板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年7月14日
山奥にたたずむちっちゃな村、このはな村のコミュニティラジオ、このはなFM。金曜夜のDJは板谷楓さん。彼女のトークと素敵な音楽で綴る番組の様子を、小説スタイルでお楽しみください(もちろんフィクションなので番組も放送局も実在しません)。
もっともなんだかんだで、作者が現実の世の中に対して抱いている不平不満を登場人物の名を借りて吐き出してるだけという話もありますが。
このはな村の設定は、第十部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月9日」および第十一部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月16日」の本文にて紹介しています。
みなさんこんばんは、板谷楓です。
週末の夜、このはな村役場分署の一階サテライトスタジオから生放送でお送りする番組、板谷楓のスイートメイプルタイム。
この番組では、このはな村のさまざまな情報を、落ち着いた音楽を混えてお送りしています。かたい話ではありませんので、どうかリラックスしてお聴きくださいませ。
各地で梅雨の大雨が降っているようで、どうか警戒を忘れないようお願いいたします。
このはな村も本日は強い雨が降り続けています。この大雨は日本海の梅雨前線による雨雲が流れ込んでいるためで、今後も長時間にわたって降り続けることが予想されます。最新の気象情報に留意されるようお願いいたします。
そうそう、このはな村の雨量は村役場の本庁舎と分署で計測しているんですが、何年か前に、これが正確なのかっていう疑惑が持ち上がったんです。
確かに村の雨量計は古いんですが、ちゃんと検定を通してるし、置いてる場所も適切なんで、ちゃんとしたデータなんですよ。気象庁が設置したものじゃないから公式の記録にはならないというだけで。
じゃあなんで疑惑が生まれたかっていいますと、多すぎだって言うんですよ、一時間あたりの雨量が。
一時間雨量が二十ミリを超えると土砂災害の危険が高まると言われています。あくまで目安です。
ところが村の設置した雨量計によると、夏のこのはな村ではニ、三日に一回はそれくらいの雨が降っていることになるんです。それどころか、一時間五十ミリ以上の大雨も夏の間に何度か降っている記録なんで、それだけ降って何の被害も無いなんてありえないし、このはな村だけそんなに降るのはおかしい、と言うんですね。
たしか、どっかの新聞が指摘して、それが広まったんだと思います。でも取材もろくにしないで憶測で記事を書くな! というんで、村ではかなり批判が起きてました。
それって、わたしが高校生だった頃だったかなあ。あ、ひとつ自慢していいですか? 中学の自由研究で、雨量計を自作して正確に雨量を測れるか、という実験をしたんです。わたし一人じゃなくて友達とですよ。一人でそこまでやるのは大変だし。
で、どうやって正確さを調べるかというと、隣の村にあるアメダスのそばに雨量計を置いて測定するんですよ。天気予報とにらめっこして、降りそうな日にアメダスのそばまで行って、降ってくるのを待って、アメダスの数値と照らし合わせるんです。
成功しました。はい。そのあと、一か所だけじゃなくて、他のとこでも確認しようってことになって、役場の雨量計とも照合して、それも合ってたんです。
だから、役場の雨量計は実用に耐えるだけの正確さを持ってるんです。アメダスとほぼ同レベルですから。
で、自由研究の本題はここからで、村のあちこちに行って雨量を計ってみるのがメインテーマだったんですね。とにかくできる限り調べて。十か所行ったかなあ?
