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5話 お庭番

「おーい、そこの兄ちゃん」


 ある日、フィエムへの食事の配達を終えたリンネを、どこかから呼ぶ声がする。


 キョロキョロと辺りを見渡すと、声の主は窓の外から顔を出していた。ギョッとして、リンネは窓へ走りよる。


「ちょいとー、庭の掃除を手伝ってぇくれんかぁ?」

「わ、わかりました!」

「おーう。玄関出たとこで待っとるでぇ」


 そう伝えて、声の主は窓の下の方へと消える。


 それに再び驚いて、リンネは窓を開けて下を見た。《《三階から》》眺めると、地面はとても遠い。


「……嘘だろ」


 その地面をテクテクと歩いているのは、齢六十歳。禿頭で細身でリンネよりも小柄。この屋敷でもっとも高齢な庭師、バリュン。


「と、飛び降りたのか……」


 これといった足場も階段もないことを確認してから、リンネは心配が杞憂だったことに安堵し、またあの老人の身体能力に驚嘆したのだった。


ーー ーー ーー ーー ーー

「いやぁー、わりーねぇ。もー、腰が弱くって」

「腰が弱いなら、もう三階まで登ってきて飛び降りるなんていうアクロバットなことはやめてくださいね? 心臓が止まるかと思いましたよ」

「そりゃわしのか?」

「僕のです!」

「ひゃっはっはっは!」


 雑草をひょいひょいと抜くリズムに合わせて、バリュンは楽しそうに笑った。それを見て、リンネもくすりと笑う。


「……なんだか、父を思い出しますね」


 雑草を抜く作業に戻りつつ、リンネはそんなことを言う。


「あっ、これも雑草ですか?」

「んあ、そーだよぉ。……それで、なんだってぇ、わしから思い出すのかのぉ?」


 平行脈の単子葉類をむしりながらリンネは答える。


「僕の父が、バリュンさんの笑い方と似ていて。その、豪快なところとか」

「ほーん、そうかい。あっ、しっかり根っこから抜くんじゃぞぉ」

「わかりました」


 葉をちぎってしまったので、リンネは僅かに残った白い茎から根まで抜くように力を入れる。しかし、つるりと滑ってなかなか抜けなかった。


 諦めて、別の雑草に手をかける。


「リンネと言ったのぉ。どーじゃ。ここには慣れたかい」

「はい。もう、五日も経つので、そこそこは」

「そーかい。それでぇ、父母は、恋しくないのかい」

「……どうでしょうかね」


 リンネは、引っ張る雑草が手のひらの中でブチブチとちぎれるのに若干苛立ちを感じながら、また別のものにとりかかる。


「僕自身、あまりよくわかってないです。僕は決意して家を出ましたから、帰りたい、だとか、そういうことを思うのは……なんていうんでしょうね」

「ーー格好が悪いかの」

「……はい」


 今、まさに思いつかなかった言葉をダイレクトに掛けられて、リンネは少しため息を吐いた。


「ひゃっはっは。男なんぞそーんなものじゃよぉ。些細なことでぇも格好が付けたくなる。男としてこぉれほど自然なこともあるまぁい。おっと、そりゃ抜いてはいかんぞ」

「あっ、すいません。……そういうものなんですかね」

「ああ、そうだとも」


 バリュンが、顔のシワを深くした笑顔で言った。


「格好がつけられるときは、命も推しんじゃあいかん。……臆病になれば、わしのようになる」

「……それは、どういうことですか?」

「さーのぉ。リンネが、わしとなかよーなりゃ、話そうかのぉ」


 バリュンが、意地悪そうにそう言うので、リンネは苦笑いでこう応えた。


「そうですか……楽しみに、してますね」


 それからしばらく様々なことを喋りながら、二人は庭の手入れを続けた。といっても、ほとんどはリンネからバリュンへの質問だ。知らない植物しかないのだから仕方がない。


「バリュンさーん! 遅れた〜!」


 しばらくして、別の声と足音が近づいてきた。リンネはそちらへ顔を向ける。


 やってきたのは、麦わら帽子を被った短いピンクの髪の少女。頬には点々と茶色のそばかすがある。歳は、リンネより下だろう。


「遅いのぉ、メープル。なーにしとったんじゃ?」

「コックのお手伝いしてた!」

「……口の周りについてるシロップはなんじゃ」

「デザートの前借りだよ!」


