板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年7月7日
山奥にたたずむちっちゃな村、このはな村のコミュニティラジオ、このはなFM。金曜夜のDJは板谷楓さん。彼女のトークと素敵な音楽で綴る番組の様子を、小説スタイルでお楽しみください(もちろんフィクションなので番組も放送局も実在しません)。
もっともなんだかんだで、作者が現実の世の中に対して抱いている不平不満を登場人物の名を借りて吐き出してるだけという話もありますが。
このはな村の設定は、第十部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月9日」および第十一部分「板谷楓のスイートメイプルタイム 2023年6月16日」の本文にて紹介しています。
みなさんこんばんは、板谷楓です。
週末の夜、このはな村役場分署の一階サテライトスタジオから生放送でお送りする番組、板谷楓のスイートメイプルタイム。
この番組では、このはな村のさまざな情報を、落ち着いた音楽を混えてお送りしています。かたい話ではありませんので、どうかリラックスしてお聴きくださいませ。
先週お話しましたとおり、このはな村に残る自然のままの草原、高天原の様子を録音して参りましたので、今日はそちらをお聴きください。ではどうぞ。
えー、この録音をしているのは七月一日です。今日は高天原からレポートみたいなものをお送りしようと思っているのですが、マイクにも入ってるでしょうか? 結構な量の雨が降っています。普通ならあいにくのお天気、と言うところなんですが、雨の日は雨の日でキレイなところですので、レポート決行しまーす。
今わたしがいるのは、天狼神社前バス停の目の前、高天原聖域自然観察路の入り口です。聖域なんて言うと身構えてしまいますが、ここは天狼神社の神域なんです。鎮守様の森とかと同じようなものと考えていいと思います。
高天原という地名は元々、天狼神社やふもとの集落も含めた地区を指していましたし、今も天狼神社の住所は「木花村字高天原」です。ですが開拓が進んで手付かずの草原が少なくなり、イメージ的にこの草原の部分だけが高天原だと村外から来た方には思われているようです。
今は一部の観光ガイドなどで、ここだけを指して高天原聖域とかいうふうに書いてることもありますが、ちょっと不正確かもしれないですね。わたしたち地元民は高天原はもっと広い範囲を指してると考えますから。
一番しっくり来るのは「御庭」でしょうか。つまり天狼神社の神様のお庭という意味でして、今残っている手付かずの平原がそのまま、神様の庭、つまり住み家だと昔から考えられていたようです。
あと、外国から移り住んだ人々はガーデンとかガルテンとか呼んで、その呼び方も残ってますね。ちなみにガルテンはドイツ語読みからの変化です。
御庭の入り口に来ると、注意事項が掲げられています。お越しの方は、これをよく読んでから遊歩道に入ってくださいね。
草木を取ってはいけないとか、ゴミを捨ててはいけないとか、当たり前のことばかりですけど、守らなきゃいけない当然のことです。
あ、でも、これ大事かな。
「最低限、ハイキングが可能な服装と靴、また雨具持参で歩いてください」
「トイレや水場はありませんので、準備してから歩いてください」
バス停から伸びている道で通称が遊歩道ですから簡単に歩けると思われがちなんですが、サンダルやハイヒールだとほぼ確実にケガします。足に合ったスニーカーは最低限です。
雨具は傘よりも、レインウェアが断然良いし、傘は邪魔になったり役に立たなくなります。わたしも今日はトレッキング用のレインウェア上下にレインブーツです。もちろんしっかり準備すれば、ハードな行程ではありませんので安心してください。
なお、ここには入山届があります。山ではなくて野原ですけど、山に登るつもりで歩いてくださいね、ってことですよね。では記入、記入と。
準備が済んで、いよいよ歩き始めます。あ、急な坂とかはなくて、ほとんど平坦な道ですから安心してください。
歩き始めてしばらくは、森林のなかを行きます。この木々は集落を強風や吹雪から守るために育てられたものですが、この土地に芽吹いた木々を育てあげたものだそうです。
道はコンクリートで舗装されていますが、地面から少し掘り下げて、土から染み出した水が流れるようになってます。これは靴底に付いた外来の植物の種などを洗い流すためで、端の溝に溜まった土などに含まれる種は焼却処分します。滑りにくい舗装にはなっていますが、念のためお気をつけ下さい。
もちろん、自分でも意識して靴についていた汚れなどは落としていってくださいね。
林のなかを三分くらい歩いて、抜けました。急に明るくなって、見渡す限りのお花畑!
