プロローグ その2
この世には魔物、あるいはモンスターと呼ばれる生物が存在する。
ある学者は「魔物は動物が魔素や魔力の影響を受けて変質し、それが子を成すことで適応し進化したもの」だと語る。
またある学者は「ダンジョンの出現に伴い、神が配置した障害となるもの。ダンジョンの外にいるモンスターはダンジョンから漏れ出たもの。駆除しなければいつかダンジョンからあふれ出る大量発生が起こる」と声高高に世に注意を広めている。
モンスターの出現に伴い、今まで存在したとある団体がその間引きのために駆り出された。
彼らのことを人は「ヴァンパイアハンター」と呼んでいた。
吸血鬼は人を襲い、その生き血を糧としている亜人の中でもとりわけ危険な者達。
そんな吸血鬼を専門とし、吸血鬼特有の特殊能力に対抗するため戦闘に長けたヴァンパイアハンター。
彼らが突如出現し、各地で被害を及ぼしだしたモンスターの討伐を依頼されるようになるのは自然なことであった。
ヴァンパイアハンター達は自らの中で特殊な区分分けを行っていた。
それは「クラス」という制度。
ヴァンパイアハンターの祖先が作ったとされる「神託の石板」。それに手をかざし、現れるクラスにより自分の潜在的な得手不得手を知り、効率的に狩りを行う。
彼らの目標は吸血鬼の撲滅。
ひいては、始祖と呼ばれる最強の吸血鬼を倒すこと。
吸血鬼はその能力で1人、また1人と眷属を増やし勢力を拡大させる。1人でも取り逃せばその数は増える。
モンスターを狩っていたヴァンパイアハンター達は次第に仲間が増え、思想が増え、派閥が増え、その者たちはダンジョン攻略に乗り出し、「冒険者」と呼ばれるようになった。
神託の石板の解析や模造品の作成も進み、世界中に「クラス」というシステムが広まった。それらを各地の支部に置き、新たな仲間を増やし、ダンジョンのそばに街を作り、国を興した。
彼らの一部の思想は宗教化し、神を崇め、亜人で唯一、吸血鬼を悪とした。あまつさえクラスを神からの啓示だと思うようになり、信託と呼び神聖な場で管理をしようとした。
時は流れ、人々は吸血鬼のことを忘れていった。
とある国の王が代替わりし、新王の元で新たに貴族となった者がいた。
彼の名はユリウス・ヴァレンタイン。
子爵となったユリウスは与えられた領地の大半を国のための魔光石と呼ばれる希少な石の採取できる大規模採掘場へと変化させた。
街で罪を犯した囚人を連行し、そこで働かせ罪を償わせる。そのシステムを作り上げ、国に貢献したとされ、さらにその地位を上げていった。
しかし、その採掘場はユリウスの正体を隠すための隠れ蓑にすぎない。
彼の正体は始祖の吸血鬼ユリウス・ヴァレンタインである。
彼はダンジョンやモンスターの出現により、最大の敵であるヴァンパイアハンターが廃れ、吸血鬼が忘れられることを待っていた。人々を襲うことも最小限に、自分たちのことを忘れられるように虎視眈々と待っていた。
ダンジョンの出現より数百年。生き血さえあればほぼ不老不死で長命種である吸血鬼でもそれほどの時間を最低限の食糧で生きながらえることは現実的ではない。
そこで魔術の才に恵まれたユリウスは膨大な時間をかけ「転生の儀」を開発した。
自らの魂を魔力に変換し、新しい体を用意して外見を変え、中身を抜き取り、消滅させて挿げ替え、生きながらえるというもの。
魂に魔力などを封印し、ただ肉体のみ若返る秘術。
これにより、ユリウスは吸血鬼ながら人間の体を手に入れ、弱点である日光などを克服した。
そして彼の血を分けられた眷属はユリウスと同じように弱点を克服し、人間と変わらない暮らしを送りながら人間社会に溶け込んでいた。
では、新しい体をどこで手に入れるのか。人里を襲い、若い体を手に入れては何年も待って潜んだ意味がない。
そこでユリウスは囚人採掘場という見た目の人間牧場を思いつき、実行した。それによりユリウスは実質的な永遠の存在になったのである。
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ある日、視察という名目で次の肉体を探していたユリウスが目にしたのは囚人採掘場の壁の外へ出る道を通る少年の姿だった。
数年前に眷属にした赤い髪の従者を引き連れ、ユリウスは少年の後を追う。
「やぁ、君はどうしてここにいるんだい?」
優しく少年に声をかけ、会話をしているうちに身の上がわかってきた。
10歳前後の少年の名前はリン。リンはこの囚人採掘場の中で生まれ育ったらしい。以前部下からの報告で囚人同士で子が生まれたとあったが、それがリンのことなのだろう。
劣悪な環境で育ったとは思えないほど健康的で若い肉体。
その若い肉体をユリウスは次の転生先と決めた。