このはな村の夏って、それくらい夕立が多いんですよ。夏のあいだ、毎日のように降るから実験ははかどりましたよ。
そしたら驚きの結果が出まして、分署で測ってるよりも強い雨が降ることも多いし、逆もありますけど、山のにわか雨はちょっと場所が変わると雨量も大きく変わるって分かったんです。
あと村で一番激しい雨が降るのって、先週行った高天原のあたりなんです。一番強い雨が一時間八十ミリくらいだったかなあ。そこまで行くとレインウェア越しの雨が痛いくらいですね。だから一番の奥地で一番気候も厳しいところに神社はできるんだな、って結論だったと思います。
で、わたしの自由研究を取り上げるまでもなく、雨量計の正確さはメーカーが証明したし、あと最近は環境省とか大学の研究所も村に雨量計を設置するようになったし、気象庁がレーダーで雨量を観測するようになったんで、このはな村の雨量計は正しいってことで落着したんです。
とにかく、このはな村はとんでもない大雨がしょっちゅう降ってるよ、ってことなんですね。
で、今週は食レポお休みします。なぜかというとですね、今日はこれから、スタジオの外に出て中継みたいなことをやってみようと思うんです。
今、スタジオの外は相変わらずの大雨なので、そのようすをリポートしてみたいんです。
こないだ高天原で録ったリポートも雨音が入ってましたけど、そんなもんじゃないですよ、というのをお伝えしたいんですよ。まずはスタジオの外に出てみましょう。
このスタジオは村役場の分署の一階にあって、スタジオの外は一階のロビーです。建物の中でも雨の音が聞こえてるの分かるでしょうか?それだけ雨が強いんですね。
外からの出入り口の前に来ました。すでに結構な雨音がしてますが、開けますよ。
うわーっ! 慣れてるつもりなんですが、やっぱりこのはな村の雨は大迫力です! ザー! じゃないですよねこの音。ドバーッ! ですよね!
今日もレインスーツを上下しっかり着用しています。傘は役に立ちませんねー。今日のレインスーツは裏地ゴム引きの完全防水です。チャックやボタンをぜんぶしっかり閉めないと雨がちょっとの隙間からも入ってくる感じですね〜。
あとレインパンツの裾の処理もポイントなんですよ。究極的にはレインブーツにインしたあと、防水スパッツを付けるのが確実ですね。これだけの雨だと靴とパンツの間から雨が容赦なく入って来ますから。かと言って裾を外に出すと裾の下から雨の跳ね返りで下のパンツが濡れちゃいますし。
あ、安全な場所からお送りしていますのでご安心ください。
ここは村役場の分署がある、村の中央広場というところです。このはな村が別荘地として栄え始めた頃はこのあたりが村の中心部で、現在分署と呼んでいる建物が、かつての村役場本庁舎でした。役場を作るための場所なので災害を受けにくい場所が選ばれたというわけなんです。
それで、分署の外は円形の広場になっているんですが、これはランナバウトって村では呼びますけど、村のあちこちから道が集まってロータリーの交差点になってるんです。今は路線バス以外の車は入れないようになってて、広場になってます。
まわりには分署以外にも昔からの建物が取り囲んでいます。その囲まれた中が広場なんですが、降ってきた雨が地面をかなりの速さで流れていきます。
このはな村の土は水はけがいいんで、道路に降った雨も流れていって土にしみ込むように出来るんですが、でも流れが速いですね、村全体がゆるやかな斜面になってますから。わたしの足元もすごい勢いで水が流れてて、レインブーツのソールより一センチくらいの水位です。普通の靴なら完全アウトですね。
もちろんですね、水の力って強いんで、油断してると足が水に流されて転んだりしかねないんで、しっかり両足を踏ん張って立ってます。
ちょっと気をつけながら、ゆっくり広場を回ってみますね。
雨量は一時間二十ミリ前後が続いているみたいです。中央広場は古い西洋風の建物にぐるっと取り囲まれているので、普段はヨーロッパにワープしたみたいな、メルヘンチックな風景が見られるんですが、広場の反対側の建物、何十メートルかしか離れてないですけど、雨で霞んで見えます。
でも、それらの建物の屋根から、どどどっと水が流れ落ちているのはよく見えます。その水は側溝とかに流れ込むんですが、間に合ってないですね、結局道路に溢れてきてます。
ですが、道路にあふれた水はどんどん流れていってしまいますし、広場の土になっているところからどんどんしみ込んでいきます。