と言いたいところですが、雨で視界が良くないですね。標高が高いので、地上近くを雲が流れてきますし、木々の陰から出ると、陽射しの代わりに雨粒が降ってきます。
足元は、コンクリート舗装から木道に変わります。湿原ではないですが、今日のように雨が降れば土がぬかるみになるし、登山道とかだと土が掘れ窪んで水たまりになって、それをよけて歩く人が増えて道が広がるなんてことがあるんですよ。木道にしてしまえばその心配ないですしね。
早速、ワタスゲの実を見つけました。
ワタスゲは今くらいの時期に白くて可愛い綿毛を付けるんです。今日は雨なのでくしゃっと縮んじゃってますけど。
晴れたら綺麗ですよ。運が良ければ風に吹かれて綿毛が飛ぶのも見られます。もちろん綿毛は種を運ぶものですので、綿毛が降り立ったところで芽をだします。
この大草原、昔はもっと広がっていたのでワタスゲが人家の庭に自生してることもあるんですよ。でも綿毛は目立つのに花は茎と同じ色の小さな粒々なので、気が付かずに抜いたり踏んだりしちゃうこともあるみたいで、なんかもったいないというか、かわいそうですよね。
昔から村に住んでる人は知ってますから、そのままおいときますけど。だから人家の庭に野生の花が自生してるのは普通です。
レンゲツツジの花もそろそろ終わりですね。
一面の大草原ですが少しは木も育ちます。でも大きくはならない木が多いですね。その中でもレンゲツツジは元気です。お花が鮮やかなオレンジや朱色、たまに真っ赤なのとか黄色いのとかもあります。野生の花とは思えない鮮やかさだって観光の方が驚かれる美しさなんですよ。
レンゲツツジは高原ではよく見るツツジで、村の民家の生垣とか、畑を囲うように植えているところもあります。
なんか野生のシカとかをよけるのにいいみたいで。
キレイな花ですけど、毒があるんです。
雨がしたたか降ってます。ちゃんとレインウェア着てないとダメってのを実感しますね。
トレッキングのレインウェアは軽くて蒸れないから便利なんですけど、フードの顔の上のところのひさしが無かったり透明じゃなかったりなんですよね。自転車乗る人とかが着るレインコートは透明のひさしがあって、あれ便利なんですけどね。
だからわたしは中に透明のバイザーをかぶってます。視界が狭くなるのも顔に雨がかかるのも苦手なんで……。そのバイザーから雨粒がどんどん滴り落ちてきますし、ちゃんと雨具は装備しないと大変なことになるって分かります。
靴もレインブーツが絶対正解ですね。雨が降って靴ごと濡れますから。あと傘も避けた方がいいです。両手が使えないとですね、木道もところどころ欠けてたりするので、バランス崩して転びます。それにこの辺は風を防ぐものがないので雨が斜めから降りますし、レインパンツじゃなかったら今頃下半身びしょ濡れです。
草原ではありますが、あちこちに岩があります。そこはやっぱり火山地帯ですからね。
でですね、そのいくつもある岩の上、見つけましたっ!
コマクサ!
さっきから話してますが、このはな村は高山性の植物が住宅のそばでみられるのが特徴ですけど、さすがにコマクサは無いと思うでしょ? それがあるんですよ、このはな村には!
あ、コマクサってなんぞ? って方もいらっしゃいますよね。高山植物の女王と呼ばれることもある多年草で、アルプスとかの高い山でないと普通はみられないんですが、このはな村では自生してますね。砂礫地といって、岩石が風雨とかで細かくなって出来た砂の上とかに育つんですが、そういう場所がこの御庭にあるので、この標高でも育つんだと思います。
わたしは足に障害があって、いまでも装具といって、足を動かすのをサポートする補助具を付けているんです。歩くことはできますが、本来コマクサがいるような高い山はムリかなあ……、って思います。
だから、このはな村のように高山植物がおうちのすぐそばに沢山育ってるのは、とても嬉しいです。わたし、花は大好きだし、高山植物って質素に見えて気品があって、でも時にはとても華やかだったりして。それでいて厳しい気候の中で育つたくましさを持っているところが憧れますね。
ちなみにコマクサは、村の道路沿いの花壇でもみられます。土が薄いところとか、石積みとかでも根を張れるので重宝するみたいです。
また雨が強くなってきました。村全体が山の上にあるようなものですから、山登りの服で学校に通ったり、雨が降ったら傘だけじゃなくレインウェアというのも普通のことです。
それが、わたしにはとっても心地よいんですよ。障害があるから、傘で片手がふさがるだけでも不便になるので、レインウェアで村じゅう歩けるのはとても助かるんです。
あ、キスゲのつぼみ発見。夏の高原というとニッコウキスゲが有名だし、オレンジ色で華やかで人気がありますよね。このはな村にも自生地がありますが、他にもその仲間でアサマキスゲという、あ、ユウスゲのことですけど、黄色い花があります。このはな村では両方見られるので、まとめてキスゲって呼んだりしてます。
だいたい、梅雨が明けた頃が見頃かなあ?