「...迎えに行ってあげよう。少し時間はかかるけど、リン君が大きくなったら迎えに行くよ」
ユリウスはリンを中に戻し、誤って処刑することのないように部下にリンを隔離するように命じた。
そして彼の従者であるアリアへリンに催眠をかけ、親族だと錯覚させて監視を命じた。
アリアは数年前に襲った村の娘で、彼女の血のような赤い髪を気に入り眷属にしそばに置いている。
彼女も魔法に適性があり魅了の魔法も使えるので潜入などには重宝している。次の転生の儀には彼女に手伝わせるつもりだ。小間使いとしても優秀である。
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リンは不思議な子だ。
私はユリウスに命じられリンの監視と保護のためにリンに妹がいるという錯覚を起こさせた。ユリウスの命令に従うのは不服だけど、この数十年間で得られるものも確かにあった。この魅了の魔法もそのうちの1つ。
あの日、私たちが暮らしていた村を吸血鬼たちが滅ぼし、家族や村の人々を食料として捕えたあの日から私の運命は変わった。
昨日までの平和が嘘のようで。1人、また1人と牢屋から連れ出されて帰ってこない。
「ふむ、美しい赤髪。まるで鮮血のように美しい!」
私を見てユリウスが発した言葉だった。
どうやらこの赤い髪をユリウスは気に入ったようで、私は有無を言わさずに彼の眷属にされ、小間使いにされた。
圧倒的な力量差に死ぬことも、反逆も許されず、ただ命令を聞くだけの日々。次第に反逆心は薄れ、恨みだけが残っていった。
ある日ユリウスに呼び出され、転生の儀について説明された。それによりユリウスは最低限の食事で生きながらえることができるらしい。
これだ!この儀式を台無しにしてやればユリウスを殺せる!
それにユリウスは私を次の助手にするつもりらしい。魔法の才能があるのだとか。確かにいくつか魔法は覚えさせられた。魅了もその中の1つだ。
そして次の肉体にと目を付けた少年、リンの元へ送り込まれたのだけど...本当に不思議な子。
リンはこの監獄の中で生まれたらしい。ユリウスは人間を食料としか思っていないので男女が同じ部屋に入れられることは少なくない。そして、性のはけ口にされることも珍しいことじゃない。
その女性が妊娠するまでも多くはないがいくつかあったらしい。
しかし、子供が生まれてくることはなかった。
栄養が足りない、環境が悪い。考えられる原因はいくつもあるし、そういうことなんだろう。
獄内で生まれたのはリンただ1人。
「アリア?どうしたの?食べないの?」
「う、ううん。食べるよ。お兄ちゃん」
あれからリンは両親と引き離され、私と共にこの隔離棟の部屋にいる。私は妹としてそばにいる。
関係性はなんでもよかったけど、庇護対象が近くにいる方が逃げる心配も減るだろうとユリウスに妹としての潜入を命じられた。魅了をかけているとはいえ、体の大きさまでは変えられないから10歳くらいの子供に妹扱いされるのは少し恥ずかしい。
ユリウスの眷属になってから成長は止まったままだからたしか...16歳のときから体は変わってない。
「おい!時間だぞ!」
「はっ、はい!すぐに行きます!ごめんねアリア、いってくるね」
リンが看守に呼ばれて部屋の外へ出る。これからリンは魔光石の採掘労働へ駆り出される。まだこんなに幼いというのに。
リンが帰ってくるのは数時間後。それまで私もわつぃのやるべきことをしよう。
私の目的は昔も今も変わらず、ユリウスを消滅させること。
今のところユリウスを消滅させるには転生の儀を邪魔するしかない。
具体的には転生中に不安定になるユリウスの魂を適当な器に入れ、定着前に私の魔力を送り込んでその魂を押しつぶす。定着してしまえばユリウスの血を得て転生が行われてしまう。
吸血鬼は血液と血を区別している。
血液とは体に流れる赤いもの。血液そのもののことを指す。吸血鬼たちが吸血するのは血液。
血とは魔力とは別の吸血鬼特有のチカラ。特殊能力を使う上で消費する、いわば第二の魔力。精神体に流れている見えない血液。この血を使って血術と呼んでいる特殊な術を発動できる。
血術について詳しいことはよくわかっていない。私は物を作りだす、血液を操ることが苦手だけど他の吸血鬼を感知したり自己強化するのは得意。
ユリウスの転生の儀も血術の一種だろう。おそらく血術と魔術を高いレベルで応用したもの。
この血術を使えばその気になればこの採掘場を一瞬で破壊できる兵器も作れたりする。それは大量の血が必要になるから一日や思いついたときにはできないけど...時間をかけてでもこの採掘場を破壊して、ユリウスに転生の儀を急遽行わせ、あの男を消し去ってみせる。
―――――リンの監視を続けて2年。ついに私は計画を実行に移した。