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フィエム著 『ファンタジー』28巻 29巻原稿より

 仲間は皆、別の世界へと旅立った。彼らは、彼らの主を守ったのだ。残されたのは、一人の女。


 彼女は、悲しみにくれた。涙は無限に流れ出るし、嗚咽だって止まる素振りすらみせてくれない。


 そうして、女は自分の力を使うことを決めた。それは、彼女の記憶を現実に書き起す魔法の力。同じ旅団の全員を犠牲にして手に入れた、常識を超えた力だ。


 彼女は(えが)いた。その万年筆を滑らせて、彼女の記憶の中の幻想を、次々と現実にしていった。


 真っ白い屋敷。色とりどりのオアシス。そして何より、大切な五人の仲間たち。そばかす少女、老齢の庭師、惚気てばかりの二人の召使い、こだわりの強い一流のコック。


 それらを生み出した女は、その屋敷の最上階に居座った。この力は、自分を保っていなければ維持できない。ましてやこの規模だ。フィエムは籠らざるをえなかった。


 しかし、それを代償に、彼女は幸せを手に入れたのだった。』(28巻)



『苦難や困難、悲しみを閉じ込めるようにして、悠々自適な日々を送っていた女は、みるみるうちに太って行った。醜く作り替えられる体を直視するのをやめたのは、果たしていつからか。

 そんなある日、彼女の元を、一人の少年と、天使が訪れた。少年の手紙を読んでみるに、なんとこの少年は、女の最愛の人物であり、旅団を抜ける時に別れを告げた姉の、息子だというではないか。

 さらには、天使の方は、魔族の旅団に囚われていたところを少年に救われ、あまつさえ二人とも追われる身になっているというのだから、女は笑う他なかった。どうしてこんなに面白いことが、自分の外であるのかと、笑った。

 女は二人を屋敷に招くことに決めた。魔族の大旅団など、考えもしていなかった。ただ、面白そうだから、招いた。ーー彼女はその時こそ気がついてはいなかったが、きっと、寂しさを抱えていたのだ。


ーー中略ーー


 ついに、やつらがやって来た。

 あの二人との楽しい主従関係ごっこも、ここらでお終いにしなければならない。楽しかった暇のない日々は、消えるのだ。

 幸せというのは唐突に終わるものだ。予告も予兆も欠片すら教えてくれずに、知らないうちに忍び寄ってきて、わっ! と背後から声をかけるかのように、足元から絶望の海に引きずり込んでくるのだ。

 しかし、今回はまだマシだろうか。まだ、絶望が背中を叩いて声をあげる前に、振り向くことができるのだから。

 女は丸太のような腹を括って、二人を呼び出す。そして、この場所に旅団がやってくるということを伝えた。


ーー中略ーー


 ついにやつらがやって来た。

 女は、自分の力で生み出した仲間たちに、戦闘を命じる。彼らの強さは、女の記憶の中と全く同じだ。

 彼らは、あの旅団をともに抜けて女についてきた、十年以上をともにした精鋭だ。彼らが死んだのは、どれも事故に過ぎないし、人の力ではどうにもならないことだらけだったからだ。

 メープルは、地割れで落ちていく人々を救うために死んだ。バリュンは、未知の病に侵されて死んだ。ネアとベットは、残酷な悪魔の世界に連れ込まれて死んだ。ハタは、追ってきた悪魔に、仇を打つために立ち向かって、死んだ。

 そして女は、その悪魔から逃げた。

 だから、これはもしかすれば、女の罪滅ぼしなのかもしれない。女の物語は、あの時に逃げた時点ですでに終わっていて、別の物語が始まっていたのかもしれない。

 その物語の主人公は、あの二人だ。

 女はすでに脇役だ。あの二人の知らないところで、あの二人の物語を追う人々の知らないところで息を引き取るだけの存在だ。

 四階、女のいる部屋の扉が、轟音を立てながら勢いよく破壊されて、敵の姿を顕にした。

 敵は、魔族の象徴である黒い肌に、赤黒い鱗を纏った腕と脚を持っていた。角は禍々しい赤色で、肌と同化する黒い鎧が、女の胸と局部を守っている。

 女は、黒い白目に水色の瞳孔を持つ眼で、女を睨みつける。

 女は興奮していた。ああ、ここで晴れ晴れしく散って、彼らの元に行くことができるのならば、それは何よりも良い事だ。本望だ。だから「おい」』


 その時、フィエムの手の中で、お気に入りの万年筆が音を立てて砕けた。


 フィエムは、声をかけた魔族の女を睨みつける。


「『おい』じゃあないんだよ。どうしてくれるんだい? 大切な原稿にお前の『おい』という四文字が混入してしまったじゃないか」

「貴様こそ、自分の立場がわかっているのかい? あたしを見て、真っ先に万年筆を持つとはどういうことだ」

「はぁ。一人称を被せてくるんじゃないよ、紛らわしいね」


 フィエムはいつもの癖でペンの尻でこめかみをかこうとして、しかし砕けて使い物にならないことを思い出して、ベッドの上へ投げ出した。


「それにしても、随分早いご到着だったじゃないか」

「早い? 早くしたんだよ。まったく。どうしてあたしの団員が、こうも減らなきゃならないのか。前の村にも、馬鹿みたいに強いやつが二人もいたし、ここの召使いも、幻想の癖してネジが外れたかのように強い。嫌になるよ。ーーだから、死ね」


 魔族の女が、手のひらをフィエムへ向けた。淡い紫の光が起こってーー発射。


 フィエムの体が光線に包まれて、背後の壁ごと消滅した。


「おお、すごい力じゃないか」


 しかし、フィエムは死んでいなかった。それもそのはず。本物のフィエムがいたのは、ベッドの上ではない。天井に張り付いていたのだ。


 魔族の女が驚いて顔を上げたが、すでにフィエムは動いていた。銀色の刃が、魔族の女に迫りーー


 その腕で、受け止めた。


 だが無事ではない。ナイフは魔族の女の腕の鱗を打ち砕き、確かに肉までは届いていた。


 それがわかった瞬間、フィエムはナイフをそのままに飛び退いた。


「……驚いたね。まさか、こいつを止めるとは」

「驚いたよ。まさか、この鱗を砕かれるとはね」

「名前ぐらい聞いてやろうかい?」

「いいだろう。だが、あたしの名前だけで十分だな」


 魔族の女は、ナイフを抜いてフィエムへ投げた。フィエムは、それを軽い身のこなしで避ける。


「マリエルだ」

「……いい名前じゃないか」


 フィエムが煽るような口振りで言うが、マリエルはやれやれと首を振った。


「……で、その変身はなんだい?」

「ああ、これかい? これはだね、あたしの、一番すごかった時の姿さね」


 フィエムは、そう言って髪を撫で付けた。


 細い手足は筋肉で強かに引き締まっていて、肌はみずみずしい。胸と尻は体の中でも主張が激しく、またその顔は、誰もが一目惚れしてしまいそうなほど、美しい。


「あたしはね、自慢じゃないが《《あの団》》にいたんだ。……だから、そうだねぇ。こういう言うのが、あたしっぽいかね」


 フィエムは、不敵に笑った。


「せいぜい楽しませておくれよ」

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