わたしはレインジャケットのフードの中にインカムを付けて話しています。その声をジャケットの中で首から下げた中継器にブルートゥースで飛ばして、そこからスタジオに無線を飛ばして放送しています。機器類は一応生活防水くらいは出来るはずなんですが、不安なのでぜんぶビニールやジッパー付きのパックに入れて、さらにレインスーツの中に入れておかないと、安心できないです。いつか壊れそうで。
あと、まっすぐ前を向いて歩くと顔に雨が降りかかってくるので、ちょっとうつむき加減で歩かないとすぐ顔がびしょびしょです。なのでゆっくり、ゆっくり進んでいます。
ラウンドアバウトには何本も道が合流しています。そのうちの一本を今渡っているのですが、道路と一緒に水も合流してきます。すっごい流れの速さです。油断すると流されちゃうといったら大げさですが、なんというか、レインブーツ越しに水がぶつかる感触が、なんか、こそばゆいんですよね。
道を渡り切りました。このラウンドアバウト、昔は車が入れたのですが、いまは歩行者優先、車両原則進入禁止です。ただし路線バスや緊急車両は除きます。
バス停は屋根があるのですが、地面に落っこちた雨が跳ね返ったりするので、濡れることに変わりはないんですけど、とおっ。
雨音が変わったのが分かると思います。バス停の屋根にバタバタと叩きつける音になりましたよね。ちょっとした雨宿り状態ですね。
でも、ずーっと強い雨に傘とかじゃなくて直接レインウェアで打たれてると、それが無くなったら無くなったでちょっとつまんないというか、雨粒が自分が着ているもの越しに当たる感触が気持ちよくなるんですよねー。
あ、乗らないです、オンエア中なんで。ありがとうございます。
今ですね、止まってるバスの前を通ったら、お客さんと間違えられてしまいました。雨でも屋根の下狙いでバスのそば通ったらまぎらわしいですね。気をつけなきゃ、というか雨の中歩いた方が気持ちいいって言ったばっかなのに何やつまてんだろわたし。
とおっ! 再び雨の中を歩きます。ちなみにこの雨でもバスはほぼ平常運転です。ダイヤに余裕があるので、危なくないスピードで走れば大丈夫なんですね。
このはな村では、洪水・冠水とか土砂崩れとかのありそうなところには道を通しませんので、バスが走る事ができて、村民の足が確保できるんですよ。
雨の中をこうやってたのしく歩けるのも、このはな村がもともと水害に強いというか、水害が無いというか、それが起きないような村づくりの歴史があるからなんですね。
昔はこのはな村のほとんどが天狼神社の神域でしたから、ほとんど開発されずに済んだのが大きいんだと思います。山の中のちっちゃな村で、夏は土砂降りの雨、冬は寒くて雪もたくさん。でもそんな厳しい気候に逆らわず、ひっそりと生きてきた村人が歴史を積み重ねてきたおかげなんです。
梅雨の終わりの大雨が全国で続いていますが、どうか被害が最小限であってほしいと願っております。
板谷楓のスイートメイプルタイム、お開きの時間が迫ってまいりました。
雨はまた一層強くなってきています。そのなかを、ゆっくりゆっくり歩いて、広場を挟んでスタジオの向かい側までやって来ました。
でも改めてレインウェアってすごいですね。これだけ雨に降られてるのに、中はちっとも濡れてる感じがしないんですよ? すごいですよね。文明の力ですよねー。
さて、来週のこの番組ですが、お休みする、かもしれません。
理由は、わたしの勤めてる会社が夏休み前の納期ラッシュに備えて、分散して残業をする体制に入るからです。どうかご了承願います。
さて、わたしは広場をぐるっと一周お散歩してから、スタジオに戻ります。番組のほうはここまで、といたします。
それではまた次回、ごきげんよう。
日本各地、いや世界中で水害が多発していますね。
行政や企業のまちづくりに無理は無かったか、地球温暖化などの影響ではないのか、などいろいろなことを考えてしまいます。
戦後日本は、水害から人々を守るためにさまざまな事業を行ってきました。ダムを作り、堤防を作り、巨大な遊水池を作り、と。
しかしながら、そういった大規模工事だけでは対応できないタイプの水害が増えているようにも感じます。もっときめの細かい、たとえば市街地に溜まった水を迅速に排出させる設備など。そのような痒いところに手が届く的なものは巨大公共事業に比べて地味ではありますが必要なものですから、小規模な対策を重ねることで救われる命や財産もあることでしょう。
あ。財源とか利益とか経済効果とかいう、従来の公共事業に紐ついてきたものは抜きで考えていますよ、当然。そういうオマケなし、生命を守るという一点のみで公共の予算を使うべき時代に入っています。
来週、別の作品が脱稿するかもしれませんので、そういうこともあってこちらの連載、お休みいたします。