに、男子校だからと言ってるみのりちゃん、服はいわゆる地雷系コーデですからね、リスナーの皆様、色々思うとこはあるでしょうが、時間も時間なのでいい加減お開きにいたしましょう!
それではまた次回、ごきげんよう。
「ごきげんよーっ!」
以前このはな FMでDJをやっていたというみよたみのりちゃん、もとい、みのりくん。当シリーズ久々の登場です。
宗教上の理由シリーズの中の『みよたみのりのこのはなだより』が、みのりくん主人公の作品です。
今回いろんな要素を一気に詰め込んだのは、一週おいたら書きたいことというか、世の中につけたいイチャモンが溜まってしまったといいますか。
新型コロナウイルスがまん延しきっているのは報道などを見ても明らかなのに、満員電車や人混みの中でマスクをしていない人の多いことと言ったら! マスクの着用は個人の判断だと言いますが、この状況下でマスクをしないという判断をした人の危機管理能力を疑ってしまうのですが……。
このはな村は引き続き厳戒態勢を維持しつつの観光受け入れ体制を行っております。フィクションですが、現実的世界でもこんな観光地が増えて欲しいと思います。
外で仕事をしていると外食も増えて、そうすると必然的に野菜が不足するという現象、ありますよね。
特に忙しいサラリーマンがお昼時かっ込む系の食べ物屋さんは野菜のメニューが少ないと感じます。駅そば屋さんは好きでよく行くのですが、野菜が薬味のネギと天ぷらくらいしか無いので、野菜の摂取量と油の摂取量が連動して増えてしまうというですね。
他に、チェーン店の中華とかコンビニなんかも、野菜メニューを取ると量も会計も上がってしまうので、そこに配慮したお店が増えるといいのですが。
みのりの男の娘カミングアウトは今に始まったことではなく、このはな FMで DJをやってた頃から周知の事実です。このはな村ではどんな感じで育ったのか、今はどうしているのか、というあたりはまた別途。夏休みは続きますから。