罠の先に 【月夜譚No.105】
罠だと判っていても、行かねばならない時がある。朝日を背に、青年は故郷を振り返って唇を噛み締めた。
もう二度と、この地には帰ってこられないかもしれない。家族の顔も、見ることができなくなるかもしれない。
後ろ向きな感情が胸に湧いて、しっかりと立っていたはずの足元が覚束なくなる。しかし青年は、その考えを振り払うように首を振った。
罠と判っているのなら、遣り様はいくらでもあるはずだ。家族や友人を安心させる為に言った自分の言葉を反芻して、目を瞑る。
深呼吸をし、次に瞼を押し上げた時には、その瞳は道の先だけを映す。背後はもう振り返らない。必ずこの土を再び踏む決意をし、その時がくるまでは余計なことは考えてはいけない。
伸びる自分の影を見つめ、青年はその一歩を踏み出した。






