プロローグ
「...迎えに行ってあげよう。少し時間はかかるけど、リン君が大きくなったら迎えに行くよ」
――――夢を見ていた。
僕がまだ小さいころ。この壁の外に間違って出ちゃったことがあった。その時に髪の長いお兄さんとした約束。
お兄さんはたぶん僕たちに仕事をさせる人で、手を引いて壁の中に連れ戻された。
壁の外には緑色が広がっていて、あれがたぶん「木」っていうものだと思う。「森」なのかな?
外の世界のことを教えてくれたおじさんはこの前連れていかれて、帰ってこなかった。連れていかれて帰ってきた人はまだいない。
おじさんは僕に教えてくれた。外にも世界が広がっていると。ここは、大きな壁の中の小さな世界なんだと。
おじさんと出会う前はそんなこと考えなかった。僕はここで生まれたから、これが普通なんだと思ってた。
朝は大きな音で起こされて、パンを1つ食べて、石を拾って運んで。何時間も何時間もそれをやって、暗くなったら部屋に戻って、パンを1つ食べて寝る。
お父さんもお母さんも一緒だったけど、あの日壁の外に出た後から僕と妹のアリアだけこの部屋になった。あれからお父さんとお母さんには会ってない。
最初はさみしかったけど、もう大丈夫。アリアは何も文句を言ってないし、僕はお兄ちゃんなんだからアリアを守らないと。
森に行ってから全部変わった。
お父さんとお母さんと離れ離れになって、アリアは全然文句を言わなくなった。昔はもっとわがままだった気もするけど...なんだろう。うまく思い出せない。
あれからアリアが連れていかれそうになることが増えた。
僕が毎回アリアの代わりになって守ってるけど、この暗い部屋に閉じ込められるだけだ。おじさんたちが帰ってこなくなったところとは別の場所みたいだ。僕は毎回帰れてる。
今もそう。暗い部屋に閉じ込められてる。
何も問題はないけど、アリアが1人で大丈夫なのか気になる。僕がいない間に同じ目にあってないだろうか。
いつも「大丈夫だったよ」って笑ってくれるけど、ほんとに大丈夫なのかな。
ドォォォォォォォォン
「っ!?」
なんだろう?突然大きな音がした。
すごい揺れてるし、何か、崩れそう...!
ドォォォォォォォォン
大きな音は何回か続いて、僕は怖くなって小さく丸くなった。
アリアも怖がってるかな...そばに行ってあげたいけど、ドアがどこにあるかわからない。手探りで見つけても開かないと思うし、どうしよう。
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「...ん」
「っ、目を覚まされましたね」
目を覚ました時、目の前には赤い髪の女の人がいた。
「君は...誰、いや...」
「おはようございます。リン様」
「あ、あぁ。おはよう...あれ?」
思い出せない。自分のことはわかる...いや、わからない。俺の名前はリン。それはわかる。
わかるが...思い出せ。最後、最後の記憶はなんだ?
「混乱しておられる様子。無理もありません。リン様にとっては突然の出来事。自らのこともわからずにいても仕方のないことです」
「俺のことを知っているのか?教えて欲しい。何があって、君が誰で、ここはどこなのか」
薄暗い部屋。何かを思い出せそうな暗い部屋。
もう少し、もう少しで何か思い出せそうな気がする。
「かしこまりました。すべてお話しします。リン様が眠られていた200年。それ以前に何が起こったのかを」
赤い髪の女性は語りだした。
俺のこと、自分のこと、俺を取り巻く環境のこと。