ふう。途中お花を見るため休み休みでしたけど、だいたいニ時間くらい歩きました。
遊歩道には休憩できるベンチがたくさんあります。と言っても、これも木の切り株とか丸太とかを持ってきたり、元からあった岩だったりしますが。でも、わたしみたく足が不自由でもマイペースで歩けて、すぐ休めるのもうれしいんです、ここ。
その代わり覚悟しておいてくださいね、屋根は一切無いですから。なかには木陰をうまく使ったベンチもあって日影がほしくなった時には助かりますが、雨には効きませんから。木の生育が悪くて枝も葉もまばらなんです。
レインウェア必須なのは、このためでもあります。ベンチもしっとり濡れてるので、レインパンツじゃないとお尻が大変ですよ。
それだけ気をつければ、お花畑を眺めながらゆっくり休憩できます。雨は相変わらず降り続いてますが、レインウェアに雨粒が当たる感じって、わたし結構好きなんです。ちゃんと飲み物もあるので、しばらくゆっくりしようと思います。
はい、リポートの模様をお送りしました。
わざわざ雨の日に行かなくても、ってお思いの方もいらっしゃるでしょうけれど、この次の日は最初晴れてたのに昼過ぎからものすごい土砂降りになったので、それでアタフタするよりは、ある程度のシトシトで降り続けてた土曜日のほうを選んで正解でした。
あ、でも、どんなに晴れてても雨具の準備が無いと大変だよ、ってことを実感してもらうには、天気が急に崩れたときの方が良かったかもですけど。
それはそうと、食レポ行きますよー!
ハイキングの取材繋がりで今日お送りするのは、道の駅このはな昭和ドライブインで今月から販売開始の、
「山のカップラーメン」
でーっす!
父が登山好きで、最近母も一緒に行くようになったんですが、日本アルプスとかの高い山に行くと、カップラーメンがちょっと残念なことになってた、と言うんですよ。
標高が高くなると気圧が下がって水の沸点が下がるんですね。だから、山で作るカップラーメンはぬるいお湯をいれざるを得ないので、味が落ちる、と、
でもそれが懐かしいとかいう声も一部からあって、それで作ってみたって話ですけど。わたしはよく分からないです。
ともかくここにお湯を入れて三分経った、山のカップラーメンがあります。三週連続カレーなんですけどこの食レポ、でもカレー味が一番コンセプトが分かりやすいというんですね。だからそれを知るためにも、さっそくいただきまーす。
んん? ふたを開けると、茶色い、お湯に溶けかかったカタマリがいくつかあります。これ……、カレーのルーですね。
商品説明読みますよ。
「昭和の頃から山人の友だったカップラーメン。ところが標高の高いところではお湯が百度に達しないため、スープが溶けきらず残るようなこともありました。当商品は、当時の登山の雰囲気を味わうため、その頃の製法を再現しました。スープは溶けにくくなっております」
なんか、ビミョウなこと書かれてますが……。わざわざ美味しくないようにするって、どういうこと……。
もういちいち全部読みませんけど、このダマになったままのカレールーがポイントらしくて、これを麺にからめてもよし、少しずつスープを足しながら食べるもよし、あるいはダマをそのままかじるのもよし、だそうです。
ホントに美味しいの、かな……。
あ、悪く無いかも。
カレーラーメンの濃厚な味をダイレクトで食べるので、噛むごとに風味が口の中に広がって。あとこのシャリシャリした食感も新鮮ですよ。
麺は、ちょっと固めですけど、これも好きな人は好きだろうなあ。
この下界より低い気圧で作るラーメンを再現するために、お湯を入れて二分で食べること推奨なんです、このラーメン。
あと、今のカップラーメンって粉末や顆粒のスープの素が入ってるので、昔より溶けやすくなってるみたいです。だからこのラーメンには、固形の大きなカレースープの素を使っているんだそうです。
なんか素朴な味といいますか、山で食べるから何でも美味しいみたいなこともあるかもしれないですよね。厳しい状態、疲れた状態で食べる味の濃い食べ物は美味しいですもの。
でもなんか、このダマのカレーがクセになる感じがありますよね。スープこ素が溶けやすくなるのは進歩ですけど、それで失うものもあるのかな?
板谷楓のスイートメイプルタイム、お開きの時間が迫ってまいりました。
今日って七夕なんですよね。このはな村は星空もきれいなところなので天気さえ良ければ天の川が見えるのですが、今日は夕方から激しい雨が降りまして、今も名残りの雨が降っています。残念ながら星が見られるのは夜半ごろになりそうです。
スタジオのある村役場分署にも笹と短冊が飾られています。村では七夕は七月に雨とかだった場合月遅れとか旧暦でもやりますので、その間は笹も飾っています。もしよろしければ、短冊を書きにいらしてくださいね。
それではまた次回、ごきげんよう。
ダマになったカレーラーメンは、作者の思い出です。父に連れられて尾瀬に行って食べた朝食のカレーラーメンがそんな感じでした。標高千四百メートルくらいで沸点は九十五度くらいですから、そんなに味に影響あるのかな? とも思ったりはしますが、スープの素が固形だったのは覚えていますから、もしかしたら僕の食べ方の問題だったのかもしれませんが。