 堂々とそう言って、手の甲で琥珀色のシロップを拭う。そして何事も無かったかのようにジョウロを手にした。


「それじゃ、水を汲んでくるね!」

「ああ、行ってこい。途中でジョウロの中を飲むんじゃないぞい」

「はーい!」


 大きめのジョウロを両手に持って、脱兎のごとき速さで庭を駆け抜けていった。


 突然の出来事に、リンネは呆然とそのやりとりを眺めていた。そして、メープルがいなくなったところで尋ねる。


「あの、今のって」

「ああ、もう一人の庭師……というかのぉ、ありゃ、庭で遊ぶ子供ぉよなー?」

「あはは。確かに」


 リンネは出会うのは初めてのことだった。普段力仕事を任されているので、あまり厨房や庭の方には来ない。


「そういえば、ノルンが話してくれたなぁ。元気な女の子がいる、って」

「まさーしくあの子じゃろぉのぉ」


 リンネは、またあとで話してみようかな、なんて思いながらまた仕事に取り掛かる。


 メープルはそれっきり戻って来なかった。バリュンいわく、「いつものこと」らしい。


 そうして、一通りリンネが雑草と花を見分けられるようになったころ。


「む」


 何かに気がついたバリュンが、視線を入口の門へと向ける。


 それにリンネも気がついて、その視線を追った。視線の先には、ボロボロの布を纏った人の影。


「来客かのー?」

「そうかもしれませんけど……」


 いかにも怪しい。そう言ってしまえばそれまでだが、リンネは自分がここにやってきた時のことを思い出した。


 自分たちも確か、あれほどではないが、ボロボロの身なりで来たはずだ。なので、口には出さなかった。


 バリュンが辺りをキョロキョロと見渡す。


「うーむ。誰もおらんのぉ。メープルもサボりじゃーないか。仕方がない。わしらで対応するぞい」

「あ、はい!」


 重たい腰を上げて、バリュンが腰をトントンと拳で叩きながら門へと向かう。リンネも、手のひらの土を擦り落としてから慌ててバリュンを追う。


「おーい、お客さんやぁ。いかが致しましたかのぉ?」


 バリュンが右手を軽快に上げて、親しみやすい声音で呼びかける。来訪者は、フードで影になった顔をこちらに向けた。


「いやぁ、この砂漠は厳しいでのぉ。よーここまでいらっしゃったぁ。そいで、なんの御用じゃあ?」


 そう問いかけるも、来訪者は一言も言わない。しかし、言葉の代わりかというように、ゆっくりと鉄の門の格子に手を伸ばした。


 訝しむように二人は来訪者を注視する。そして、気がついた。


 白い、爪。黒い、手。


「ーーっ! まぞ」


 鉄の門が破壊される轟音。


 魔族が、門を持ち上げ、振りかぶる。


 リンネは、咄嗟に逃げようとしてーーしかし、それよりも速く、魔物がその手に持つ鉄塊を投げた。


 そしてまたリンネよりも速く。


「……野蛮だのぉ?」


 バリュンが、投げつけられた門を平然とキャッチし、


「ありゃ」

「……え?」


 名も知らぬ魔族の首が、宙を舞っていた。


 一瞬の出来事で、リンネの頭は完全にパニックになってしまった。次にとった行動は、意味もなく頭を守る動作。


 それを見て、バリュンが笑う。


「ひゃっはっは。そぉの速度で頭を守ってーも、遅いのう」


 軽快に笑うバリュン。その隣に、一人の女性が、どこから現れたか着地した。


 その見た目にリンネはまた驚く。


「えっ……ま、魔族?!」


 その女性は、スカートの丈の短い、黒い召使いの服を着ていた。何よりも、肌は服と同じぐらい黒く、目は赤い。額からは短いが二本の赤紫の角が生えていて、それを隠す気もなく、角と同じ色の長い髪はカチューシャで止められていた。


「いやーはやぁ。もうこやつと出会えるとはぁ、リンネも運がいいのぉ」


 笑って、バリュンがその魔族の女性へ手を向ける。


「こやつの名前はマウル。この屋敷のぉ、番犬?」

「違う」

「ひゃっは。冗談じゃぁ。召使いの一人じゃあよ」


 最後の召使いは、リンネに何が言われてるかもさっぱり理解させないままの状態で、丁寧に姿勢を正した。


「マウル、だ。よろしく」

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